ジェンダーギャップが大きい国でも、女性管理職比率が高いIKEA。一体なぜなのか。
撮影:竹下郁子
課長相当以上の管理職に占める女性の割合が約12%で、女性が男性の7割強しか稼げない日本で、管理職の男女比50:50を2017年から今まで6年間維持し、「同一労働同一賃金」を取り入れて男女の賃金格差の解消に取り組む企業がある。イケア・ジャパンだ。
イケアは5年前に進出したインドでも、経営幹部の60%、管理職の42%が女性だという。
ジェンダーギャップ指数は日本116位、インドが135位と、どちらも女性が働きやすい環境とは言えない(世界経済フォーラム2022年)。ジェンダー改革が遅れた国で、どうやってこれらの成果を出したのか?
「伝統的な意味での株主がいない」という特殊なビジネススキームも含めて、イケアの戦略を聞いた。
経営陣の評価基準は「女性登用」
IngkaグループCSOのカレン・フルーグ氏(左)と、イケア・ジャパンCEO兼CSOのペトラ・ファーレ氏(右)。
撮影:竹下郁子
取材に応じたのは、イケア・ジャパンCEO兼CSO(最高サステナビリティ責任者)のペトラ・ファーレ氏と、その親会社であり各国のダイバーシティや環境負荷軽減などのサステナビリティ施策を率いるIngkaグループCSOのカレン・フルーグ氏だ。
Ingkaグループは世界31カ国に展開するイケア最大のフランチャイジーで、各国現地法人のCEOの45%、経営幹部の57%を女性が占める。イケアはダイバーシティの進むスウェーデン発祥の企業だが、
「これらの数字を達成するのは一筋縄ではいきませんでした。ジェンダーギャップは一夜にして解消しませんから」(Ingkaグループのカレン・フルーグCSO)
グループトップが男女格差の解消を最優先課題に位置づけたのは、10年前の2013年だ。そこから各国の現地法人ごとに女性管理職登用の数値目標を掲げ、邁進(まいしん)してきた。
「女性登用の状況を経営陣の評価基準に入れたんです。売り上げやその他の業績と同じように。進捗を取締役会で報告することも義務づけられました」(カレン・フルーグ氏)
この時にイケア・ジャパンに課された数字は、管理職の男女比50:50。4年で目標を達成し、今も維持している。 同社の従業員は3900名(22年8月末時点)で、管理職の数は非公開だ。
採用は女性・男性の候補者が揃った状態で
埼玉県のイケア新三郷店。店内には「環境」「子ども」「女性」という同社が重視する3つのテーマと、その背景が分かる展示も。
撮影:竹下郁子
重要なのは、数字の裏にある行動に焦点を当て、変化させることだとカレン氏はいう。
たとえば採用だ。男性と女性両方の候補がいる状態から選考を始めるようにし、候補者が男性しかいない場合は「女性の候補者も探してきて」と人事部に差し戻すこともあるという。
また女性管理職を増やそうと数値目標を掲げることは、男性管理職の排除を意味しない。
「男性だからといって優秀な人材を排除するわけではありません。男性管理職自身も後継者を育成する重要性を理解していたので、女性リーダーが必要な能力開発の機会を得られるようサポートしました」(カレン・フルーグ氏)
加えて、先輩の女性社員が若手のメンターになる女性の社内ネットワークも立ち上げた。
昇進は上司ではなく従業員自身が決める
店内にはイケアが成長の早さや耐久性などで、サステナブルな素材として注目する「竹」製品が数多く並ぶ。
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驚くことに、高い女性管理職比率は組織が女性を意図的に、いわばアファーマティブアクションとして引き上げて達成したわけではない。
イケアは人事異動について「オープン・イケア」という社内公募制を取っており、昇進も降格も自ら手を挙げて行うからだ。
昇進の可否を評価する上司の側のジェンダーバイアスを取り除くため、管理職は全員が研修を義務づけられている。
女性管理職が増えない原因として「女性自身がなりたがっていない」という声も多いが、イケアの女性はなぜこんなにアグレッシブ(積極的)なのだろうか。
「私たちの声を常に会社が聞いてくれるという実感があるからだと思います。パーティーに招待されたら必ずダンスを踊る機会がある、とでも言いましょうか。
人事評価で性別や肌の色、性的指向が問われることはありません。イケアの利益にどう貢献したか? パフォーマンスのみが評価され、しかもそれが必ず報われる安心感があるんです」(カレン・フルーグ氏)
同一労働同一賃金で男女格差解消を
商品を長く使えるよう、奥の収納棚は棚と扉、取っ手などが別売だ。気分が変われば別の色に変えられる。
撮影:竹下郁子
女性の昇進意欲を掻き立てるのは会社への信頼にほかならない。そして、会社がくだす評価への信頼を強固なものにしているのが、2014年にイケア・ジャパンが導入した「同一労働同一賃金」の給与体系だ。
パートタイムなど短時間勤務の従業員も無期雇用契約に転換し、社会保険やその他の福利厚生なども正社員と同等の待遇にした。
2018年からはIngkaグループ全体で、男女の賃金格差の是正にも取り組む。同じ価値の仕事をしているグループの間で、能力以外の理由、特に性別で賃金水準に格差が生じていないか毎年調査を行い、 パフォーマンスや能力以外の、説明がつかない理由で差があれば調整している。
日本政府は従業員301人以上の企業に対して男女の賃金格差を開示するよう義務づけるが、
「イケア・ジャパンでは同じ価値の仕事をする男女間で、Ingkaグループが定める男女賃金平等の基準を満たしています。女性従業員が65%を占める私たちにとって、これは非常に重要なことです」
とイケア・ジャパンのペトラ・ファーレCEO兼CSOは言う。
ビジネスの核は人権、人権の核はジェンダー
電球を白熱からLEDに変えたら、イケアの水栓に交換したらどれだけ節約できるのか?など、環境に優しい暮らしをするヒントが満載だ。
撮影:竹下郁子
男女格差104位(世界銀行)、女性が働きやすい国ワースト2位(イギリス経済誌『エコノミスト』)、ジェンダーギャップ指数116位(世界経済フォーラム)の日本で、管理職が男女同数で、賃金格差もない組織をつくりあげ、維持できているのは、やはり企業文化も大きい。
「イケアのビジネスの中心に人権があり、その人権の中核を成すのはジェンダー平等だと働く皆が信じているからです。ここに議論の余地はありません。
さらには成功した企業に関するあらゆる研究が、多様な経営陣や多様な取締役会が、より利益を上げ、あらゆる面で成功することを示しています。真剣に取り組まない理由がないんです。
私たちイケアが見本になることで、日本社会に良い変化をもたらすことができるとも信じています」(ペトラ・ファーレ氏)
どんな国でもイケアが進出するならダイバーシティを
写真はイメージです。
GettyImages / Mayur Kakade
イケアが5年前に進出したインドはジェンダーギャップ指数135位と、男女平等において日本より遅れをとっている。にもかかわらずイケア・インドのCEOは女性で、経営幹部の60%、管理職の42%が女性だ。
「インドでの開業当時、女性は家にいて外では働かないという伝統的な風習に直面したのは事実です。それでも他の国と同じように、人事異動は社内公募(オープン・イケア)で、男女の賃金格差是正にも取り組んでいます。
私たちは『違う国だからしょうがない』とは考えません。世界のどこにいても、イケアの従業員には多様で包括的な環境を確保するため全力を尽くします」(カレン・フルーグ氏)
国を超えた人事移動も推奨、LGBTQ支援も
植物性食品にも力を入れる。写真は人気のミートボールのプラントベース版。動物性より植物性を安価で販売するのがイケアのこだわりだ。
撮影:竹下郁子
その姿勢はLGBTQの従業員を取り巻く福利厚生にも表れている。イケア・ジャパンの「パートナー」の定義は「12カ月以上一緒に暮らしている(住民登録している)こと」。同性パートナーにも法制婚と原則同等の福利厚生を保障する。
日本はG7で唯一、同性婚が認められていない。そのことが海外から同性カップルが移住し、働くことの大きな障壁になっているとして、EY Japan、日本コカ・コーラ、パナソニックホールディングス、富士通、三菱ケミカルグループなどの大手企業が政府に同性婚の法制化やLGBT差別禁止法を求めて声を上げているのは既報の通り。
イケア・ジャパンのペトラ・ファーレCEO(兼CSO)自身も、スウェーデンで女性と結婚し、パートナーと共に日本に移住した。法律が整っていない分は企業が支援したという。
「同性婚が認められている国と比べると、やはり困難はありました。
でもイケアには国を超えた異動を推奨する文化があり、それをサポートする仕組みもあります。パートナーが同性であろうと異性であろうと、移住する場合は入国から言語の習得、就労まで手助けしてくれるんです。子どもがいる場合はその支援もあります」(ペトラ・ファーレ氏)
伝統的な意味での株主がいないからできること
環境負荷を減らすためにアルカリの使い捨て電池の販売を止め、チャージ式に変更した。
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アメリカ大手企業の相次ぐレイオフや福利厚生の縮小などを見ていると、従業員保護と企業の成長を両立させる難しさを痛感するが、これまで見てきたイケアの徹底したダイバーシティへの取り組みは、イケアが未上場企業であること、その特殊なビジネススキームにも由来する。
「私たちには伝統的な意味での株主がいないんです。イケアは非常に面白いビジネスモデルで、最終持ち株会社は財団です。出た利益は財団を通じて事業に再投資するか、財団の取り組む貧困や気候変動対策の活動に使います。
四半期ごとに業績を株主にどう説明するかを考える必要がないので、事業計画は長期間、それこそ200年などのスパンで考えるんです。だからこそレジリエンスある体制をとることができています。
もちろんこの不況の時代に、コスト意識を持たなくていいということではありませんが」(カレン・フルーグ氏)
イケア創業者のイングヴァル・カンプラード氏はよく「会社の最も大きな財産は従業員だ」と口にしていたそうだ。人的資本経営の重要性が叫ばれる昨今、ダイバーシティこそ、その要だと改めて認識したい。