ICHIGOの近本あゆみCEO。
撮影:土屋咲花
「抹茶味やサクラ味など、キットカットの日本限定味は海外ですごく人気があります。毎月必ず入れていますし、SNSで投稿されることを意識して、ボックスを開けたときにキットカットが必ず1番上になるよう細かく指示をしています。梱包は手作業で、毎日数千個を作っています」
日本の菓子や雑貨を海外に届ける越境ECを手掛け、コロナ禍初年度である2020年には売り上げが前年比3倍と急成長したことで注目されたICHIGOの近本あゆみCEO(38)はそう話す。
ICHIGOはリクルートを退職した近本さんが2015年に創業(当初の社名はMovefast)。インバウンドで日本を訪れた外国人がこぞってお菓子を買っていることに着目し、お菓子の詰め合わせのサブスクリプションサービスを始めると、米国を中心に需要をとらえた。
コロナ禍では配送網がストップするなどのピンチもあったが、メジャーブランド菓子のサブスク「TOKYO TREAT(トーキョートリート)」のヒットに加えて、2021年2月に始めた和菓子のサブスク「Sakuraco(サクラコ)」は販売から3か月で売上170%増と急伸。同年には年商40億円を突破した。現在、世界180の国と地域にサービスを提供しており、会員数は約200万人に上る。
「現在も成長は続いています。ただ、会員の約7割を占める米国では不景気により消費が落ち込んでいて、その影響は受けています」
米欧を中心とした世界的な不況やコロナ禍の収束など、世の中の状況も変わってきた。サブスクは節約対象になりやすい存在でもある。
次の一手を聞いた。
「日本文化の体験」で売れた和菓子サブスク
「Sakuraco」のウェブサイト。
webサイトより編集部キャプチャ
注力している一つが、2021年に始めた和菓子のサブスクリプションサービス「サクラコ」を足がかりにした新事業だ。
サクラコは発売して以降順調に利用者が伸び、2年で創業時から手掛けてきたメジャーブランド菓子のサブスク「トーキョートリート」と並ぶほどに成長した。
「トーキョートリートを購入いただいていたお客さんから、『もっと日本の伝統的なお菓子を食べたい』と言われたのがきっかけです。新サービスの開始前には必ず顧客調査を行うのですが、おつまみやアニメグッズ、文房具といった選択肢の中に和菓子も入れたところ、とても人気でした。トーキョートリートで扱っているお菓子と比べるとパッケージも控え目ですし『和菓子ってウケるのかな』と思いましたが、予想外に伸びた」
近本さんによると、ICHIGOがサービスを始めた2015年ごろは、米国でサブスクボックスがブームで「なんでもサブスクにすれば売れる」という状況だったという。サクラコがローンチしたのは、こうしたブームもひと段落した後だ。
近本さんは
「サクラコは同封する冊子で、花見といった季節ごとの文化や関連する観光名所を紹介しています。コロナ禍で日本に行けない中、和菓子の消費だけでなく日本文化を深く知ることができる体験にニーズが出たのではないかと考えています」
と分析する。
調達面では日本国内の和菓子業界のペインともマッチした。
海外進出に関心があっても和菓子店は小規模事業者が多く、単独での開拓が難しい。コロナ禍では土産物や会合などの需要が落ち込んだ中、数万個単位で買い切る取引業態も喜ばれた。
「小売店に卸す場合、いくつ売れるか分らないので受注が読めなかったりしますが、私たちは会員制サービスなので受注量が決まっています」
実績を基にテストマーケティング事業
神奈川県と連携して発売した「鎌倉の正月」がテーマのボックス。
出展:ICHIGOプレスリリース
サクラコは月ごとのテーマに沿ってボックスの中身を決めている。
「和菓子って地域特性がすごくあるんです。例えば沖縄だと黒糖や紫芋を使ったもの、北海道だとクリームやミルクが多いとか。最初は、今月はこの地域にしよう、と社内で決めて探していましたが、自治体と組ませてもらった方が菓子メーカーにとっても良いのではないかと思い、まずは神奈川県にお声がけしました」
2021年12月に、神奈川県と連携して「鎌倉の正月」をテーマにしたボックスを販売。その後は自治体からも声がかかるようになり、沖縄、京都、大阪、茨城と各地の自治体と連携したボックスを手掛けた。
これらの実績を基盤に、2022年からは、海外展開に向けたテストマーケティングの受託事業をスタートした。
自治体などを顧客に、受託した地域のお菓子メーカーからサクラコに入れる商品を募集。海外消費者へ販売し、アンケートで商品に対するフィードバックを吸い上げる。米国展開を目指す事業者を支援する仕組みだ。8月には栃木県からの受託販売を開始している。
受託地域の観光スポットなどの情報が書かれた冊子を同封することで、インバウンドまで見据えた魅力発信にもつなげる。
「日本のお菓子に興味があり、実際に購入までしている外国人にアンケートを取れるプラットフォームってほとんどなかったみたいなんです。ターゲット層に直接リーチできるという点で期待いただき、多くの問い合わせをいただいております」
2023年は同事業で1億円の売り上げを目指す。
強みはロイヤル消費者の多さ
ターゲットの明確さや約200万人という会員数に加え、SNSを通じて忌憚ない意見をくれるロイヤルカスタマー(ロイヤル消費者)が多いこともICHIGOの強みだと近本さんは話す。
ICHIGOではサービスごとにSNSアカウントを分けて担当者を置き、消費者と密なコミュニケーションを取っている。
「リレーションシップやコミュニティの形成に力を入れています。(SNS上で)コメントには必ず返信するようにし、『これ美味しくなかった』と言われたら、理由を聞いてサービス設計や今後に生かすことを続けています。英語という言語の特性もあってか顧客との距離が近く、仲の良いお客様が何人もいます」
関係を築いたロイヤル消費者には、個別でZoomインタビューに協力してもらうこともあるという。
「サービスに関して打開したいことがある場合などに、マーケターがオンラインで顔を合わせて、最近のサービスについてどう思うかや、 周りで何が流行っているのかなどを色々聞かせてもらっています。 こうした取り組みにも、自治体やメーカーの方がすごく興味を持ってくださっています」
今後はテストマーケティング事業でも、ロイヤル消費者に個別インタビューができるようにする予定だ。
「調査会社でも行っているとは思いますが、私たちには築き上げたリレーションがあります。圧倒的に内容の濃さが違うはずです」
日本から海外へ、商品販売のプラットフォームに
ICHIGOを代表するお菓子のサブスク「TOKYO TREAT」と「Sakuraco」。
撮影:土屋咲花
築き上げた顧客基盤をもとに、
「今後はサービスをプラットフォームアプリの形にしていきたいと思っています」
と近本さんは話す。
ICHIGOはお菓子のサブスクのほか、コスメやキャラクターグッズの越境ECなど計六つのサービスを展開する。各サービスの回遊性が高いことから、一つのドメインに集約して使いやすくするとともに、日本の商品を海外に売りたいマーチャントの販路として提供することを計画する。
将来的には日本が好きな外国人が交流できるSNS機能を持たせることも目指しているという。
「今まで私たちは越境ECとして日本のものを海外に送ることだけをやっていましたが、もっと日本のことが好きな人と接点を持てると思っています。 例えばインバウンドで日本に来た人の旅アト(旅行者が母国に帰って間もない期間)にDMを送ってアプローチするなど、日本に興味のある外国人に、日本ベースでリーチしていきたいです」