アリババグループは11日、対話型AI「通義千問」を発表した。
アリババクラウド
大規模言語モデルと生成AIの開発競争が加速している。先月のグーグル、バイドゥ(百度、baidu)に続き今月はアリババグループがプロダクトを発表し、アマゾンも参戦を表明した。中国では他にも数社が大規模言語モデルを近く発表予定だ。一方、中国の規制当局もその影響力を注視しており、事業者の法的責任を問う規制案が公表された。
アリババは企業向けアプリとAIスピーカーから搭載
アリババグループは4月11日、ChatGPTに似た対話型AI「通義千問」を発表した。発表会では、ユーザーの「イベントの招待状作成」「冷蔵庫にある食材からレシピを提案」「30分の運動に合う音楽を流す」といった依頼にAIが答える様子が示された。
通義千問は近く、マイクロソフトのTeamsに似たアリババのビジネス用コラボレーションアプリ「DingTalk(釘釘)」と、AIスピーカー「天猫精霊(Tモールジーニー)」に搭載される。デモもこの2プロダクトを意識した対話が紹介された。登壇したアリババグループ会長兼CEOの張勇(ダニエル・チャン)氏は、最終的にはアリババの全てのプロダクトに通義千問を組み込むとも表明した。
大規模言語モデル開発を巡るメガテックの動きは、今年に入って次々に具体化している。
火付け役はマイクロソフトだ。2月にChat GPTに使われている技術を自社の検索エンジン「Bing(ビング)」に搭載すると発表し、翌3月にはMicrosoft 365 AppsにOpenAIのAI機能を組み込んだ「Microsoft 365 Copilot」も発表した。
3月はグーグルが「Bard(バード)」を、中国のバイドゥが「文言一言(ERNIE Bot)」を公開。マイクロソフトが検索領域でのゲームチェンジを図ったことを受け、米中の検索シェアトップ企業が相次ぎ自社のプロダクトを提示した形だ。
そして今月にはアリババとアマゾンの方針が明らかになった。アマゾンは13日、傘下のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を通じて生成AIサービスを提供すると発表した。
4月は他に中国3社がリリース表明
通義千問は最終的にアリババグループの全プロダクトに搭載されるという。
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以上が日本で報道されている主な動きだ。だが実は、中国ではより多くの大規模言語モデルが発表されている。
アリババが通義千問を発表する前日には、“中国AI四小龍”と呼ばれ、ソフトバンクグループが出資する商湯智能科技(センスタイム)が大規模言語モデル「日日新SenseNova」、対話型AI「商量SenseChat」を発表した。セキュリティソフトの奇虎360、オンラインゲームの崑崙万維、音声認識に強みを持つAI開発の科大訊飛(iFLYTEK)も4月中旬から5月初旬にかけて、自社の大規模言語モデルの発表を予定する。
通信機器大手のファーウェイ(華為技術)、メッセージアプリWeChat(微信)を運営するテンセント(騰訊)は、ChatGPTのリリース前に大規模言語モデル構築の取り組みを公表している。
アリババ、バイドゥを含め直近で大規模言語モデルのリリースを表明した企業は、数年前から開発に取り組んできたわけだが、ChatGPTの登場によって対話型AIへの関心が世界的に高まったことで、プロダクト発表の大幅な前倒しを迫られた。
バイドゥの李彦宏CEO、アリババクラウド・インテリジェンスの周靖人CTOはいずれも中国メディアに対し、自社プロダクトが未完成であることを強調し、OpenAIのChatGPTとは差があることを示唆している。
OpenAIは今年3月に前バージョンより大幅に性能が高いGPT-4をリリースし、李彦宏CEOも「差が縮まっていると思っていたが、むしろ広がっていた」とOpenAIの技術の進歩を認めた。中国ではこれまでAIバブルが起きては期待が先行しすぎてしぼむサイクルを繰り返しており、研究者は「現段階では対話型AIや生成AIはおもちゃのようなもの」と過熱を戒める。
だが、中国企業は政治的事情もあってアメリカの大規模言語モデルを導入しづらいため、政府も企業も投資家も、「中国版ChatGPT」を待ち望んでいる。OpenAIのようなメガITをしのぐ技術力を持つスタートアップが存在しないことも、各社を開発競争に駆り立てている。
サービス提供は事前審査制
中国IT各社の動向が見えてきたところで、規制当局も動いた。アリババの通義千問が発表された今月11日、IT行政を管轄する国家インターネット情報弁公室が、生成AIを手掛ける企業向けのルールを定めた「生成AIサービス管理弁法」の草案を公表した。パブリックコメントを経て年内の施行を計画している。
21条からなる同弁法は主に以下の内容を定めている。
- 生成AIの研究開発・利用・サービス提供は「インターネット安全法」「データ安全法」「個人情報保護法」などの法律に準拠する。
- 中国内に向けサービスを提供する生成AIコンテンツは、社会主義核心価値観(中国共産党が提唱する価値観で、「富強」や「愛国」をはじめ12の言葉からなる)を反映し、国家権力の転覆や、社会主義体制の打倒、テロリズムや過激主義の吹聴、民族憎悪、民族差別、暴力、わいせつ・ポルノ情報、虚偽情報の拡散、経済秩序や社会秩序を乱す可能性のある内容を含んではならない。
- 知的財産権、商業モラルを尊重し、アルゴリズム・データ・プラットフォームの優位性を用いて不公平な競争を行ってはならない。
- 生成AIが虚偽情報を生み出すことを防止する措置を取らなければならない。
- 心身の健康、肖像権、名誉、個人のプライバシー、知的財産権、商業秘密を損ねないようにする。
- サービス提供前に政府関連部門によるセキュリティ評価を受けるとともに、アルゴリズムを登録する。
- サービス提供者は事前学習データや最適化学習データの適法性について責任を負う。
- サービス提供にあたって、ユーザーに実名情報を求める。
- 本弁法規定違反が認められた場合は、「サイバーセキュリティ法」「データセキュリティ法」「個人情報保護法」などに基づいて処罰され、法律上の規定がない場合は当局がサービスの停止や1万元以上10万元以下の罰金など行政処分を科すことができるほか、刑事責任も追及できる。
規制は企業にとって安心材料
中国企業はOpenAIのChatGPTにアクセスしづらく、「国産」を求める声が高まっている。
Reuter
中国ではここ数年、小中学生向けの塾を禁止する教育規制、未成年のゲーム利用を厳しく制限するゲーム規制など、規制の嵐が吹き荒れた。特にデータを独占してきたIT企業への締め付けは厳しくなった。
これらの規制は企業による富の独占、資本主義の進行、(共産党目線での)未成年者の健康・時間の搾取を否定する習近平政権の価値観を反映している。今回の生成AIの規制案も海外メディアは「習政権が対話型AIにも監視の目を光らせている」とのニュアンスで報じている。
だが、大規模言語モデルを用いた生成AIへの関心が急速に高まってから数カ月も経たないうちに規制案が公表されたことは、政府が同技術を活用した産業の成長を支援したいと強く考えていると見ることもできる。
教育規制やIT規制は後出しで発動され、企業活動に大きな打撃を与えた。独占禁止法が改正された際は、アリババグループやテンセントなど多くのIT企業が、当時は黙認されていた過去の違法行為を遡って糾弾された。
以降IT企業は何をするにも規制を意識せざるを得なくなった。メタバースにはテンセントを筆頭に多くのテック企業が投資を続けているものの、政府が規制の方向性を明確にしないため、大手ほどビジネスを進められないでいる。
そう考えると、各社がサービスを本格化する前に規制の方向性が出されたことは、開発企業にとって安心材料であるし、規制の内容も中国内でビジネスを行ってきた企業にとっては想定内と言える。玉石混交のプロダクトが乱立し、大きな問題が発生して規制の網がかかるよりもやりやすいとの受け止めが多いのではないだろうか。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。