日銀・植田新総裁が初会見「現状維持」「ただちに見直しの必要なし」の“真意”を読み解く5つの論点

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日本銀行の新総裁に就任した経済学者の植田和男氏。新体制発足の4月10日、首相公邸にて。

Kimimasa Mayama/Pool via REUTERS

2月に植田和男氏が日銀総裁候補と報じられてから間もなく、筆者は新体制を理解するための論点を大きく4つに分けて整理し、Business Insider Japanに寄稿(2月15日付)した。

そこで筆者は「植田新体制をタカ派・ハト派という安易な二項対立に当てはめるのは、適切な理解の仕方とは言えない」と論じ、新体制は「『経済・金融情勢を踏まえ、適時適切な判断をする』という中央銀行の本来あるべき姿に回帰する」との予測を述べた。

国会はその後、植田氏からの所信聴取を経て政府の人事案に同意。4月10日には新体制が発足し、植田新総裁は同日、初の記者会見に臨んだ。

記者会見は筆者の予測通り、終始「安全運転」が続き、植田氏はタカ派でもなくハト派でもなくバランスを取りながら無難に切り抜けたという印象を受けた。

とは言え、今後の政策運営を見通すヒントと受け取れる発言もいくつかあったように感じられた。そのあたりを以下で紹介してみたい。

【Q1】異次元緩和の修正はありそうか?

修正の可能性は基本的に否定された。植田氏は会見で「現状の経済・物価・金融情勢に鑑(かんが)みると、現行のイールドカーブコントロール(長短金利操作)を継続することが適当」と発言し、現状維持の姿勢を明示した。

ただし、額面通りに受け取れない部分もある。

イールドカーブコントロールはそもそも、あらかじめ「今から修正します」と予告するのが不可能な枠組みだ。具体例を挙げて説明すると、次のようになる。

日本の長期(10年)国債利回りは、イールドカーブコントロールによって変動幅が「0%プラスマイナス0.5%ポイント」程度に収まるよう設定されている。

もしこの設定を撤廃する(もしくは許容する変動幅を拡大する)考えを日銀が事前に発表したら、正式に撤廃される前に先回りして日本国債を売り込む投機筋の動きが盛り上がることは間違いない。

そうやって売り圧力がかかれば、国債は値下がりし、利回りは上昇する。2022年12月〜2023年1月に実際に経験したように、日銀は長期国債の利回りを許容変動幅に収めるため、国債の大量買い入れを通じて強力な売り圧力に対抗せざるを得なくなる。

上記のような理由で、イールドカーブコントロールの修正を事前に予告することはできないのだから、撤廃するにせよ許容変動幅をさらに拡大するにせよ、ある日突然に決まる以外の道はない。

植田氏自身も、かつて日本経済新聞コラム「経済教室」(2022年7月)で、「長期金利コントロールは微調整に向かない仕組み」と述べている。

植田氏は記者会見で修正の可能性を否定したものの、突然の修正決定の可能性は否定できず、額面通り修正は行われないと理解するのは危険だ。

【Q2】初めての金融政策決定会合はどんな展開に?

現時点では、現状維持となる可能性が非常に高い。

植田氏は【Q1】で触れたイールドカーブコントロールの修正可能性について質問を受けた際、正確には以下のように応じた。

「経済、物価、金融がどうかで決めていく。そのもとでメリットと副作用を比較考慮して決める。海外金利が低下して、イールドカーブの形状はスムーズになってきているが、今後も見極めていく。

イールドカーブコントロールは、市場機能に配慮しつつ、経済にとって最も適切なイールドカーブの形成を実現するしくみ。現行のイールドカーブコントロールを継続することが適当だ」

メディア記事などではこの発言の最後にある「現行のイールドカーブコントロールを継続することが適当」の部分がクローズアップされ、そのため足元では円安・ドル高が進んでいる。

しかし、部分的に切り取らずに普通に受け取れば、植田氏が言わんとするのは、海外金利が低下してイールドカーブの形状はスムーズになってきているので、金利上昇に対して日銀が無理筋な国債購入を強いられることもなく、副作用も抑制されているので、コントロールの修正を急ぐ状況にはないという現状認識だ。

別途、記者会見で異次元緩和そのものの継続可否について質問された際も、植田氏は「現状では継続する」と断った上で、副作用や検証など今後の修正可能性を感じさせる言葉を口にしている。

記者会見は全般的に「短期的には考えていないが、長期的にはあり得る」という時間軸を意識した発言に徹しているように見えた。

植田氏の真意がどうあれ、政策決定会合を2週間後に控えた会見時点で継続が適当と述べているのだから、4月27~28日の初会合で動く可能性は相当低くなったと見るべきだろう。

なお、目下の現状維持スタンスには、3月10日の米シリコンバレーバンク(SVB)破綻に端を発する国際金融不安の高まりも影響していると思われる。植田氏も会見で「市場の不安感、不透明感が完全に払拭された状態ではない」と述べている。

【Q3】政府・日銀の共同声明はどう扱われる?

こちらも現状維持が濃厚だ。植田氏は4月10日の記者会見直前に岸田首相と会談した後、「政府と日本銀行の共同声明について、ただちに見直す必要はないとの認識で一致した」と記者団に語り、声明の修正について明確に否定。翌11日には岸田首相も同じことを強調した。

2022年時点では、岸田首相やその周辺の談話として、共同声明の修正を示唆するような報道も出ていた。

筆者も前出の寄稿(2月15日付)で指摘したように、「広義の解釈で乗り切ることも不可能ではないが、(デフレ脱却のために金融緩和で一定のインフレを誘発しようという)リフレ政策からの脱却を示唆したい岸田政権は修正を望むだろう」と考えていた。

しかし現実として、そうした動きはトーンダウンしたように見える。

なぜそうなったのか定かではないものの、(1)政府・与党内に残るリフレ派(保守派とほぼ重なる)への配慮、(2)現行の共同声明を広義に解釈すれば修正までは不要との認識の広がり、(3)国際金融不安がくすぶる中でタカ派的(引き締めを示唆する)アクションは回避すべきとの見方、などが影響したと考えられる。

現行の共同声明には「2%の物価安定の目標を導入し、これをできるだけ早期に実現することを目指す」と明記されており、それこそが無理筋な金融政策運営にお墨付きを与えているとの批判が向けられてきた。

筆者も前出の寄稿で「インフレが進む足元の状況を踏まえれば、物価安定目標を『できるだけ早期に実現』の部分は修正される可能性がある」と指摘した。

結果的にその部分は残るとしても、「できるだけ早期に」の意味は、政策の副作用への批判に耳を貸すことなく突っ走ってきた黒田前体制と、市場との対話を重視するだろう植田新体制の間では必然的に異なってくるはずだ。

植田氏自身は記者会見で「有限の時間内に達成するという見通しは申し上げられないが、できるだけ早く持続的、安定的な2%目標の達成を目指す」と述べている。

植田氏が適切と考える規律を守った上で、植田氏が考えるところの「できるだけ早期」に物価目標の達成を狙うのだとしたら、確かに共同声明の修正までは不要かもしれない。

とは言え、中央銀行の金融政策を縛るような声明が政府との間に存在すること自体が不健全だし、中央銀行の総裁が変わるたびにその声明を修正する構図もいびつで、筆者としては共同声明を丸ごとなくすのが筋と思う。

そうできない現実の制約があるのだとすれば、なし崩し的に広義の解釈で乗り切るのもやむを得ないだろう。

【Q4】植田新総裁「ただちに見直す必要はない」発言の真意は?

政府・日銀の共同声明にしても、イールドカーブコントロールを含めた異次元緩和にしても、植田氏の「ただちに見直す必要はない」との発言の背後にある「真意」を考えておく必要がある。

実際、記者会見では修正の可能性もしっかり示唆されており、植田氏が一切の見直し不要と考えているわけではないことは明らかだ。

例えば、会見における以下の発言が注目される。

「現在の金融緩和が非常に強力なのは間違いない。基調的なインフレ率が本当に安定的、持続的に2%に達する情勢かどうかを見極めて、適切なタイミングで正常化にいかなければいけないし、それが難しければ副作用に配慮しつつ、持続的な緩和の枠組みを探る。長い目で点検や検証があってもいいと思う」

副作用への配慮、点検や検証の必要性に関しては、会見に同席した内田副総裁も次のように述べて、前向きな姿勢を示した。

「デメリットで市場機能が低下することがあり、特に目立ったのが昨年後半からだった。副作用への対応を見極めていくフェーズにある」

また、【Q2】で触れた「イールドカーブの形状がスムーズになっている」との植田氏発言も、額面通り受け止めると、イールドカーブコントロール修正の可能性を否定する理由になってしまう。

その一方で、形状がスムーズになっているからこそ、例えば許容変動幅を完全撤廃するなどの修正を行っても長期金利が暴騰することはないという(植田氏の)認識を示す発言と理解できなくもない。

いずれにしても、植田新体制が今後イールドカーブコントロールの修正に踏み込むとすれば、その時日銀は間違いなく「引き締め」ではなく「緩和路線の継続」と説明しようとするはずだ

しかし、日銀の許容変動幅拡大が市場に金融引き締めと受けとめられて金利が急上昇した2022年12月と同様、口先でいくら「緩和路線の継続」と説明したところで、金利急騰を招いてしまえば、それは詭弁(きべん)にしか聞こえなくなる。

海外の経済・金融情勢が脆弱性を増し、日本を含めた世界の金利が低下傾向にある時こそ、イールドカーブコントロール修正に踏み出すハードルは下がっていると言える。そうしたタイミングで修正して何も起こらなければ、結果的に「緩和路線の継続」との説明にも説得力が出てくるだろう。

この【Q4】はかなり専門的な解説になってしまったが、上記を踏まえると、「ただちに見直す必要はない」ものの「ただちにでなければ見直しはあり得る」というのが植田氏の真意に近いように思える。

【Q5】政策見直しに動くとすればいつ?

【Q4】で解説したように、「ただちに見直す必要はない」が「ただちにでなければ見直しはあり得る」というのが植田氏の真意だとすれば、4月会合は現状維持でも、6月会合ないし7月会合での見直し(手始めにイールドカーブコントロールの修正)はあり得る、と考えるのが順当ではないか。

具体的には、米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げ停止を決定する一方、欧州中央銀行(ECB)がもう一段の利上げを模索している状況の想定される6~7月頃が、見直しの時期として頃合いに映る。

FRBとECBが明確にハト派転換(利上げを終了)した後で、日銀だけがイールドカーブコントロール修正のようなタカ派寄りの政策転換に踏み切るのはさすがに躊躇(ちゅうちょ)されるだろうし、かと言って、FRBやECBがともにインフレ抑制に苦しみながら利上げを続けている時期に修正に踏み切れば、日本でも金利急騰の恐れがあるからだ。

その次のステップが、正真正銘の引き締め策としてのマイナス金利解除だ。年内に着手するのは不可能に近いと言っても差し支えない。

欧米の中央銀行が利上げ停止を決定すれば、基本的に当面(3~6カ月)は据え置き(もしくは利下げ)が予想されることから、少なくとも2024年上半期までマイナス金利解除は保留されることになると考えるのが妥当だろう。

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