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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
世界101カ国の人に移住したい国を尋ねた調査で、日本はカナダに次いで2位という結果になりました。アメリカで10年暮らし、永住権を放棄してまで日本に帰国した入山章栄先生は、日本が選ばれる理由がよく分かると言います。日本のどんなところが高く評価されているのでしょうか?
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世界の人たちは日本に住みたがっている
こんにちは、入山章栄です。
僕はアメリカの大学院で経営学を学び、その後もアメリカの大学で経営学を研究したり教えたりして、丸10年アメリカに住んでいました。そしてアメリカで永住権まで取ったのですが、ちょうど10年前に、それを捨てて日本に帰国しました。最近は1年の3分の1くらいを家族のいるフィリピンで過ごして現地で研究活動などをして、残りを日本で過ごすという生活を送っています。
BIJ編集部・常盤
先生はいずれまたどこか海外に移住したいとお考えですか? 実は世界101カ国の人たちに「あなただったらどこに移住したいですか?」と尋ねた調査があって、その結果が興味深かったんです。
1位はカナダの30票、日本はなんと2位で13票。3位以降はスペイン、ドイツ、カタール、オーストラリア、スイスと続きます。このランキングをご覧になっていかがですか?
カナダの1位は、僕はとても納得感がありますね。常盤さんはどうですか?
BIJ編集部・常盤
移住はともかく、2~3年住むならカナダはいいなと思いますね。野田さんはどうですか?
BIJ編集部・野田
実は僕は1年間カナダのビクトリア大学に留学していたことがあります。景色もきれいだし地元の人たちもいい感じだったので、人気があるのはよく分かりますね。
BIJ編集部・常盤
そのカナダの人たちがどこに移住したいかというと、日本なんですよ。安全だとか雇用も安定しているとか景観が素晴らしいとか、いろいろ褒めてもらってうれしい限りです。
日本がいい国なのは、本当にその通りですよ。繰り返しですが、僕はグリーンカードを取得してアメリカに永住することもできたにもかかわらず日本に帰ってきました。それはやはり、日本がシンプルにとてもいい国だからです。
僕の同僚に、著名なコンサルタントでもある大学教授がいて、面白いことをおっしゃってました。彼は海外で活躍している日本人とよく話すそうです。するとみんな「俺はアメリカでこんなビッグビジネスをしている」とか「イギリスでこんなに成功した」「私は世界で戦っているんだから、日本人ももっとグローバル化しなければダメだ」などとさかんに自慢するらしい。仮に食事を2時間したとすると、1時間50分はずっとそういった自慢だそうです。
でも全員が最後の10分で、「でも……最後は日本に帰りたい」と本音を漏らすそうです。僕はこの感覚がすごくよく理解できる。
たしかに日本は経済成長が鈍化して久しく、アジアの諸外国にどんどん抜かれています。僕もすごく心配です。でも他方で、ある程度の豊かさが保証されていれば、経済的な発展はQOL(生活の質)の“one of them”にすぎないとも言えます。
いま日本は相対的に貧しくなってきているけれど、アメリカ人も日本人も毎日やっていることはそれほど違いません。みんな同じように働いて、スマホをいじって、そこそこおいしいものを食べて、家族がいる人は家族を幸せにしたいと思っているわけです。
これが何十年か前であれば、先進国の中でもインフラにかなり差があって、「あの国はインターネットが使えるけれど、この国は使えない」ということがあった。でもその差は、少なくとも先進国の中ではなくなってきている。そうなると、それ以外のQOLのファクターが重要になってきていると思います。
QOLを左右する3つの要素
ここからは僕の主観になりますが、まずそもそもそのQOLの基本ファクターの一つが治安のよさであり、独特の文化があるかどうかだと思います。日本は間違いなくこの2つを満たしていますよね。
そしてさらに僕が思うに、もっと大きなファクターが3つあります。
1つは「自然環境」。日本はちょっと地方に行けば美しい自然がある。しかも四季がはっきりしていて季節ごとの美しさが楽しめる。
2つめは「人」。先日ツイッターを見ていたら、アメリカの人たちの間でこんなエピソードが拡散されていました。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の試合が日本で行われたとき、大谷がホームランを打った。その打球が外野席に飛んで、一人の観客がそのボールをキャッチした。なんとその人はボールを独り占めせずに、「みんなも大谷のホームランボールを触りたいでしょう」と、スタンド中にそのボールを回したんだそうです。
こんなこと海外で絶対にありえません。しかも、みんなが「ああ、これかあぁ」と感触を味わった後、そのボールはちゃんと元の持ち主のところまで戻ってきた。さすがは日本。財布を落としても戻ってくる国だと誇らしく思いました。
そして3つめのファクターは「食」。日本の食べ物はおそらく世界一おいしくて種類も豊富。特に東京に集まる飲食店は、安い居酒屋から高級フレンチやイタリアンまで、世界で最も豊富とすら言われています。こんなふうに考えると、僕にとって日本はものすごくいい国なんです。
付け加えれば、健康保険のおかげで病院の治療が安く受けられる。アメリカでは、正直、お金がないとまともな医療な受けられない状態です。カナダはすごくいい国ですけど、野田さんもご存じの通り、実は病院が100%公営なので逆にかなり官僚的で硬直的な部分があります。カナダでは病院の窓口はいつもものすごい長蛇の列で、「ただの風邪で5時間待つ」といったこともよくあるそうです。
BIJ編集部・野田
たしかに、僕もカナダ留学中は、絶対に風邪を引いたり虫歯になったりしないように気をつけていました。
BIJ編集部・常盤
トータルでみると、日本は衣食住、そして人間関係などで総合点が高いということですね。
その通りです。昔はそれが知られていなかったけれど、いまは日本に移住した外国人がSNSなどで情報を発信してくれるようになり、この国のよさが世界に知られつつある。それに加えていまは円安ですから、海外の方が来日しやすいですよね。そうなると、日本が移住したい国として選ばれるのは、実は明白なような気がします。
BIJ編集部・常盤
先日、私の娘が「キッザニア」でおもちゃのお金が入ったお財布を落としてしまったんですけど、それすら拾った方がちゃんと管理室に届けてくれました。これは世界的に見れば当たり前じゃないんですね。
ライター・長山
私がいつも思うのは、日本のトイレの素晴らしさ。ウォシュレットのついた清潔で安全なトイレがあちこちにあって、チップ不要で使い放題。これに慣れてしまうと海外に行きたくなくなります。
BIJ編集部・常盤
快適すぎて外に出たくなくなるのが、日本の問題かもしれませんね。コロナで海外に渡航できなかったころ、世界中で「海外旅行をしたいですか」と聞いたアンケートで、「海外には行きたくない」という回答が断トツに多かったのが日本だったそうです。
日本は居心地がよすぎるので停滞してガラパゴス化しているのも事実ですね。僕も日本にばかりいるのは問題だと感じているので、これからもっと海外に行くようにしようと思っています。ではその流れで、次回は、最近ベトナムに行ってきた話をしましょうか。かなり興味深いので次回もお楽しみに。
BIJ編集部・常盤
楽しみにしています!
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。