「やばい開示」こそ「良い開示」。1000社見比べて分かった理想的な人的資本開示とは

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これまでコストとして捉えられがちだった人材を資本と捉える「人的資本経営」の考え方が広がっている。人的資本経営を推進するために重要なのが、財務状況などの経営指標と同様に、人材に関する情報も可視化する「人的資本開示」だ。

政府は2023年3月期決算から、上場企業など約4000社を対象に人的資本情報の開示を義務付け始めた。対象企業は女性管理職比率や男性育休の取得率、男女賃金格差の公開のほか、人材育成の方針や社内環境整備の「戦略」と「指標・目標」についても記載が求められる。

義務化に先駆けて、自主的に人的資本開示を行っている企業も多い。

約1000社の開示内容に目を通し、分析したユニポスの田中弦CEOによると、一見して「やばい」人的資本開示ほど理想的だと言えるようだ。田中氏が言う「やばい」とは、率直に課題に向き合い、公表し、改善策の実施や効果を計測しているか、という意味だ。

「やばいほど理想的」とは、一体どういうことなのか。

「課題と対策」を開示して成長可能性を示す

ユニポスの田中弦CEO。

ユニポスの田中弦CEO。

撮影:土屋咲花

人的資本開示の狙いは、中長期的に企業価値を高めていく点にある。田中氏はこれを踏まえて、良い人的資本開示についてこう捉えているという。

「これからの世の中は人口減少であるとか、AIとどう付き合っていくかといったさまざまな社会課題があります。それらをどうやって人を中心にして解いていくのかを考えることが、これからの経営に求められること。ですので、それらをきちんと言えている開示が『良い開示』だと思っています」

既に人的資本開示を進める企業を調査している田中氏は、内容が優れている企業を独自に「推し」として公表している。

「私が『推し』と言っている企業のほとんどは、課題とそこに対する理想があって、理想に近づけるための取り組みやその結果を開示しています。外部の人が見たときに『この会社はこの課題をこうやって克服しようとしているんだ』と伝わることは、企業価値向上のための一つの重要なテーマだと思います」

具体的な事例を見ていこう。

第一生命「不祥事後の企業体質改善に苦戦」を開示

第一生命の統合報告書では、社員アンケートをもとにした課題を開示している。

第一生命の統合報告書では、社員アンケートをもとにした課題を開示している。

撮影:土屋咲花

第一生命は、2020年ごろから複数件発生した社員や元社員による金銭詐取の再発防止に関する情報を2022年の統合報告書で開示している。

報告書では、不祥事を踏まえ全社員アンケートや社員インタビューを実施した結果について、

成果至上主義』のほか『内向き志向』や『事なかれ主義』、『職位間・組織間の風通しの悪さ』などといった課題が浮き彫りとなりました

と報告している。

田中氏は

「生命保険会社にとっては、お客様から不正にお金をもらってしまった、というのは『やばい』わけです。 さらに、社内にアンケートをとったら、成果至上主義で内向き志向で……と、組織側の体制に課題があるっていう結果が出てきているんです」

と、開示内容の率直さを指摘する。

報告書ではさらに、2021年度のエンゲージメント調査結果をもとに『組織風土が変わってきていると感じている社員割合』を開示している。数値は39.1%で、決して高いとは言えない。報告書ではこの数値について下記のように受け止める。

「生き生きわくわく仕事ができる組織づくり」に向けたさらなる取組みが必要と認識しています。エンゲージメントは、「共に創る」ものであり、社員との対話を通じ、改善に向けて取組みを進めるとともに、部門・職位別などで課題分析の深堀りときめ細かな対応を行ってまいります。

(第一生命ホールディングス 統合報告書2022より)

正直、企業としては積極的に表に出したくない情報のはずだが、投資家らステークホルダーから見れば再発防止策は気になるところ。そこに正面から向き合い、真摯な情報開示をしている意味で「推し」なのだという。

「不退転の覚悟で正直高くない数値を開示することで、変わっていくぞという姿勢が見えます。この不祥事は信用やブランドを棄損する、会社にとって非常に大きな経営課題と言えます。そこに対してこうした人的資本開示をすることによって、投資家やステークホルダーとのコミュニケーションが取りやすくなります」

スバル「従業員の気持ち」は説得力大

スバルは、従業員意識調査の結果を経年ごとに開示する。

スバルは、従業員意識調査の結果を経年ごとに開示する。

出展:スバル統合レポート 2022

自動車メーカーのスバルでは、「従業員の気持ち」を開示する。こうした開示は国内では珍しいという。

スバルは2022年の統合レポートで、従業員意識調査の4年分の結果を公表。「職場のコミュニケーションは活発で風通しが良いと感じる」「職場の雰囲気に前向きな変化や改善の兆しが見られている」という質問に肯定的な回答をした割合が増えていることを示している。

「実際に従業員の方々が会社についてどう感じているのか?を開示するのは海外ではスタンダードなのですが、日本だと極めてまれです。この違いは結構重要で『うちは差別なんてありません』と社長が言うのか、『従業員の8割が差別はないと感じています』と従業員を主語にするのかによって、信憑性が違います」

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