ghSmartのジェフ・スマート氏。ブラックストーンやシタデルなど、ウォール街の金融系企業が人材採用で同社にアドバイスを求める。
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多くのマネジャーは採用が不得手——。金融機関を主なクライアントとする人材アドバイザリー会社の創業者、ジェフ・スマート(Geoff Smart)はそう断言する。
「採用にまつわる問題は万国共通です」とスマートは語る。彼は自身の著書『パワー・スコア(Power Score)』で管理職1万5000人の採用行動を分析した結果を紹介している。
「採用担当者のうち、上手に採用を行っているのは14%に過ぎません。彼らは優先順位をつけ、時間とお金を配分し、最も効果的な方法をとっています。結果的に、採用に満足していると答える割合は50%を大きく上回っています」
スマートはその道のプロだ。彼が会長を務める「ghSmart」は、シタデル(Citadel)やブラックストーン(Blackstone)などの重要な採用の意思決定や社内のリーダーシップスキル開発を支援しており、スマートは金融業界で名を馳せる専門家たちにとって頼れる存在となっている。
スマートは個々のクライアントについては言及していないものの、例えばghSmartのウェブサイトにはシタデル創業者のケン・グリフィン(Ken Griffin)が推薦の言葉を寄せている。
スマートのクライアントの約4割を占める金融業界では、人材の獲得と維持がとりわけ重要だ。ハーバード大学以上に狭き門とされる投資銀行のインターンシップや、まるで映画『ハンガー・ゲーム』さながらのプライベートエクイティのアソシエイト採用など、ウォール街ではエントリーレベルのポジションでさえ熾烈な競争となることがある。
しかし、すべての金融サービス企業が正しいやり方で戦っているわけではない、とスマートは言う。選択を誤ればその影響は大きい。
「トレーディング部門、投資管理部門、シニアバンキング部門などでは、日々高いリスクを伴う意思決定が行われているため、採用ミスのコストは特に高くつきます」(スマート)
そこで本稿では、スマートが明かしてくれた金融系の企業が犯しがちな採用関連でのミスを紹介する。以降でスマートが語る内容は金融サービス企業を想定しているが、そのヒントは他の業界にも幅広く応用可能だ。また、どうすれば失敗を回避できるのかも聞いた。
1. 採用・育成より自分の得意業務で稼ぎたがる
スマートによれば、ほとんどのリーダーは採用や人材の重要性を認識しているものの、十分な時間を割いていないという。経営者や幹部は往々にして、忙しすぎるがゆえに良い採用ができないと考えるが、これは間違いだ。
「社外に向けた発信も、組織内のあらゆる意思決定も、何もかも自分でこなさなければとリーダーが考えているようではうまくいきません。成功するリーダーは、ウォーレン・バフェットが言う『いい人を採用して任せる(hire well, manage little)』というアドバイスに従っているのです」(スマート)
リーダーは、優秀な人材を適切な役職に就かせ、彼ら彼女らをサポートすることこそが自分の仕事だと捉えるよう、考え方を変える必要があるとスマートは言う。
「私は、金融業界で成功したリーダーとも、そうでなかったリーダーともお付き合いをしてきました。成功しなかったリーダーは『私は投資先を探している時が何より好きだ』とか『大好きなトレーディングに全エネルギーを注ぎ込む』などと語ります。
それはたしかに魅力的でしょう。しかし、あなたはもうトレーダーでもなければ、ディールチームのバイスプレジデントでもないのです。あなたはCEOであり、上級幹部であり、経営役員なのです。ですから、人材の採用や育成にかける時間の配分を変えなければなりません」
リーダーは自分の仕事時間のざっくり5分の1を人材の育成や採用に充てるべき、とスマートはアドバイスする。
「金融業界の幹部クラスなら、仕事時間の5%では不十分です。20%が適切な数字と考えています」
仕事時間の20%といっても、週に8時間「コーヒーチャット」をするわけでは必ずしもない。その時間の一部を社外の人材獲得に充て、残りの時間を社内人材の育成に充てることを提案している。
2. 仮説に基づいた質問をする
金融業界の上級管理職に多いのが、面接で候補者に仮定の質問をすること。候補者が特定の状況下でどのような行動をとるかを知りたいからだ。
だが「仮定の質問は行わないこと」とスマートはアドバイスする。
「面接で仮定の質問をすると、仮定の答えが返ってきます。しかしその答えを鵜呑みにはできません。それで候補者の将来の行動を予測することは不可能です」
候補者は、自分を理想的な人材だと思わせるためならどうとでも言える。しかし、それが本当に候補者自身や仕事のスタイルを言い表しているかどうかは見分けにくい。
「面接は無意味だと言われることがあります。誰でもごまかしがきくからと。その通り。ごまかしやすい面接を行えば、ごまかされます」
そうでなく、今までに何をしてきたかを問う必要がある。ghSmartは、候補者のワークスタイルや行動パターンについて具体的な詳細を引き出す、ストレートな面接質問を推奨している。同社の経験から、特にお勧めなのは以下のような質問だという。
- 前職では、どんな業務内容で採用されたのですか?
- あなたは何を成し遂げましたか?
- 反省点、または犯したミスは何ですか?
- 誰と仕事をしましたか? 当時のあなたの最大の長所と、改善すべき点は何だと思われますか?
- なぜ退職したのですか?
しかし重要なのは、これらの質問の回答に対する、さらなる質問である。候補者が語るストーリー1つに対し、20の質問は必要になるかもしれない。そのように詳細に踏み込むことで、誇張やごまかしを簡単に見抜くことができる。
「定型的な答えを言わせないからこそ、真実から大きく逸脱することがないのです。私たちは常に質問の答えを深掘りします」
ghSmartが面接に5時間以上を費やし、候補者1人あたり約600のデータポイントを生成するのはそのためだ。
「候補者がこれまでどんなキャリアを歩んできたのか、その事実を把握し、その人が将来どんなことをしそうなのか。これはもう、さながら法廷会計学レベルの判断です」
スマートは、「人は成長し、変化するもの」だとしながらも、「その人のこれまでのキャリアがどのようなものであったかを本当に理解していれば、その人のパフォーマンスの変化や成長に驚くようなことはないでしょう」と話す。
3. 有名ブランド、共通の趣味、直感を過信する
スマートの第三のアドバイスは、履歴書に書かれた企業のブランドに惑わされないこと、というものだ。それだけでは候補者がどれだけ成果を出したか分からないからだ。
金融機関は、名門校の出身、前職の優良企業など、「実際の業績よりも血統を優先しすぎる」きらいがあり、「過去にうまくいった、狭い範囲における人材を採用することに安住しすぎる」ことがあると、スマートは言う。
また、候補者と共通の趣味や嗜好を持っていたとしても、それにとらわれてはならない。仕事帰りに一杯やれるような優秀人材に出会えれば嬉しいかもしれないが、面接官の立場として、それが採用の判断材料になることはないはずだ。
「『大学ではアイスホッケーをやっていましたか?」という質問を三流商社の面接で実際に聞いたことがありますが、あなたの個人的な趣味や興味は、面接の際にはスーツケースにしまって脇に置いておきましょう」
このことに関連してもう一つ、スマートは世の中の採用アドバイスに反して「直感を信じないこと」とも忠告する。
スマートは、金融サービス企業は「採用の判断材料として直感でも十分だと考えている」と語る。「キャリアを通じて示す行動パターンを調べるために十分なデータを収集するという、骨の折れる作業はしたくないのでしょう」
企業は人を採用する前に、少なくとも5~7人の推薦者に話を聞く必要があると、スマートは言う。
「これは、ある長所や短所が実際にどの程度のものなのかを検証し、その程度を把握するのに役立ちます」
また、候補者の元上司、可能であれば同僚や部下にも確認する必要があるとスマートは付け加える。
4. 企業文化作りをおざなりにする
優秀な人材を獲得するためには(つまり、より収益性の高い企業になるためには)、まず素晴らしい企業文化を育む必要がある、とスマートは語る。
「有害な企業文化では、優秀な人材を採用することはできません。企業レビューサイトのグラスドア(Glassdoor)の評価を改善すれば、優秀な人材を引き寄せることができるようになります」
問題の所在が必ずしも求人や選考のテクニックにあるとは限らない。
「採用がうまくいかないのは採用活動の仕方のせい、とは言い切れません。たいていは、優秀な人材が入社したいと思うような企業文化がないからなのです」
優れた企業文化が醸成されれば、「新たな人材が優れた投資判断を下し、新しい製品やサービスを生み出し、大きな利益を生み出し、株式価値を高めてくれる」。候補者が結果を出すためなら企業文化を犠牲にすることも厭わない、という企業もあるが、「それは悪魔と取引するようなもの」だとスマートは言う。
「金融サービス企業は人材確保に苦労するあまり、自社のカルチャーを見直し、問題を解消しようという最初の一歩を踏み出さないまま、優秀な人材を採用するためにより良い手法を取り入れようとしがちです」
スマートのあるクライアント候補だったある保険会社のCEOは、衝突を避けたいがために、採用や雇用方法について自身が積極的に関わることを拒んでいたという。にもかかわらず、そのCEOは「中間管理職がその仕事をやることで、幹部層にも浸透していくことを期待していた」とスマートは振り返る。
「そのCEOが私に、自社の中間管理職に対して『人材に優先順位をつけさせ、上級管理職のポジションに優秀人材をもっと多く採用する責任を持たせる』ためのアドバイスを求めてきたのには言葉を失いましたね。言葉を失うことなんてめったにないのですが」
ghSmartは結局、その会社の案件は辞退したという。
「優れた企業は、優れた人材の採用と育成を優先するものです。そして、それはすべてトップから始まるのです」