経済的リターンと同時に社会的・環境的にポジティブな変化を促す「インパクト投資」市場が急成長している。
インパクト投資に関するグローバルなネットワークGIIN(The Global Impact Investing Network)によると、世界のインパクト投資市場は2021年に初めて1兆米ドルを突破し、2019年の2倍以上の規模となる1兆1640億米ドル(約156兆円)に拡大した。
急成長するインパクト投資市場に対し、日本の先進的なグローバル企業の取り組みも活発化している。
課題解決の取り組みで生まれた経済効果を可視化
グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同が4月に開催したプレス向け勉強会では、インパクト投資をテーマにエーザイ、ヤマハ発動機が実施した経済効果の内容を紹介した。
提供:グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同
インパクト投資は、投資がもたらす社会的・環境的な課題解決を大きな目的としているという点で、ESGと異なる特徴を持つ。ただ、そうした課題解決への取り組みは企業の経済活動とは別物として扱われ、企業価値の向上につながりにくい側面もあった。
そのため、“課題解決の取り組み”によって生まれた経済効果(インパクト)を、客観的な研究やデータをもとに目に見える形で算出する動きが進んでいる。
「インパクトが投資家にもっと浸透していくためには、財務会計に落とし込む必要があります。その役割を担う手法の1つがインパクト加重会計です」
そう語るのは、渋沢栄一の子孫でシブサワ・アンド・カンパニーCEOを務める投資家の渋澤健氏だ。
岸田政権の「新しい資本主義実現会議」のメンバーでもある渋澤氏は、インパクト投資の有力推進派の一人。エーザイやヤマハ発動機、サントリーホールディングスなどグローバルヘルスに貢献する有力日本企業とビル&メリンダ・ゲイツ財団ともに結成した「グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同」(以下、有志一同)の代表としても、インパクト加重会計の推進に力を入れている。
有志一同が4月21日に開いたプレス向け勉強会では、その先進事例として、エーザイとヤマハ発動機が取り組みの効果を発表した。
浄水装置で新興国の生活水準を5〜8%向上
ヤマハ発動機会長の渡部克明氏は、同社がアフリカなど新興国向けに開発した浄水装置の設置が住民の生活水準にどの程度貢献するかを算出した。
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ヤマハ発動機は2003年、安全な水が飲めない地域の人々のために、微生物の働きを生かした浄水装置「クリーンウォーターシステム」を開発。現在、アフリカなどの新興国に対し50基設置している。
その事業は「子どもたちが水くみから開放されて学校に行けるようになった」など、社会課題の解決策として社内外から評価を受けてきた。その反面、経済効果が明確に示せないことから、社内でも事業継続を巡って議論されてきたという。
そこで、同社はインパクト加重会計を使って経済効果を算出しようと決断。水汲み時間の削減と下痢の減少に焦点を当てた。
インパクトを算出したことで、子どもたちの教育をはじめとする副次的な効果、従業員のモチベーション向上にもつながっているという。
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その結果について、ヤマハ発動機会長の渡部克明氏は、
「年間期待収入として、1人当たり5〜8%程度のアップにつながる効果があることが分かった。つまり、生活水準が5〜8%上がると評価できました」
と述べた。
この取り組みによって、子どもたちが水くみから開放されて学校に行けるようになり、またヤマハ発動機がラグビーを通じて現地の子どもたちを支援している活動にも参加できるなど、2次的、3次的なインパクトの明確化にもつながると期待を寄せた。
さらに、渡部氏はBusiness Insider Japanの取材に対し、「社員のモチベーションの向上にもつながっている」と、課題解決の取り組みに関する社員のエンゲージメント向上にも効果があると語った。
治療薬の無償提供による経済効果、新薬の価格設定にも活用
エーザイCEOの内藤晴夫氏は、社会的価値を可視化したことでグローバルな評価を高め、優秀な人材の獲得にもつながっていると語った。
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サステナビリティ経営の先進企業・エーザイは、世界に先駆けてインパクト加重会計を取り入れ、公表した企業としても知られる。
同社は“会社の憲法”に当たる定款を2022年に変更。企業理念の条文に「社会善を効率的に実現する」という一文を盛り込んだ。
エーザイCEOの内藤晴夫氏は定款変更の意義について触れ、株主に漠然と「社会貢献をしている」と説明するのではなく、経済的価値として説明する重要性を強調した。
中でも同社が特に重視して取り組んできたのは、(1)従業員インパクト会計、(2)製品インパクト、(3)インパクトに基づく製品価格設定 —— という3つのインパクトの可視化だ。
このうち、(2)については、エーザイの社会貢献活動として名高いリンパ系フィラリア症治療薬(DEC錠)の無償提供について可視化。疾患から回復してQOLが改善し、生産活動に従事できるという流れから生まれる「賃金」として算出した。
「その結果、まん延地域の人々にもたらす社会的インパクトは約7兆円、(エーザイの無償提供分で)年間1600億円程度の価値を生み出していることになり、これをEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)に併記する、あるいは(インパクト)加重会計としてはこれを加えることになりました」(内藤氏)
これにより、同社のEBITDAは約2倍に増える計算になるという。
エーザイは3つのインパクトを可視化。人件費のうち社会に与えたインパクト、フィラリア症治療薬の無償提供による労働時間の改善・医療費削減の効果をEBITDAに併記したほか、アルツハイマー病新薬による社会的価値を算出したうえで新薬の価格設定を行っている。
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「 DEC錠の無償提供において、製造コストは約50億円かかっていますが、支出に対して株主からのクレームをいただいたことはない」と語った内藤氏。そればかりか、こうした取り組みを通してエーザイのグローバルな評価を高めることになり、優秀な人材の獲得にもつながっていると自信を見せた。
(3)の直近の事例としては、アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」についてはアメリカでの発売に際し、薬剤がもたらす社会的価値を算出。アメリカで1人当たり年間3万7600ドルの社会的価値を生み出すことが分かり、その価値の6割をパブリックに還元し、4割をプライベートとしての株主や従業員に配分するという考え方に基づいて価格設定を行ったという。
日本のインパクト投資市場は「この1年で4倍に」
有志一同の代表を務める渋澤健氏は、科学的根拠に基づいたデータが豊富なグローバルヘルス分野の取り組みが、社会課題の解決と経済成長を両立する「インパクト・エコノミー」の突破口になると期待を寄せた。
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こうした先進的な取り組みの一方、日本のインパクト投資市場は1兆3204億円と、世界の1%に満たない水準にとどまっている。
だからこそ成長のポテンシャルがあると、渋澤氏は語る。
渋澤氏は、この1年で日本のインパクト市場規模は4倍に拡大していると指摘。今後さらなる伸びに向けて、国内外の事業者や投資家が「インパクト」を共通言語として、新たな事業創出や投資行動を行う、新しい経済社会のあり方「インパクト・エコノミー」を提唱した。
「ESGへの取り組みが活発化する中で、G(Governance)の領域は社外役員の比率やROE(株主資本利益率)など数値化しやすく、容易に可視化できます。E(Environment)の領域でもCO2排出量として数値化しやすく、かつ科学的根拠がある。
それに対して、S(Social)は地域や文化の違いもあって算出するための“共通言語”がなく、科学的根拠の提示が難しく、可視化が進みづらかった分野です。
しかし、グローバルヘルス分野は科学的根拠に基づいた“共通言語”があり、Sの分野の中でも測定値の基準の突破口になりうる領域です。日本がグローバルヘルスを推進していくことでSの可視化のヒントが生まれ、世界を牽引することができると考えています」(渋澤氏)
渋澤氏は、世界のインパクト投資市場に比べて極めて小規模な日本の市場について「だからこそ成長のポテンシャルがある」と指摘した。
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