星野リゾートの星野佳路代表(2022年撮影)。
撮影:伊藤圭
星野リゾートは4月18日、オンラインプレス発表会を開催。星のや、界、リゾナーレなど各ブランドにおける新施策や新規開業などを矢継ぎ早に公表した。
そのなかでひと際目を引いたのが、創業以来一貫してCSV経営を重視してきた星野リゾートらしい「サステナビリティ経営」に関する具体策だ。
大卒初任給12%アップ、公休数115日に
星野リゾートが今回打ち出した労働環境改善のための3つの投資策。
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「28兆円もの市場規模を持つ日本の観光は、日本で5番目くらいに大きな産業。にもかかわらず、その他の産業に比べると労働条件が悪く、しかもそれを当たり前としてきた文化が私たちにあったと思います」
星野リゾート代表の星野佳路氏は、観光産業が抱える最大の問題として労働環境の悪さを挙げた。
厚生労働省の調査によると、宿泊・飲食サービス業は、年間休日総数が全産業で唯一100日を下回る平均97.1日、労働時間は全産業で最も多い。
「観光産業に入ると休みが少ない、給与が少ないといったところから脱却しないと、この産業は一流と認められませんし、観光に従事することがステータスの高い仕事だと思ってもらえない」(星野氏)
その状況を「そろそろ本気で解決しなければいけない時期に来た」と星野氏は言う。観光を一流の産業にするため、また観光立国として地方経済に本当に貢献していくために「私たちが先頭を切っていきたい」とし、具体的な戦略を明らかにした。
「公休数は今年から115日にし、20時間以上の残業に対しては時給単価で150%になるような対策をとっています。さらに、来年度から大卒初任給を24万円(11.7%増)に引き上げ、ほかの産業と比べて遜色ないレベルにしていく。
これが今後の観光産業のあり方、そして優秀な人材の確保において非常に大事なことだと思っています」(星野氏)
「休み方改革」がサステナブルな観光に変える
公休日を増やした背景には、観光産業特有の構造的な問題がある。
日本の観光市場28兆円のうち、22兆円が日本人による国内観光だ。それが、ゴールデンウイーク、お盆、年末年始、土日に集中している。日数にすると約100日。この100日は大混雑して、「どんなに値段を上げても(予約が)入る状態になっているが、残りの265日は赤字状態」(星野氏)。そのため、正社員比率は25%、非正規雇用が75%という産業になっているという。
この状況を変えるために星野氏が重視するのは「休み方改革」だ。
「観光産業全体の労働生産性・収益性を上げるために(国が)政策として進めるなら、休みの平準化、休み方改革が一番効くと思っています」(星野氏)
星野氏は愛知県が2023年度に条例で定めた「あいちウイーク」に触れ、例えば各都道府県が異なる週に休日を設ければ国内の観光需要が分散化し、「観光産業の生産性を上げ、収益性を高め、それがスタッフの労働状況を良くする好循環につながるのではないかと期待している」(星野氏)。
日帰り客の受け入れを「3分の1」にしたハナウマベイ
観光産業に改革が必要な理由は、コロナ禍の移動制限で浮き彫りになった“現実”も大きく影響している。
「コロナ禍は事業的には大変でしたが、実は観光地周辺に住む人々はプラスを感じていたんです。ロサンゼルスから雪山が見えるようになった、インドの街からヒマラヤが見えるようになった。そうしたツイートもたくさん見られました」(星野氏)
自然観光に力を入れる星野氏は、観光客数を適正規模にとどめることの重要性を指摘し、自治体をはじめ観光地の人々がコロナ禍前の状態を取り戻そうとする風潮に危機感を抱く。
「コロナ禍を経て、世界の観光は変わろうとしています。2019年の観光に戻るのではなく、新しい観光を目指す。それが世界のトレンドです」(星野氏)
その先進的な事例として、星野氏は、コロナ禍前まで1日4000人もの日帰り観光客が訪れていたというハワイの有名なビーチ、ハナウマベイの取り組みに注目する。このビーチでは、コロナ禍で観光客が激減したおかげで水質汚染状況が改善し、アザラシがビーチで昼寝する姿が目撃されるようにもなったという。その“現実”が地元を後押しした。
「ハナウマベイでは、1日あたりの日帰り観光客を3分の1に減らし、フィー(入場料)を2倍にし、予約はすべてオンラインで受け付け、週のうち2日を休みにして自然の力で水質を取り戻す(回復させる)時間を与えている。非常に大胆なアフターコロナの新しい観光の姿を目指しています」(星野氏)
「連泊のすすめ」で目指す環境と経済の両立
星野リゾートも2023年4月1日、自然と共存する観光へと大きく舵を切った。星野リゾート西表島ホテルを、2泊以上の宿泊に限定したのだ。
「世界の観光産業が排出しているCO2の半分が、実は交通から来ている。1泊2日の短い観光旅行を繰り返すと、環境負荷がどうしても高まってしまう」(星野氏)
単純に計算すれば、1日で1往復分のCO2を排出する日帰り旅行と比べると、1泊2日はその半分、2泊3日の場合は3分の1の排出量で済む。
「(近場を観光する)マイクロツーリズムも大事ですが、いかに長い滞在を国内で推奨していけるか、国内観光の連泊率を高めていけるかも非常に大事なポイントです」(星野氏)
星野リゾートが重視する「ステークホルダーツーリズム」とは、ホテルや交通・旅行代理店といった観光産業だけでなく、旅行者、地域の生活・経済・環境を含めたコミュニティを含め「観光のステークホルダーそれぞれがフェアなリターンを得られるような観光のあり方に変えていこうという動き」(星野代表)だ。
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CO2排出量だけではない。連泊すると、地域での飲食やアクティビティを体験する機会が生まれ、それを通じて地元の自然や伝統文化をより深く理解する機会も増える。
つまり、観光のステークホルダーにホテルや交通、旅行代理店といった従来の観光事業者だけでなく、旅行者と地域コミュニティを取り込んでいくことによって、観光地の環境と経済を両立できる新しい観光の姿があると考えているのだ。
「コロナ禍を経て、新しい観光のカタチに向かっていくために私たちの会社が取り組めることが、『連泊のすすめ』なんです」(星野氏)
連泊比率を高めるためにさまざまな施策を取り入れてきた結果、2019年度に51.3%だった1泊客は、2022年度に29.6%にまで低下。一方、2泊客は42.5%、3泊客は18.9%、4泊以上の客は9.0%に増加した。顧客満足度も1泊より2泊以上の連泊客のほうが高かったという。
観光産業が排出するCO2の約半分を占めるのが交通(移動)由来の排出だ。その削減策として、星野リゾートでは連泊の増加に力を入れた結果、西表島ホテルではコロナ禍前に5割に満たなかった2泊以上の連泊客が7割超に増加した。
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西表島ホテルの顧客満足度調査で、滞在に「非常に満足」と回答した割合(2023年1〜3月)。1泊客が41.4%だったのに対し、2泊以上の客は58.5%に上った。
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23施設にEV充電器を導入
移動に伴うCO2排出量削減策としてもう一つ、星野リゾートが急ピッチで進めているのが、電気自動車(EV)充電器の導入だ。
「10年後、20年後には世の中の車がすべて電気自動車になるという世界が来るのではないかと思っています。その流れに、観光産業も適応していかなければなりません」(星野氏)
同社が現在展開する66施設のうち、約3分の1に当たる23施設にEV充電器を導入。2023年4月18日から、充電器の事前予約サービスを開始した。
導入済みの「星のや軽井沢」では、広大な敷地内を移動する送迎車もすべてEVに切り替えたという。EV充電器については今後全施設に設置したい考えだ。