地政学ブームの今こそ「地経学」に注目したい理由。経済合理性より国家の親密度に応じて資本が動く時代には…

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中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領。国家間の政治的距離感と経済・金融の関係は変化を遂げつつある。

Sputnik/Pavel Byrkin/Kremlin via REUTERS

先日(4月14日付)の寄稿では、国際通貨基金(IMF)が発表した春季「世界経済見通し」の中で、「地経学的な分断(geoeconomic fragmentation)」が集中的に議論されていることを取り上げた。

とりわけ、海外直接投資が自国(もしくは友好国)に回帰する潮流がグローバル規模で進んで定着しつつある現状については、国・地域別の影響に関する試算が示されるなど、定量的・定性的な分析に踏み込んでいる。

寄稿タイトルにも盛り込んだ「スローバリゼーション(Slowbalization)」は、そうした流れを「グローバリゼーション(Globalization)」と「スローダウン(Slowdown)」の組み合わせで表現した造語で、筆者に強い印象を残した。

実は、世界経済見通しの翌日にIMFが発表した「国際金融安定報告(Global Financial Stability Report)」も、第3章「地政学および金融の分断:マクロ金融安定への影響(Geopolitics and Financial Fragmentation: Implications for Macro-Financial Stability」で同じ論点を取り上げている。以下に紹介しておきたい。

この第3章は、導入部分から「世界経済の重しとなる地経学的分断」「戦略的考慮に基づいた経済・金融統合の政策的巻き戻し」に言及して始まる。

これまで、地理的な条件を念頭に置いた上で軍事・外交を中心とする国家関係を分析・考察する学問として「地政学(Geopolitics)」があり、日本でもさまざまな関連書籍が出版されるなど認知度が高まっている。

近年ではさらに、地政学的な目的のために経済を手段として活用することまで含めて検討する学問として「地経学(Geoeconomics)」が注目を集めている。

世界各国の軍事費が膨張傾向にある中【図表1】、地政学的な緊張は明確に高まっており、結果として地経学の思考枠組みも出番が多くなっている。

図表1

【図表1】世界の軍事費の推移。各国の経済規模(名目GDP)に対する軍事費は2020年以降、大幅に膨張。軍事費を増やした国は世界の半数以上にのぼる。

出所:国際通貨基金(IMF)「国際金融安定報告」春季版より筆者作成

ウクライナ侵攻後、銀行融資も「分断化」

冒頭で触れた最新の「世界経済見通し」は、国境を越えた企業の動き、とりわけ海外直接投資が顕著に減速している近年の状況を取り上げている。

続く「国際金融安定報告」では、政治的に距離のある国(多くは新興国)からは直接投資ないし証券投資の引き揚げが進み、自国もしくは政治的利害が一致する友好国には厚めに配分される構図が、各種の計数を用いて説明されている。

例えば、下の【図表2】は、国際与信残高(国をまたいだ貸出残高)について、ロシアのウクライナ侵攻直前(2021年10~12月期)と侵攻後(2022年1~6月期)を比較し、変化率を見たものだ。

図表2

【図表2】国際与信の状況。ロシアのウクライナ侵攻前と侵攻後を比較した変化率。

出所:国際通貨基金(IMF)「国際金融安定報告」春季版より筆者作成

国連総会の緊急特別会合(2022年3月)でロシアのウクライナ侵攻への非難決議に反対した5カ国とそれ以外(欠席・棄権・賛成)の188カ国で比較すると、前者への与信(貸出)残高は顕著に減っている。

企業による投資、有価証券への投資、さらには銀行からの融資まで、西側陣営とそれ以外との分断が進む状況が見て取れる。

システミックリスクに至るシナリオ

「国際金融安定報告」は金融システム安定への脅威を分析するのが本旨のレポートなので、地政学的な緊張が切り口になるにしても、究極的にはそれがどのようにして金融システムの安定を揺るがすリスク(≒システミックリスク)に至るのかが焦点になっている。

リスクへのチャネルとしては主に二つ、金融(Financial)チャネルと実物(Real)チャネルが指摘される。

前者は、資本フローや決済に関する制裁(資本規制や資産凍結など)、投資家の回避行動(制裁による心理悪化により投資家が資金拠出を控える動きなど)といった動きを想定している。

国境をまたいだ資本移動が活発化し、資本が流入する国と流出する国が色分けされる結果、資産価格が下落する国も出てくるし、投融資の引き揚げに見舞われる国も出てくる。

文字通り、金融分断(financial fragmentation)が進むことになる。

資本フローの途絶が集中する国の民間部門では、流動性の枯渇やそれに伴う債務不履行が発生し、資金調達コストの上昇や資産売却に伴う価格下落が日常茶飯事になっていく。

これが地政学的な緊張をきっかけとする金融チャネルのリスクシナリオだ(なお、このチャネルのプロセスで出てくる制裁などの経済的手段は「地経学」的検討や議論の対象になり得る)。

そして、こうした金融チャネルのリスクは実物チャネルを通じて増幅される。

具体的には、地政学リスクの高まりが、貿易取引や技術移転の制限、サプライチェーンや商品市場の破壊など、実体経済の障害になっていくケースが多々ある(これも「地経学」的リスクの視点で議論の対象になり得る)。

パンデミックやロシアのウクライナ侵攻で経験したように、商取引が優れて効率化されていた世界において、貿易取引やサプライチェーン(供給網)などが意図せず機能不全に陥った場合、実体経済は瞬(またた)く間に供給制約に直面する。ヒトやモノが円滑に動かなくなれば、生産活動が滞るのは自明の理だ。

結果として、景気は停滞するし、供給制約によりインフレ圧力も増大しやすくなる。そのようにスタグフレーション(不況下の物価上昇)とも言える状況に陥ると、金融部門を除く企業の収益性が低下するため、金融企業(銀行など)の抱える与信(貸出)リスクも高まる。

与信リスクの高まりは、貸出態度の厳格化、事業活動の停滞につながるので、実体経済を押し下げる。そうなれば当然、銀行部門の経営体力も落ち、システミックリスクが高まることになる。

なお、地政学ないし地経学リスクの高まりは、しばしば敵対国同士の資源融通を困難にする。それは資源価格の上昇を通じてインフレ圧力を助長するため、物価の番人である中央銀行の利上げを後押しする。

利上げは資産価格の下落を招き、金融を除く企業の資金調達コストを増大させる(資金調達が難しくなる)。こうした展開は、実物チャネルのリスクシナリオに位置づけられる。

ここまで具体的な展開を挙げて説明したように、金融チャネルと実物チャネルには相互連関的にシステミックリスクを増幅し合っていく懸念がある

地政学的緊張の高まりを経て金融の分断化が助長されると、国境を越えた取引の多様性が失われ、金融・実物双方のチャネルからシステミックリスクが高まるわけだ。

国家間の親密度に応じて資本フローが決まる

冒頭の繰り返しになるが、IMFは世界経済の成長を議論する「世界経済見通し」だけでなく、国際金融システムの安定を議論する「国際金融安定報告」でも、地経学の考え方が重要であることを示した。

実際、経済的合理性より国家間の親密度に応じて資本フローの増減が決まる傾向が強まっているのだから、株式、為替、債券といった資産価格の見通しを検討する際には、もはや地経学を無視して議論するわけにはいかない

IMFは独自のモデルを用いて、国家間で地政学的な距離が開いた場合、株式や債券など有価証券への投資や銀行からの融資などにどれほどの影響がもたらされるのか試算している。

それによれば、国境をまたいだ資本フローは1年で15~25%程度細るとされる。下の【図表3】で示したように、投資ファンドから債券や株式への投資は、地政学リスクに対して最も敏感に反応する傾向があることも「国際金融安定報告」は指摘する。

図表3

【図表3】国境を越えた資本移動の状況。国連総会における非難決議のかい離などから計算される「地政学的距離」が1年で1標準偏差分動いた時の変化率を示す。

出所:国際通貨基金(IMF)「国際金融安定報告」春季版より筆者作成

「報告」は、金融市場が成熟した国や対外純資産を多く抱える国はこうした資金フローの引き揚げに耐性があるとしており、そうだとすれば、世界最大の外貨準備と世界第3位の対外純資産を抱える中国が強い態度に出られるのも論理的に整合性がある。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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