映画ではマリオの家族構成が明かされる。
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歴代興収No.1アニメ映画『アナ雪2』を上回るペース
4月5日からアメリカなど世界各国で公開され、日本でも28日から公開するアニメ映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(以下、映画『マリオ』)の快進撃が止まらない。
北米では3週連続1位を記録し、24日までに全世界の興行収入が8億7183万ドル(約1168億円)となり、1000億円を突破。2023年公開映画で最高の記録を打ち立てている。
オープニング成績ではアニメ映画として歴代最高記録(最終興行収入14.5億ドル)となった『アナと雪の女王2』(2019年)を上回っている。
アニメ映画としても、ゲームの映画化作品としても、歴史に残る数字だ。
ゲームの映画化作品としては、2019年公開の『名探偵ピカチュウ』が記憶に新しい。しわしわなピカチュウのビジュアルが話題になった。
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映画『マリオ』の評判はと言うと、アメリカの批評家からのウケは良くないが、シネマスコア社による観客の感想調査ではA評価を得ている。
こうした批評家と観客の評価の差について、プロデューサーのクリス・メレダンドリ氏も朝日新聞のインタビューで「『ロッテントマト』(米大手映画批評サイト)でも観客のつける点数はとても高い。しかし批評家の点は辛い。なぜこうも極端なのか謎だ」と発言している。
おそらくこれは映画単体の出来を評価する批評家と、マリオというコンテンツそのものに思い入れのある観客の鑑賞体験の差から来るものだと私は推測する。
以下、核心的なネタバレは避けつつ、本作の魅力を紹介したい。
マリカーやスマブラの要素を感じる場面も
『マリオカート』はパーティゲームとしてハードが替わっても親しまれてきた。
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まず私はとてもこの映画に満足している。子どもの頃さまざまなハードで夢中になって遊んだ名シーンやギミックが見事に再現され、「マリオが冒険している世界はこんなところだったのか」と違和感なく映画の世界に没頭できた。
マリオは派生作品が多いが、本作では横スクロールアクションの再現だけでなく、『マリオカート』や『大乱闘スマッシュブラザーズ』の要素も盛り込まれているように感じた。キャラクターたちがカートに乗り出した時は思わず心の中でガッツポーズをし、レインボーロードを爆走するシーンでは、ゲームをやっていたときのように体が左右に揺れてしまった。
どこまで意図しているかは分からないが、戦闘シーンでは『スマブラ』で自分がマリオを操作しているときの感覚が蘇ってきた。映画『マリオ』の利点はこのように観客側にゲームユーザーとしての思い入れや記憶が蓄積されていることだ。細かなリファレンスからも観客は子どもの頃の記憶を刺激されるだろう。こうした観客の思い出が映画の隙間を埋めているのだと思う。
では、マリオをプレイしたことがない子どもはこの映画を楽しめないのかというと、その心配はない。カラフルな色彩で描かれるマリオワールドは鮮やかだし、登場するキャラクターたちは賑やかで楽しい。
土管に入って移動したり、キノコを食べて大きくなったりする多彩なギミックは、この映画で初めてマリオに触れる子どもたちの心を掴むだろう。ファミリー映画として文句のない出来は、『ミニオンズ』や『SING』で世界中の子どもたちを魅了してきたアニメーションスタジオ「イルミネーション」の面目躍如と言える。
懐メロを使った音楽と歌にも注目。おなじみの8bitテーマも
クリス・プラット、ジャック・ブラック、アニャ・テイラー=ジョイ、セス・ローゲンなど英語版のキャスト・スタッフたち。
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本作には思わずクスリとしてしまうシーンも多いが、驚いたのは音楽の使い方だった。
最近の洋画では懐メロが多用される傾向にあるが、本作でもここぞという場面で名曲が流れるので期待してもらいたい。私は30代だが「ああ、この曲聴いたことある」というレベルの有名曲なので置いてけぼりをくらうことはないはずだ。
『フットルース』や『スクールウォーズ』のファンは懐かしの名曲を映画館の大音量で聴くチャンスである。もちろんゲームでお馴染みの8bit音楽も流れるので安心してほしい。
本作はオリジナルキャストとしてクリス・プラット、アニャ・テイラー=ジョイ、ジャック・ブラックなど豪華俳優が声をあてているが、日本語吹き替え版も素晴らしいクオリティであることは保証する。「歌」も重要な要素である本作で吹き替えキャストは見事な仕事を残している。声優ファンは冒頭からニヤリとする場面があるので油断せずに聴いてほしい。
幻の「実写マリオ」から30年後のリベンジ
“マリオの生みの親”であり、ゲーム界の生ける伝説である宮本茂氏。
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この映画は原作であるゲームを尊重してとても丁寧に作られていることは皆が認めると思う。こうしたきめ細やかなクオリティコントロールを可能にしたのは、共同プロデューサーに“マリオの生みの親”で任天堂代表取締役フェローの宮本茂氏が加わっていることが大きい。
実はマリオは1993年に『スーパーマリオ/魔界帝国の女神』としてアメリカで実写映画化されたことがある。今となってはサブスクでも見られない幻の作品だが、この作品はマリオの名を冠しながら、ゲームとは似ても似つかない改変が施された珍作・怪作である。今でこそ、そのトンデモぶりが逆に愛されている側面もあるが、実写マリオの失敗で任天堂は自社IPの映像化にかなり慎重になったとも噂されている。
今回はその反省を生かして、宮本氏が映画製作に全面的な協力を行ったことが、マリオの世界観を壊さない映画化につながったのだと思う。
日本原作×フランス制作の相性の良さ
そして、もう一点指摘しておきたいのが、イルミネーションがフランス・パリに制作スタジオを置いて、映画『マリオ』を含む多くの作品を作ってきたことだ。イルミネーションの本拠地はアメリカだが、実際の制作作業の多くがフランスで行われている。
これまでさまざまな日本のコンテンツが「ハリウッドで映画化」されてきたが、その多くが不発に終わってきたと言わざるをえない。『ドラゴンボール』や『攻殻機動隊』など名作マンガ、アニメが「ハリウッド流の改変」を施された結果、日本人も外国人も首を捻るものになってしまった。
ご存知の通り、フランスは日本のマンガやアニメカルチャーに尊敬を持ってくれている国だ。鳥山明氏や高橋留美子氏、大友克洋氏など多くの日本人クリエイターがフランスの芸術文化勲章「シュバリエ」を受章している。
今回の映画『マリオ』も日本カルチャーに馴染みが深く、尊重する文化を持つフランスで制作されたからこそ、「アメリカナイズ」されずにすんだのかもしれないというのは私の深読みだろうか。
実写版『シティハンター』はアニメ版の主題歌「GET WILD」を使うなど原作リスペクトが非常に高い作品だった。
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他にもフランスでは日本のコンテンツを映画化し成功している例がある。2018年の実写映画『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』はキャスト・スタッフともにフランス人であるにも関わらず、フランスでも日本でもファンから歓迎され、「日本コンテンツ最高の実写化」との呼び声も高い。
また、2022年のアニメ映画『神々の山嶺(いただき)』は夢枕獏の小説を谷口ジローが漫画化した山岳コミックを見事に映像化し、高い評価を受けている。さらに今後「キャッツアイ」のドラマ化も発表されている。
日本のコンテンツを原作の良さを殺さずに、世界に通用するクオリティで映像化することにフランスは長けているのかもしれない。それを資本力のあるアメリカが世界に配給するというルートを確立すればみんなが幸せになる......という仮説が映画『マリオ』の成功から見えてきた。
「任天堂原作映画」という宝箱の蓋が開いた
映画でスターがどのように使われるのかにも注目だ。
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映画『マリオ』の成功は、任天堂という“ハテナブロック”からスターを取り出したようなものだ。宮本氏は任天堂のことを「タレント事務所」と称している。
『ゼルダの伝説』『星のカービィ』『スプラトゥーン』『どうぶつの森』など、任天堂には世界中にファンを持つ巨大IPがいくつもある。既に壮絶な映像化権獲得戦が始まっているのは想像に難くない。
また、任天堂に限らず(日本の)ゲームの映像化に拍車がかかるのは間違いないだろう。ゲーム界のアイコンとも言えるマリオ映像化の成功はエンタメ界に新たな潮流を生み出すに違いない。ゲームという新たな鉱脈からどんな映像化作品が生まれるのか楽しみだ。
最後にアドバイスを一つ。これから映画『マリオ』を観る人は本編が終わって子どもが帰りたがっても、エンドロールの最後まで席を立たないことをオススメする。お楽しみはまだまだ続きそうだ。