ネット銀行「楽天銀行」が4月21日、東京証券取引所・プライム市場へ上場した。
撮影:小林優多郎
楽天銀行が4月21日、東証プライム市場に上場する。
3月の上場承認時は1株あたり1630〜1960円の想定仮条件が設定されていたが、市場環境などを鑑みて1300-1400円へ引き下げられていた。最終的な公開価格は仮条件の上限となる1400円に決まった。
上場前に同社株式を100%保有する楽天グループでは、そのうちの約5395万株を約755億円で売却して資金を調達する。公募・売却後も楽天グループの同社株保有比率は6割超を維持し、引き続き連結子会社として活動していく。
当初想定の上限価格を3割ほど下回る資金調達額となったが、目下のところはモバイル事業への先行投資で悪化していた資金拡充に充てられることになる。
同グループが2023年2月に発表した2022年度通期の決算報告によれば、同年度の最終赤字は約3729億円で、前年度の1338億円の最終赤字から大幅に悪化していた。
他方で、ECを含むインターネット事業や金融全般のフィンテック事業は引き続き好調で、特に今回新規上場する楽天銀行は同グループにとって楽天カードに次ぐフィンテック事業の柱となっている。
グループ連携で顧客獲得コストを下げつつサービスの受け皿に
楽天グループの代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏(2022年3月撮影)。
撮影:小林優多郎
楽天銀行は上場にあたって何を目指すのか。
上場のメリットは大きく2つあり、前述の「資金調達での優位性」、そして上場基準を満たすことによる「企業の健全性アピールや知名度の向上」だ。
楽天銀行自身は2000年に相次いだ“新業態”の銀行設立ラッシュのなかで「日本電子決済企画」としてスタートしており、2001年6月に社名を「イーバンク銀行」に変更して、同年7月に銀行免許取得を経て事業を開始している。
従来型の支店やATMを抱える銀行業とは異なり、インターネットを主軸とする「ネット銀行」は運営コストの低さを武器に顧客を集め、さまざまな金融サービスを提供することで広く薄く収益を得ることが特徴。先行するジャパンネット銀行(現在のPayPay銀行)に次ぐ2番目のネット銀行として業容を拡大していった。
2008年には楽天との資本・業務提携を発表しており、2010年に「楽天銀行」への名称変更とTOBによる株式の全取得による完全子会社化が実施され、現在に至っている。
ネット銀行は、自前の支店やATMを持たず、紙の通帳さえ発行されない。
2000年前後はインターネットの利用が一般にも広がり、モバイルの世界ではNTTドコモの「iモード」が登場して携帯端末から銀行取引が可能になる未来絵図が描かれ始めたころで、関係者らがこぞってこの分野に参入した。
口座数などの面でネット銀行で大手2社(楽天銀行・PayPay銀行)はインターネット事業を展開する業界大手2社(楽天、ソフトバンク)の傘下であることからもわかるように、グループ内の金融事業を担う中核企業としてのネット銀行に注目しており、今日の「ネット+金融」の原型が作られた。
楽天グループのフィンテック事業の業績。
出典:楽天グループ
「楽天ポイント」を駆使してグループ内で資金を循環させる「楽天エコシステム」の存在は広く知られているが、楽天銀行はこれを下支えする役割が大きい。
EC事業が主力の楽天グループだが、グループ内外でのショッピングの支払いを担っているのがフィンテック事業筆頭の「楽天カード」となる。
楽天銀行は楽天カードの引き落としや楽天ペイのチャージ原資であったり、楽天市場に出店する企業の取引口座であったりと、さまざまな形でグループ内の事業と連携している。
楽天銀行が公開している上場目論見書によると、2021年度における新規口座開設の約65%が楽天グループ経由での申し込みとのことで、グループ各社のサービスの支払い口座になっている。
楽天銀行自身もグループ内の受け皿として顧客が自然と集まる体制となっており、他の銀行に比べても顧客獲得コスト面で優位にあることが分かる。ネット銀行の性質を考えれば、ここは非常に大きなポイントだ。
「JRE BANK」で注目のBaaSは新たな収益源となるか
楽天グループのフィンテック事業全般の主要指標。
出典:楽天グループ
このようなグループ内連携による相互送客が楽天銀行の競争力の源泉となっているが、コロナ禍において順調に業績を伸ばしている。
例えば、預金口座数で2022年度は前年度比で13.3%の増加、2022年度第4四半期(10-12月期)の普通預金残高は前年同期比で16.9%増えている。
同社では中長期ビジョンの中で「デジタル化の推進」と「業容拡大」の2つの目標を掲げており、前者が楽天グループの企業連携によるデジタルサービスの総合提案だとすれば、後者は相互送客を軸とした顧客ベースの拡大を維持しつつ、そこから得られる収益の拡大を目指すことになる。
楽天銀行の預金残高推移。
出典:楽天グループ
個人向け口座のサービスに着目した場合、
- 「生活口座として利用される銀行」
- 「リアル店舗における取引をデジタル化する」
- 「(ローン商品など)製品ラインナップの拡充」
などの項目が挙げられている。生活口座とは日々の支払いのほか、各種ローンや家賃、税公金の引き落としなど、いわゆるメイン口座に近い使い方に楽天銀行の口座を利用することを意味する。
楽天グループとの取引のために楽天銀行の口座を開設するユーザーは、個人と法人を問わずに存在する。
給与振込口座以外に、こうした支払いや特定の取引のために複数の銀行の口座を持つというのは珍しいことではなく、給料日に特にATMが混在する原因の1つでもある。
楽天銀行が公開している資料によると、2018年3月期に14.5%だったメイン口座率は、2022年3月期には29.3%まで増加してきており、「普段の取引で利用できる銀行」としての役割が増えていることを示唆している。
特にローンや保険などグループ内で魅力的な商品ラインナップを拡充できれば楽天銀行内の口座のアクティブ率も向上するため、当面の目標は「開設された口座の利用頻度を向上させる」ことに重点が置かれるだろう。
東日本旅客鉄道は、2022年12月に「JRE BANK」の構想を発表している。
出典:東日本旅客鉄道
もう1つのポイントは新規事業でのビジネス拡大だ。
グループ内でデータを集約させることでAIを活用した各種審査やマーケティングの精度向上が可能になるほか、銀行アプリの利用頻度が上がることで広告ビジネスの展開や、ここをフックにした各種サービスへの誘導などが見えてくる。
そして、新規ビジネスの中でいま最も注目と呼べるのが「BaaS(Bank as a Service)」の分野だ。
銀行サービスの機能を切り出して他の事業者に提供し、当該事業者は銀行免許を取得せずに銀行サービスを素早く提供できるようになり、提供側の事業者(銀行)は既存設備の一部貸し出しで利益を得られる。
JRE BANKの画面イメージ。
出典:東日本旅客鉄道
楽天銀行では東日本旅客鉄道(JR東日本)のグループ会社であるビューカードにこのBaaSを提供する予定で、2024年春には「JRE BANK」の名称で銀行サービスを開始する。
折しも、住信SBIネット銀行と京王電鉄が4月19日に「京王NEOBANK」の提供を発表するなど、BaaSを活用した周辺事業拡大を目指す企業が広がりつつある。
このBaaSは世界的潮流でもあり、例えば先日アップルが4.15%の預金利息が付くサービスを発表した預金口座(Saving Account)も、アメリカで「Apple Card」のサービスを提供している米ゴールドマン・サックスがBaaSとして用意したものだ。
今後、楽天銀行もこうした形でBaaSを提供するパートナー企業を拡充することで、顧客ベースの拡大やシステム運用から収益を得られる体制を構築できるため、ぜひ注目しておきたいところだ。