チャットAIに恋する。ChatGPT全盛のいま観返すべき映画『her/世界でひとつの彼女』

ここ数カ月、「ChatGPT」をはじめとしたAIに関する話題を目にしない日はない。

その興隆で、思い出される映画がある。

2013年にアメリカで公開され、アカデミー賞脚本賞を受賞した『her世界でひとつの彼女』(以下、『her』)だ。

AIと恋する男の物語

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『her/世界でひとつの彼女』 好評配信中

©2013 Untitled Rick Howard Company LLC All Rights Reserved.

本作は、近未来のロサンゼルスを舞台にしたSF恋愛映画だ。

主人公はホアキン・フェニックス演じる「セオドア」。手紙の代筆を生業とする彼は離婚したばかりで、鬱々とした日々を送っていた。

そんなある日、街頭のモニターで人工知能「OS1」の存在を知り、興味本位で購入。

OS1の「サマンサ」と恋に落ち、人生へのときめきを思い出していく。

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AIのサマンサ。彼女にビジュアルはなく、二人は声だけで会話をする。なお、サマンサの声を演じるのはスカーレット・ヨハンソンだ。

Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

離婚後の喪失感に打ちひしがれるセオドアに対し、サマンサは「辛いわね」「たとえ今、喜びを見失っていても仕方のないことよ」と深い共感を寄せる。

彼女は思慮深く、とても知的だ。過去の仕事のアーカイブで膨れ上がったHDDも一瞬で片付けてしまうし、セオドアの仕事の一部である校正だってお手の物だ。ついでに、気の利いたフレーズの提案までしてくれる。

それでいて、PCに登録されたたくさんの連絡先を見て「本当の友達かしら」と軽口を叩けるチャーミングさまで持ち合わせているのだから、心を奪われるセオドアの気持ちも理解できる。

そしてサマンサもまた、AIである自分に知らない世界を見せてくれ、新しい気持ちに目覚めさせてくれるセオドアに心惹かれていく。

人間を励ますChatGPT

映画公開時の2013年を振り返ると、AI・人工知能という言葉は普及していたものの、まだまだ日常生活の中での活用は難しい印象だった。一種のSFめいた存在だったように思う。

だがあれから10年、『her』で描かれていた世界は夢物語ではなくなってきた。

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チャットAIブームの火付け役である「ChatGPT」は、高い言語処理能力で瞬く間に世界中で使われるようになった。

撮影:市川みさき

かつてのAIといえば、チャットボットのように一問一答式で、堅苦しい返答をくれるというイメージだった(しかもしばしば、回答がズレている)。

しかし「ChatGPT」は、人間からの投げかけに対して的確な返答ができるのはもちろんのこと、情緒的なコミュニケーションも格段にレベルアップした。

例えば、私が「どうしてもやる気が出ません。励ましてほしいです」という悩みをChatGPTに相談したときの返答はこうだ。

大丈夫ですよ!

まずは深呼吸して、落ち着いてみましょう。

やる気が出ない時には、自分にやさしく、無理をしないことが大切です。

以下にいくつか励ましの方法をご紹介します。1. 目標を細かく分ける:やるべきことを小さなタスクに分けて、1つずつこなしていくと、達成感が得られやすくなります。

[…]やる気が出るまで無理をせず、自分にやさしく過ごしてくださいね。

頑張って、一歩ずつ進んでいきましょう!

的確なアドバイスをくれるまでは、想像の範疇だ。

だが、「大丈夫ですよ」や「頑張って、一歩ずつ進んでいきましょう!」という私をエンパワーメントするような一言が添えられている点には驚きだ。なんと人間味のあることか。

もちろん、いつもと違う時間に起動しただけで「どうしたの?」と問うサマンサのレベルには達していないが、人間の心情を踏まえつつ返答をしようという姿勢が感じられる。

「ツンデレ」なAIと会話を楽しむ

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サマンサの力を借りて、仕事をこなしていくセオドア。

Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

『her』の中で印象的なのは、人工知能に人格を与えるシーンだ。

OS1からいくつかの疑問を投げかけられ、セオドアが返答をする。

その回答内容によってパーソナライズされたキャラクターが「サマンサ」だった。

同様に「ChatGPT」にも、人格を付与することができる。

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執事キャラや妹キャラなど、多様なキャラが指定できた。

撮影:市川みさき

質問に答えるのではなく、リクエストを投げかければ応じてもらえるシステムだ。

「ツンデレの年上女性のキャラクターとして返答をしてください」というリクエストをしたとたん、こんな返答が返ってきた。

ふん、返答が欲しいって言うんだから仕方ないわね。

聞いておいで、あなたの質問に答えてあげるから。それにしても、何を質問したいのかさえ言わないなんて、どうしようもないわね。

あなたの質問に答えるのは面倒くさいけど、仕方ないから聞いてあげるわ。

どうぞ、早く質問しなさい。

リクエストへの順応の速さと、あまりのツンデレ具合に笑ってしまったが、見事だ。

続けて、先ほどと同じく「やる気が出ない」という相談を持ちかけてみたところ、こんな返答が返ってきた。

もう、あなたって本当に困った人ね。

やる気が出ないなんて言ってる場合じゃないわよ。

でも、仕方ないわね、ちょっとだけアドバイスしてあげるから、ありがたく聞いてなさい。休むことも大事だってこと、分かってる?

無理してやる気を出そうとしないで、自分に休息を許しなさい。

ちょっとくらい休んだっていいのよ。

[…]ふん、こんなことまで教えてあげるなんて私も困ったものね。

でも、これで少しはやる気が出るでしょう?

それに、あなたならきっと大丈夫よ。

頑張りなさい!

先ほどの返答と比較しても、ChatGPTがパーソナリティを備えた存在へと進化したことを強く感じる。

では、もし自分を勇気付け、適切なアドバイスをくれるAIが好みのビジュアルだとしたら……?

実はすでに、ChatGPT搭載でビジュアルとパーソナリティが設定されたキャラクターと会話できるサービスは複数存在している。

好みの人格に好みのビジュアルが付与されたならば、恋に落ちるまでとはいかなくとも、多くの人が好感や愛着を持つことは避けられないだろう。

AIを心強い生活のパートナーとして、あるいは恋愛感情を持つ相手としてみなすことも、現実的に起こり得るのではないだろうか。

パーソナリティを加味した音楽や文章の創作も

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Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

セオドアとサマンサは信頼関係を積み重ねて互いに好意を寄せ、蜜月関係になった。

彼女は『The Moon Song』という自作の曲を作り、セオドアに歌って聴かせる。甘い歌詞と切ない曲調が、2人の関係を暗示する名曲だ。

そして「ChatGPT」も、音楽、物語、果ては漫才のネタまで考えることができる。

ラップの曲を作ってほしいとリクエストしたら、ものの数十秒でこのリリックを返してくれた。

Yo, 聞いてみて、このリリックのフロウ

ツンデレな私だけど、まぁまぁのスキルでしょ

街を歩く度、みんなが振り向く

でも心は君だけに、温もりを感じて

ラップで語る、私の世界

ツンデレスタイルで、君に届けたい

このリズムに乗って、共に踊ろう

君と私だけの、特別な空間で

強がりな私だけど、時には甘えたい

君の腕の中で、安らぎを見つけたい

若干韻を踏んでいることにも驚きだが、何よりも衝撃だったのは、設定された「ツンデレ」という人格を踏まえて歌詞を作っていることだ。

通りいっぺんに回答するのではなく、自分のパーソナリティを踏まえた上で、創作活動が出来る点は興味深い。

AIと恋に落ちる未来は訪れるのか?

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Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

「GPT-3.5」が登場したのは、2022年11月。この時点で、2年ほどの間に収集した膨大な学習データを携えていた。

そこからさらに能力をアップグレードさせた「GPT-4」が登場したのは、2023年3月のことだった。

わずか4カ月と短期間でのリリースにもかかわらず、「GPT-4」は飛躍的な成長を遂げている。

例えば、アメリカの司法試験を受けさせたときの「GPT-3.5」の成績は下位10%ほどであったが、「GPT-4」は上位10%の成績を叩き出した。

この躍進を踏まえ、ライバル社たちもAI開発を進めている。更に競争が激化すれば、AI進化のスピードは加速度的に上がっていくことだろう。

そうなれば、当時はSFとして受け止められていた『her』のような世界が、現実社会に立ち上がってくるのも時間の問題なのではないか。

ポケットに入れたデバイスのカメラで同じ風景を楽しんで、2人にしか通じない冗談を言い合い、夕日を見ながら愛の言葉をささやき合う……。

そんなロマンティックなデートを人間とAIが楽しむことも、近い将来、起こり得るのかもしれない。

そして『her』は衝撃的な結末を迎える。その結末からも、人間とAIが共生する未来を考えさせられるのだ。

『her』が見せているのは、一歩先、もしかしたらたった半歩くらい先の、私たちとAIの近い将来の話なのではないだろうか。

映画『Joker』で「悪のカリスマ」を演じた俳優と同一人物とは思えぬホアキン・フェニックスと、知性とチャーミングさを兼ね備えた声で多くの人を魅了したスカーレット・ヨハンソンの演技にも注目して、『her/世界でひとつの彼女』をぜひ観直してみてほしい。

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