撮影/中山実華
LGBTQに関する、印象深いエピソードがある。
トランスジェンダーの新任コンサルタントが上司と共に、とある企業に提案に伺ったときのこと。対面したお客さまは「失礼ですが、男性ですか? 女性ですか?」と質問をしたという。
すると上司は「男性・女性ではなく、一人のコンサルタントとして接してやってください。仕事のできる優秀な人ですから」と答えた。
これは、グローバルコンサルティングファーム アクセンチュアのエピソードだ。実は、アクセンチュアはLGBTQの取り組みにおいて世界的に高く評価されている。
その取り組みについて、日本オフィスにおけるインクルージョン&ダイバーシティ LGBTQ Pride日本統括を務める篠原淳さんに話を聞いた。
篠原さんは、INvolve社発表、インクルーシブな職場への変革を推進するリーダーを選出する 「Outstanding LGBT+ Role Model Lists」2022年度版に選ばれた(同社 Accenture Song マネジャー 新島恵理子さんと2名選出)。活動をリードしてきたリーダーシップを評価され、この部門での世界の50人に選ばれている。
「共感力の高さ」が活動の源泉に
アクセンチュア テクノロジー コンサルティング本部 クラウドファーストアプリケーション アジア太平洋・アフリカ・中東地区統括 兼 インクルージョン&ダイバーシティ LGBTQ Pride日本統括 マネジング・ディレクター 篠原淳さん。
撮影/中山実華
「ダイバーシティ&インクルージョン・インデックス」(D&I指数)をご存じだろうか。ロンドン証券取引所グループの銀行であるリフィニティブが多様性と受容性に富んだ職場環境を持つグローバル企業100社を認定するもので、2022年に世界で1位となったのがアクセンチュアだ。
さらに、「work with Pride」が2016年に策定した企業におけるLGBTQ施策の取り組みを測る「PRIDE指標」でも、アクセンチュアは7年連続でゴールド受賞している。
D&I活動(アクセンチュアではI&Dとしている)において、まさに世界トップの企業。その背景には「人が資産であり、一人ひとりが自分らしく能力を発揮することで、お客様に対する提供価値を最大化できるよう、真のイクオリティを目指す」というアクセンチュアの経営戦略がある。
アクセンチュアでは、I&Dの取り組みとして、「ジェンダー/障がいのある方/LGBTQ Pride/クロス・カルチャー/Well-being」の5つを推進。若手から経営幹部まで、各分野の推進に関心のある社員同士が組織横断でコミッティを形成し、さまざまな支援活動を行っている。
2019年、アクセンチュアがTokyo Rainbow Prideに参加した時の1シーン(コロナ前のため、マスクは着用していません)。
篠原さんはI&Dの取り組みを15年近く行っているというが、LGBTQ Prideの取り組みに意識を向けるきっかけとなったのが、Tokyo Rainbow Prideのパレードに参加したことだ。
「パレード開催の社内告知を見て、参加してみることにしました。渋谷の公園通りから、明治通り、原宿をみんなで歩くのですが、これが実に楽しく、エキサイティングな経験だったんです。
世の中に対して、自分の思いを発信していいという実感。それを受け止めてもらえるのが、本当に嬉しかった。そこから、私もアライ(支援者)になりました」(篠原さん)
パレードは初めての参加だったというが、多くの人と同じ思いを発信し、それを沿道の人も応えてくれる。受け止めてくれる人たちが周囲にはたくさんいる、ということをフィジカルに感じることができたのは、まさに感動体験だったという。
Tokyo Rainbow Pride 2019にて。
アクセンチュアで働く中で、またI&D活動を推進してきて、自身は「共感力」が高くなってきたと分析する。その共感力が、LGBTQ Prideを推進する力になっていると話す。
「心理的安全性」にフォーカス
冒頭で紹介したトランスジェンダーの社員は、上司の毅然とした対応により「自分はここにいていいんだ」と思えたという。
「I&Dは(アクセンチュアの)経営戦略です。社員一人ひとりが最大限にパフォーマンスを発揮することが重要ですが、LGBTQ当事者の方々の中には、自分の考えや思いを発信できない人も少なくありません。
そのような状態で十分にパフォームできるでしょうか。冒頭の例は、当事者のコンサルタントデビューの日でした。そのような大切な日に自分は自分として『ここにいていいんだ』と思えたことは、非常に大きな意味があったはずです」(篠原さん)
篠原さんは「当事者の心理的安全性が重要」だと話す。
「そのため、LGBTQに関するアクセンチュアの取り組み、およびコミッティ活動はアクティブです。会社側は制度を用意し、コミッティメンバーは本業と並行して、さまざまなアライ活動を行っています」(篠原さん)
LGBTQの社員をサポートする制度も複数整えている。例えば、ライフパートナー制度が充実している。同性パートナーを持つ社員に対する福利厚生として、パートナーの健康診断受診費の負担や、忌引・介護等の各種休暇、生命保険の受取人指定も可能だ。結婚休暇や結婚祝い金制度もある。そして、LGBTQの正しい理解を深めるための社員教育・セミナー、各種イベントも実施。アライ登録制度を中心として、LGBTQの方に寄り添った職場の環境づくりを促進している。
さらに、ITの会社らしい取り組みのひとつAIチャットボットの「Randy-san」が有効に機能しているという。
「例えば『LGBTQ』と打ち込むと、それに関する情報にすぐにアクセスできるようになっています。あるいは『家族が増えた』と入力すると、HR関連の手続きについてチャットボットが答えてくれる。
当初は業務の効率化を目的に導入しましたが、副次的な効果があることが分わかりました。カミングアウトしていない人にとっては『ライフパートナー制度はありますか?』と人事部に聞くことさえ躊躇します。しかしこれはAIですから、誰でも気軽に調べられるんです。
申請プロセスもほぼ自動化し、『業務で関わりのある人に知られるのでは』といった不安を排除しています。当事者の方にとっては、制度活用の敷居を下げた非常に良い取り組みになっています」(篠原さん)
コミッティの活動は、情報発信はもちろん、当事者をパネラーに迎えたイベントを実施して理解を深める活動を行ったり、アライであることを見える化できるレインボーのストラップを身につけるなど、積極的に支援を行っている。
「当事者の方がオープンに話し、人前でパネルディスカッションできるのは心理的安全性が高い環境である証でもあります。こういったイベントが実施できること自体、驚かれることもありますが、アクセンチュアでは日常になっています」(篠原さん)
社内だけでなく、社会全体に広がっていくために
アクセンチュアでは多くの社員がアライとして登録している。篠原さんが下げるレインボーのストラップはアライである証だ。
撮影/中山実華
篠原さんをはじめとする、アクセンチュアのアライメンバーは、社外組織との連携も積極的だ。
例えばLGBTQに関するセクターを超えたコレクティブインパクト・プロジェクト「プライドハウス東京」での協業、また新宿区にオープンした日本で初めてとなる常設の大型総合LGBTQセンター「プライドハウス東京レガシー」では、アクセンチュアが得意とするミッションステートメントの作成や、コラボレーションの仕組みづくりなど、プロジェクトのようにまとめ上げる作業を社会貢献の一環としてサポートしているという。
また、IT業界のLGBTQの方とアライの交流、及びLGBTQが働きやすい環境を実現するための情報共有や発信を企業の枠を超えて行う団体「nijit(ニジット)」も、アクセンチュアを含め全12社の幹事会社(2022年12月現在)で運営されている。
「LGBTQの方は、カミングアウトしている人もいれば、カミングアウトしない方もいます。ただ、当事者同士であれば比較的オープンに話しやすく、当事者のコミュニティの存在は非常に重要だと実感します。
社内に当事者やアライが参加できるコミュニティがありますが、社外の方から『アクセンチュアのコミュニティは評判がいいですよ』と言っていただくことがあります。活動してきてよかったな、と思う瞬間ですね」(篠原さん)
もう一つ、篠原さんが嬉しく思うことがあるという。
「当事者の方が、『アクセンチュアに入社して初めて、自分のキャリアを考えられるようになった』と言ってくれたことです。
以前の職場では、自分らしさを表に出すことができず、同僚に隠し事をしているような何となく引け目を感じていた。十分なパフォーマンスを発揮するどころか、キャリアを考える余裕などなかった、と。
ところが、心理的安全性が十分確保された職場に来たと実感できたことにより、自分のSOGI(性的指向・性自認)をオープンにし、自分らしく働けるようになって初めて、自分のキャリアについて考えられるようになったと。
これは、ビジネスパーソンとして意味が大きいと言ってくれました。こういう経験や共感が広がることが、I&Dの目指す職場環境だと思っています」
コンサルティング業界、さらに社会全体にこの活動が広がっていくことが、今後の目標だという。「真のイクオリティ」が、遠くない未来に実現することに期待したい。
MASHING UPより転載(2023年1月20日公開)
(文・取材)島田ゆかり
島田ゆかり:ライター。広告代理店を経て、出版業界へ。雑誌、書籍、WEB、企業PR誌などでヘルスケアを中心に、占いから社会問題までインタビュー、ライティングを手掛ける。基本スタンス、取材の視点は「よりよく生きる」こと。