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「映像制作現場の『NOと言えない雰囲気』を壊していく。それが私の役割です」
こう話すのは、性的シーンを撮影する際に、俳優と制作側の間に立ち、調整・サポートする「インティマシー・コーディネーター」の西山ももこさんです。
#MeToo運動をきっかけにその必要性が語られ始め、アメリカの放送局HBOが起用したことで世界的に広まっているこの役割。
最近では、NHKドラマ10「大奥」(2023年1月〜3月に放送)や民放ドラマでも取り入れられるなど、日本の放送界でも導入が進んでいます。
今回は、世の中に広まりつつあるインティマシー・コーディネーターの仕事内容や役割の意義に迫ります。
性的なシーンの撮影時に、役者と制作側の間に立ち調整する仕事
西山ももこさん。アメリカの専門機関IPA(インティマシー・プロフェッショナルズ・アソシエーション)の資格を持つ、日本に2人しかいないインティマシー・コーディネーターの一人でもある。
撮影:中島日和
──インティマシー・コーディネーターとは、どんな仕事ですか?
西山ももこ(以下、西山):映画やテレビなどでの性的なシーンの撮影時に、演じる側と演出側の意向を確認し、両者が最大限のパフォーマンスを発揮できるようサポートする仕事です。
よく、「インティマシー・コーディネーターは役者の代弁者だ」と言われることがあるのですがそうではなく、あくまでも中立的な存在で、「作品を良くするために存在する仕事」だと思っています。
具体的には、水着以上の露出があるシーンと疑似性行為のシーンがある場合にインティマシー・コーディネーターが入る必要があるとされています。また、未成年のキスシーンにも立ち会います。
──仕事の流れを具体的に教えてください。
西山:プロダクションや制作側から仕事の依頼がきた後、台本を読んでインティマシー(性的な)シーンに該当しそうな箇所をピックアップします。
例えばト書き ※ に「情事」「抱き合う」と書いてあるとする。それだけでは、役者は着衣なのかヌードなのか、着衣の場合でもランジェリーなのかガウンなのかなどは分かりません。
そこで撮影時に認識の齟齬がないよう、まずは監督にイメージしていることを確認していきます。
※セリフ以外の登場人物の動作や行動、心情などを指示する部分のこと。
──まずは制作側のイメージを具体化、言語化するんですね。
西山:はい。それらがすべて把握できたら、役者さんに監督の考えを伝えます。
その際は、「このシーンは監督のイメージでは下着だけの着用ですが、問題ないですか?」というように一つずつ細かく確認。
役者さんから「下着はOKだけど胸の谷間はあまり強調しないでほしい」といった声があれば、それを監督や制作側にフィードバックします。
その上で「ではこういう風に撮影しましょう」とすり合わせをしていく。最終的に双方が合意した内容で撮影に挑みます。
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──撮影中はどんなことを?
西山:本番中はモニターで映り方に問題がないかなどを確認し、懸念や認識の違いがあれば監督や制作側に伝えます。
ちなみに、撮影で役者さんが使用するニップレスやベージュパンツ、前貼りなどは、衣装担当の方と相談した上でインティマシー・コーディネーターが準備することも多いです。
「撮影現場で使われる前貼りを、もっと安心して使えるものにしたい」と、撮影現場で一緒になったAZUNA氏と前貼りのプロデュースにも挑んでいる。
Maebariウェブページより
日本は性暴力への認識が「甘すぎる」
──最近では、映像業界の性加害問題も浮き彫りになっています。制作に携わる中で課題に感じることは?
西山:制作現場の課題は山ほどあります。
最近ではインティマシー・コーディネーターを導入することが一般的になりつつありますが、「性的なシーンにインティマシー・コーディネーターを導入する」=「作品が安全に作られる」ではないと思うんですよ。
日本はハラスメントに対しての認識が甘すぎます。例えば、ハラスメントの相談があってもプロデューサーによっては「まあ我慢してよ」と丸く収めようとする人も実際にはいる。
謝って丸く収めるのではなく、改善を強く求めています。
放送業界って、ジェンダーギャップがめちゃくちゃあって、自分がこれまで関わった作品も意思決定権はほとんど男性にある。
ADの女性がハラスメントで辞めているのに、関係者は「俺の周りではハラスメントはない」とか「だいぶクリーンになった」と言っていて、問題に気がついていないこともあります。
撮影:中島日和
──業界全体の仕組みやカルチャー、関係者の意識も改善していかなきゃいけない、と。
西山:例えばオーディションや出演オファーのときに役者さんが「性的シーンOK」と言ったら、細かい確認はせずに「全てOK」として制作が続いてしまうこともあります。
しかし、条件をしっかりと聞かされてない中で同意したものは、本当の同意とは言えません。当初の認識と異なる場合、途中で「NO」と言ってもいいのに、まだまだ言えない空気もあると感じます。
──それは日本の現場の特徴でもあるのでしょうか。
西山:特に日本の場合、予算も少なく制作期間もタイトなことが多いです。
「自分が何か発言すればスケジュールが崩れてしまう」「面倒くさい人と思われて、仕事に呼ばれなくなってしまうのが怖い」など、見えないプレッシャーを感じている役者さんも多く、それも「NO」と言えない理由の一つでしょう。
そのため、私が作品に関わる場合は「インティマシー・シーンに関わる時間を多めに取ってください」と制作側にお願いしています。
また、中立的な立場でもある私があえて空気を読まないようにして、違和感を感じることは口に出して「空気を壊す」ように意図的に働きかけています。
──「空気を壊す」のは、勇気がいることですよね。
西山:2008年から15年ほど映像業界で仕事をしてきて、進めようとしていることを覆すことの大変さも知っています。
毎回、自分自身もしんどいのですが、「何かおかしい」「誰かが嫌がっている」と気づいたら伝えるのが私の役割だとも思っています。
出演者にとって、一度撮影して公開された作品はずっと残るもの。だからこそ、たとえ立ち止まることになっても、一つひとつ丁寧に同意を取り、違和感を解消して、納得できる作品づくりができることが大切だと考えています。
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“大丈夫?”は使わない
──西山さんは、役者さんとコミュニケーションを取る際、「作品の役名」で呼ぶようにしているんですよね。
西山:そうですね。「〇〇さん、これはできますか?」と役者名で聞かれると、自分が主語になるので役者さんはNOとは言いづらいと思うんです。
けれど役名であれば、客観的な意見が言えます。
「〇〇さんが嫌だと言っている」となると制作側にわがままと取られてしまいかねませんが、「役として考えた結果、こういう演出であればOK、ここ(ボディパーツなど)は見せるのは避けたいが、ここはOK」など代案も併せて伝える。
そうすると、制作側も作品づくりのための意見として受け止めやすいし、対応策も考えやすいですよね。
また、「大丈夫?」という言葉の使い方にも気をつけています。特に日本のカルチャーでは「大丈夫?」と聞かれると、「大丈夫です」と答えがち。
そのため「いま髪を触られているのは問題ないですか?」というように、確認したいことを明確にして聞くようにしています。一つひとつ噛み砕いて聞かないと、本当の心の声は聞けないんですよね。
──作品の描き方に、意見を伝えることもあるとか。
西山:例えば作品によっては、男性が「壁ドンをする」「無理やりキスをする」といったことがロマンチックなシーンとして描かれていることがあります。
それは本当に問題がないのか、嫌悪感を覚える人はいないかなど、視聴者の目線で考えて違和感があれば伝えるのも私の一つの役割だと思っています。
その上で、監督の考えを聞き、明確な意図や理由があれば尊重しながら作品づくりに携わっています。
「誰かの犠牲」の上に成り立つ、日本のコンテンツ制作に疑問を感じて
(写真はイメージです)
Shutterstock / Svetlana Arapova
──そもそも西山さんは、どのような経緯でインティマシー・コーディネーターの仕事に就こうと思ったんですか?
西山:元々、アフリカ専門のロケコーディネーターを10年以上やってきました。
日本に住みながら、月に1〜3回程度海外ロケに行って帰ってくる生活だったのですが、大切な人やペットが亡くなってしまうような時にも立ち会えない働き方に、限界を感じるようになって。
また、やりがいのある仕事である一方、「放送内容が面白くなれば、ある程度の犠牲は仕方ない」という日本のメディアコンテンツ制作の考え方にすごくモヤモヤしていました。
そのようなことを考えている矢先に乗ったタクシーの運転手さんが、偶然にも勤務最終日で「40年間この仕事が楽しかった」と清々しい表情で話す姿を見て、「私は、今の状態では自分の仕事を誇りに思えない」とハッとしたんです。
──これまでの働き方や仕事を見直そうと立ち止まる決断をしたのが、ちょうどコロナ禍前の2020年2月ごろと。
西山:その後少し経ち、イギリスに住んでいる映像業界の友人から「インティマシー・コーディネーターという仕事があるんだけど知ってる? 日本でインティマシー・コーディネーターのトレーニングが行われる予定があるんだ」と話をもらったんです。
個人的にとても興味を持ちました。そこで、すぐにアメリカに本部があるIPAの代表に連絡しトレーニングを経て、この仕事を始めました。
──資格取得までの流れは?
西山:私の場合は、IPAの面接を経て2〜3週間のトレーニングを受け、試験に合格して取得しました。
トレーニングを受けた時期はコロナ禍だったため、すべてオンラインでした。オールイングリッシュで1日4時間ほどの授業を平日5日間、3週間ほど受講しました。
ただこのケースはイレギュラーで、通常はもっと長い期間をかけてトレーニングが行われるようです。
また、トレーニング時は参考文献や資料はあるものの、教科書などはなくすべて聞き取りです。
専門用語も多く日本語に訳して理解する必要があったほか、授業後には小テストや課題、復習のための宿題……などがあり、いままでの人生で一番勉強しました(笑)。
毎回の現場が「新たな発見」。覚悟を持って作品と向き合う
(写真はイメージです)
Shutterstock / gnepphoto
──2020年からインティマシー・コーディネーターの仕事を始めて、2年ほど経ちました。手応えはありますか。
西山:私自身業界での経験はありますし、インティマシー・コーディネーターとしても25作品ほどに関わってきましたが、まだ2年目の新人とも言えます。
毎回やる度に新たなことに気付いたり、反省したりと試行錯誤の連続ですね。
役者さんからは「安心できる環境で表現の幅が広がった」といった言葉や、監督や制作側から「いままで役者さんが言いづらかったことも言いやすくなって、現場も作品も良くなった」と聞いたときに良かったなと感じます。
──仕事をする上で大切にしていることは?
関わる人たちみんなで意見交換をすることがすごく大事だと思っています。
自分の意見も、自分の持っている感覚も絶対に正しいわけではないし、自分が間違っていることもたくさんあります。
でも、みんなで話し合うことで解消できる部分もあるし、よい作品づくりに必要なのは「対話」と「コミュニケーション」だと思いながら、日々の仕事に取り組んでいます。
西山ももこさん提供
──「仕事を誇りに思えない」と感じて仕事を変えたことが転機になったと仰っていましたが、今はどうですか?
西山:アフリカのコーディネーターをしていた当時は、制作側の望みを全て叶えるのがいいコーディネーターだと教えられてきたし、自分でもそう信じていました。
そのため、「これはおかしいな」と感じても制作陣に意見を言えずのみ込んで、「分かりました」と言っている自分がいたんです。
仕事はたくさんいただけましたが、いま振り返るといろいろな人を踏みにじってきたし、あのとき声を上げるべきだったと大きく反省しています。
今、違和感を口に出して空気を壊そうとしているのは、その時の自責の念が大きいです。
これからの映像業界をつくっていく若手のためにも、おかしいことはおかしいと言っていくことが一つの責任だと感じていますし、そういう意味では今の自分にしかできない仕事・役割が見つかって充実しています。
撮影:中島日和
──今後チャレンジしたいことは?
西山:インティマシー・コーディネーターとして作品に関わる以上、性的な描写だけが安全であればいいということじゃないと思っていて。制作側は良かれと思ってか、いまなお視聴者が不安になる表現が無意識的に入れられていることもあります。
例えば、恋愛のオムニバスドラマがあった時に、何作品もあるのに全部異性愛しか描いていないとか、女性が当たり前のようにご飯を作っていて男性が待っている、などまだまだ表現のバイアスがあります。
私自身、映像作品が大好きだからこそ、無自覚に誰かを傷つけることを減らして、もっと視聴者が安全に見られる作品を作りたいと思っています。
そのためには自分の知識を広げていくことが大切で、アンコンシャスバイアスの資格も取得予定です。
IPAの本部とも定期的にやり取りをしたり、グローバルのインティマシー・コーディネーターのコミュニティで情報交換したりワークショップに参加したりして、最新情報をキャッチアップして現場に還元していきます。
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高校から大学卒業まで6年間、アイルランドで学生生活を送る。その後、チェコのプラハ芸術アカデミーに留学。2009年からは日本でアフリカ専門のコーディネート会社にて経験を積み、2016年よりフリーランスに転向。 月1〜2回のペースでアフリカ、欧米、アジアでの海外ロケだけでなく、国内でのロケ、また国内外のイベント制作に携わる。 2020年にインティマシーコーディネーターの資格を取得。他、ハラスメント相談員、ハラスメントカウンセラー、国際ボディーランゲージ協会認定講師の資格も保持。