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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
大手PR会社エデルマンが毎年公表している「信頼レポート」によれば、企業、政府、メディアのうち近年では企業の信頼度が高まっている半面、メディアの信頼度は下がり続けています。「第四の権力」とも言われるメディアはなぜこれほど信頼を失ってしまったのでしょうか。入山先生が考察します。
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「企業」は都合の悪いことも隠さなくなった
こんにちは、入山章栄です。
今回はBusiness Insider Japan編集部の野田翔さんが気になっている問題について、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
BIJ編集部・野田
大手PR会社のエデルマンが20年以上続けている「信頼レポート」によると、人々は「政府」や「メディア」よりも「企業」のほうを信頼するようになっているということが分かりました。
企業は「信頼されている」のに、メディアはあと1ポイント下がれば「信頼されてない」というところにまで下がっています。フェイクニュースがはびこったせいかもしれませんが、何か根本的な理由があるのでしょうか。
エデルマンの調査ということは、日本だけでなく世界的に調査したということですね。
BIJ編集部・野田
はい、世界28カ国を対象にした調査で、信頼スコアについては27カ国の平均をとっています。
企業が62ポイント、政府が51ポイント、メディアが50ポイント。メディアが最下位じゃないですか。これは衝撃ですよね。メディアで働く野田さんはショックなんじゃないですか。
BIJ編集部・野田
よくSNSなどで「マスゴミ」などと言われますけど、自分もその一員なのかと思うと複雑な気持ちです。
では、どうしてこうなったのか。僕はこの理由は、「透明性」の問題だと考えます。僕の理解では、「信頼性を裏づけるのは透明性」なんですよ。その点で、企業よりもメディアの方が透明性への努力が低かったのではないでしょうか。
実際いま企業の間では、ガバナンスや自浄作用が効き始めています。それに加えてこれだけSNSで個人の発信力が高まると、企業が隠しごとをしたりウソをついたりしたところで、すぐバレる時代になっています。
ある企業が、「当社にセクハラやパワハラはありません」と言っても、いまは社員がSNSで拡散する可能性がある。そうなると隠すことのほうが、とてつもなくリスクが大きい。それならいっそ隠しごとをせず、情報を開示するほうが信頼される、と企業は気づき始めたのでしょう。
例えば少し前に、回転寿司のスシローの店内で客が湯呑みや醤油さしを舐めて元に戻すというイタズラ動画がSNSで拡散されました。これが昔だったら、従業員が「あいつ何か変なことやってる」と気づいても、経営者は客足が鈍ることを恐れて「こんなことがあった」とは発表しなかったかもしれない。
でもいまは隠しても、かなりの確率でSNSで漏れてしまう。だったらむしろ最初から表沙汰にして、公明正大に対処したほうがいいという考え方が主流になってきています。だからスシローもくら寿司も、「迷惑行為は訴えます」と表明しました。
僕もいろいろな企業の社外取締役をやっているので実感していますが、特に上場企業は、自社に都合が悪いことでも驚くほど隠さなくなっていますね。
BIJ編集部・野田
逆に、企業は何かあったときの対応力を磨くようになっているということでしょうか。
その通りです。このあたりはみなさんすごく真剣に取り組むようになっています。
BIJ編集部・野田
そういう企業と比較すると、メディアの透明性は低いということですね。
メディアは裸の王様
はい。まず先に、メディアと信頼性スコアが変わらないくらい低い、政府のことを話しましょう。僕の理解では、政府は民間企業とは異なり、隠しごとが「どうせバレるだろう」とはまだ思っていない場合が多いですよね。政府の情報は機密に属することがあるから、隠そうとすれば隠せるとまだ思っているわけです。
例えば3月ごろ、立憲民主党の小西洋之議員と高市早苗大臣の、放送法の政治的公平の解釈に関する行政文書をめぐるバトルが話題になりました。デジタルリテラシーが低い議員が多いのか、「こんな発言をしたらSNSで批判される」ということが分かっていない印象でした。それに、そもそも書類の管理がなってないですよね。これがITベンチャーだったら、例えばすべての書類が「kickflow(キックフロー)」というオンライン稟議システムで見られるようになっていますよ。
BIJ編集部・常盤
履歴もすべて残りますからね。
そうです。
では最後にいよいよメディアです。メディアはかつて立法、司法、行政の三権分立に加えて、「第四の権力」といわれた時代がありました。立法、司法、行政はお互いのモニタリングをするからガバナンスがきく。
さらにこの3つをモニタリングするのは誰かといえば、もちろん最終的には国民ですが、そこで行われていることをすべてモニタリングする力は国民にはないから、国民の代わりにメディアが事実を報道することで世論を形成してきた。しかし問題は、メディア自体を監視するところが存在しないことです。そのため、徐々にメディアは「自分たちが世論を誘導している。自分たちが第四の権力であり、実は一番権力がある」と思い上がってしまった部分があるのだと思います。
さらに言えば、その第四の権力であるはずのメディアは、十分にガバナンスが機能していません。テレビ局や新聞社など「ザ・大手メディア」の中には上場していないところも多いし、上場企業でもガバナンスが貧弱なところが多く、経営陣を含めてデジタルリテラシーが低い。いままで自分たちは情報をコントロールできる強い立場だったけれど、いまやそうではないということに、経営層のおじさんたちが気づいていない。
しかしこれだけデジタルやSNSが発達すると、メディアも透明性がないと信頼されなくなってくる。そのことに国民はもう気づいている。でもメディアの上層部は十分にそこに気づけていない。率直にいうと“裸の王様”です。だから評価が低くなってきているのではないでしょうか。
BIJ編集部・野田
皮肉ですね。本来は一番情報に敏感であるはずのメディアがそうなっているなんて。
僕はそのなれの果てが通信社だと思っています。はっきり企業名を出しますが、時事通信が今年の成人の日に向けて、作家・演出家の鴻上尚史さんに、新成人へのメッセージの執筆を依頼しました。そして鴻上さんの書いた文章に対して、「体現止めが美しい」などの理由で20カ所以上の直しを入れた。鴻上さんはその直しを受け入れずに掲載を断り、かわりにその文章を自分のSNSで発表しました。
すると時事通信の社長が、社内向けのブログにそれに対するこんな反論を掲載しました。
「元の原稿とゲラを見比べると、体言止めに変えたのは2カ所だけ。わざわざ直さなくていいような箇所もありましたが、新聞用字用語ルールに沿った直しや、予定行数に収めるための些細な修文が大半です」
文章の間違いをチェックするのが通信社の仕事の一環であることは分かります。しかし鴻上さんのような一流の書き手に執筆を依頼したのだから、鴻上さんが自分の文体を生かして表現するのは当たり前でしょう。
それから2月17日、JAXAがH3ロケットの打ち上げを発射直前に中止したあとで開いた記者会見で、「われわれは失敗したとは捉えていない」と言ったJAXAに対し、共同通信の記者が「でもそれは一般に失敗と言います」と言って、大きな批判を受けたことがありましたよね。
これでも日本はまだいいほうで、海外では国のプロパガンダばかり放送している、国営放送のようなメディアも珍しくありません。ロシアのテレビ局は「プーチン万歳」と言っているわけですから、メディアへの信頼が失墜するのも当然でしょう。
BIJ編集部・常盤
日本は安倍政権時代に「報道自由度ランキング」の順位をかなり落としました。あのときは政府による放送内容への介入があると言われていました。たしかに第四の権力としてガバナンスや自浄作用が効いていないこともあるでしょうけれど、報道の自由度が下がってきているということはないですか?
「報道の自由度が下がった」とすれば、逆にそれはメディアの責任だと僕は思いますよ。仮に政府から放送内容に介入されたとしても、政府が嫌がることを報道するのは法律違反ではありません。
日本はSNSで政治家の悪口を言ったって逮捕されないのに、旧来メディアは政府に忖度して自主規制している。それを世間は見透かしている。だから古いメディアに務める若い人たちはそこを辞めて、新しくできたデジタルメディアにどんどん転職しているのでしょう。
BIJ編集部・野田
いまやメディアの人でなくても、場合によっては個人がニュースの現場に行って、そこで動画を撮って発信することもできる。そこで言われていることと、メディアで伝えられることが全然違う。そこで感じる違和感の積み重ねが、この結果なんだなと思いました。
いまは「大本営発表」のようでいまひとつ信頼しきれないオールドメディアと、個々の発信者の主観が入りがちなYouTubeなどのSNS、そしてBusiness Insider Japanのような新興メディアを使い分けながら、情報の全体像をつかもうとする人が多い。
Business Insider Japanはそういう中で、いかに信頼性と透明性を確保するかですよね。もし権力がプレッシャーをかけてきたとしても、大手メディアのように忖度せず、主張すべきはきちんと主張すべきでしょうね。
BIJ編集部・常盤
われわれも、自分たちの果たす役割を改めて考えないといけませんね。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。