ChatGPTが広まり、多くの場で活用が広がってきている。
撮影:今村拓馬
「ChatGPTを使ってみて、これから自分の仕事がどうなっていくのか不安になりました」
「リスキリングしたいと思っているけれど、AIにできることが増えているなかで、何を学ぶべきか分からなくなりました」
さまざまな人との対話やディスカッションで、こんな声を聴く機会が増えた。
ChatGPTに代表されるようなテクノロジーの進化によって、予想していた以上に早く、人に求められる仕事が大きく変わることを実感する人が増えているのだろう。
一方、今後さらにテクノロジーが発展しても機械に代替されにくいとされるのが「人ならではの創造性」だ。
元Google中国社長で人工知能学者のカイリー・フー氏らは、著書『AI 2041』の中で、AIは目標を絞って最適化するのは得意だが、自ら目標を選んだり、創造的に考えたりすることは苦手であるとして、この領域の仕事は人が担い続けるとの見通しを示している。
企業も、働く人の創造性を重視する傾向を強めており、例えば、経済団体連合会が2022年に会員企業に行った調査(注1)でも、大卒者に特に期待する能力として、第3位に「創造力」が位置づけられている。
創造性から距離を置く日本人
まずは「創造性」とは何か、考えてみたい。
撮影:今村拓馬
問題は、日本で働く人にとっては、創造性の発揮が「他人事」であり続けていることだ。
世界価値観調査(WAVE6)によれば、「新しいアイデアを考え、創造性を発揮することが自分にとって大事である」と考える人の割合は、中国で28%、米国で35%、シンガポールで40%、ドイツで41%に対し、日本では18%に留まった。
「自分に創造性はない」と感じる日本人は、決して少なくないのではないか。その背景の1つと考えられるのが、日本人が「創造性」を難しく考えすぎている可能性である。
創造性にはさまざまなものがあるが、その有力な考え方の一つが、普段の生活でかなり身近なものから、世界的に認められる理論の発見まで、ミニ、リトル、プロ、ビッグの4つの種類がある、というものだ(注2)。
- mini-C……経験や活動、出来事について個人的に意味のある解釈をすること
- little-C……学校や職場、コミュニティなどの日常生活で個人が問題解決方法やアイデアを生み出すこと
- Pro-C……専門的な知識やスキルに基づいて科学や芸術、ビジネス領域で新しい発見や問題解決を行うこと
- Big-C……世界的に認められ、研究などある領域の方向性を転換するような作品や理論、発見を生み出すこと
つまり創造性は特別な才能を必要とするもの、偉大なものである必要はなく、日常的で身近な創造性にも大きな意味があるのだ。
しかし日本では「創造性」というと何か画期的な発明や、突出した個人が発揮する能力のように捉えられることが多く、だからこそ自分事として考えることが難しくなっている。
職場で創造性が発揮されない理由
図表1。働く人の創造性発揮プロセスと日常的に行う人の割合
出典:リクルートワークス研究所「『創造性を引き出しあう職場』の探究」
創造性を他人事だと思ってしまうもう1つの理由は、日本の職場では、働く人の創造性が「目詰まり」を起こし、多くの人の日常から除外されていることである。
図表1は、職場における創造性の発揮を5つのプロセスごとに区切り、それぞれについてどのくらいの人が日常的に取り組んでいるかの割合を見たものだ。
- 解決すべき問題に気がつく……49%
- それに関して自分にできることを考える……47%
- それに関する新しいアイディアを思いつく……37%
- そのアイディアを上司や同僚に相談しながらみがく……32%
- 仕事や職場をより良くするためのアイディアを上司や会社に正式に提案する……26%
これによると、日常的に1や2、つまり自分の仕事や職場をより良くするために解決すべき問題に気がついたり、自分にできることを考えたりしている人は約半数にとどまる。
さらに問題意識を持っても、アイデアを生む、それを周囲とみがく……と段階が進むにつれて割合が低下し、最終的に新しいアイデアを上司や会社に正式に提案している人は26%まで減った。
つまり働く人の創造性はそのスタートラインである問題意識の形成からつまずきやすく、その後のプロセスにも進みにくい状況にある。
このような状況は、働く個人にも、企業にとっても、深刻な問題だ。
1日の多くの時間を費やす仕事で、創造的に考え行動できなければ、個人が創造性を高めていくことは難しい。現場の課題やお客様を熟知する社員が自ら考え、新たな提案を出せないことは、組織が変化に適応する力を削いでいく。
近道は「身近」にあった
「創造性」には、職場の環境が大きく影響している。
撮影:今村拓馬
このような状況を、私たちは、どのように打開したらいいのだろうか。
ここでは、創造性を引き出しあう「つながり」を、職場で作りはじめることを提案したい。
個人の小さな気づきやアイディアを受け止めあったり、お互いの知識や経験を提供しあったりする関係性があれば、自分の問題意識やアイディアがどのくらい他の人の共感を得られるのかを把握しやすい。
さまざまな知識や経験を組み合わせてアイディアをブラッシュアップしたり、思いもよらない実現方法に気がついたりするハードルも下がる。
実際にリクルートワークス研究所が働く人のデータを用いて分析したところ、働く人が日常的な創造性を発揮する上で、職場の4つの人間関係が深く関わっていることが分かった(図表2)。
図表2。働く人の創造性を引き出す4つの関係
出典:リクルートワークス研究所「『創造性を引き出しあう職場』の探究」
なかでも大きな影響を持っていたのは、仕事を通じて感じた違和感や気づきを共有し、それぞれの立場でどうするかを話し合うことができる「もやもやを共有する」関係だ。
この関係がある職場で働く人は、個人の性格的な特性や、職場の心理的安全性などの要因を差し引いたうえでも、仕事や職場をより良くするための問題に気づいて、自分にできることを考えたり、そこからアイデアをみがいて職場に提案する割合が高い傾向があった。
「もやもや」には変化の種としての価値がある
「もやもや」を抱え込むことは、仕事に無力感を感じることにつながる。
撮影:今村拓馬
なぜ「もやもや」を共有することがそれほど大事なのだろうか。
職場のもやもやは、働く人が気づいた仕事や職場の変化の兆しである。その中には、仕事や職場の根深い問題の一側面や、隠れた顧客の不満など、まだ言語化されていないが、仕事や職場がより良くなるためのヒントが含まれている。
だからこそ、日ごろ気になることを共有し、対話できる関係があることは、一人ひとりが小さな違和感を見逃さず言語化したり、自分らしい向き合い方を考えたりすることにつながるのだろう。
逆に「もやもや」を共有できない職場では、個人は自分の違和感にふたをしたり、愚痴としてストレスを解消したりするなかで、最終的には仕事や職場に対する無力感を蓄積しかねない。
実際、「今の職場では、仕事をより良くすることに関心を持てない」と仕事に無力感を感じる人は、「仕事をする上で、気になることをお互いに話しあう」職場で働く人では19%だったのに対し、「話しあえない職場」で働く人では38%に増えた。
職場で「もやもや」について話そう
「もやもや」を対話できる関係性が求められている。
撮影:今村拓馬
つまるところ、働く人の創造性は一人で頑張るのではなく、職場の関係性、特に小さな違和感について対話できる関係性を作ることで、育てやすく、また発揮しやすくなると言える。
そのような関係をつくる方法としては、まずは自分自身が、仕事や職場についての小さな違和感について、変化の種としての価値があると理解すること、周囲の違和感を丁寧に受け止めていくことが大事ではないか。
その上で、具体的には次の3つの視点が有効になるだろう。
- 違和感や気づきを共有できる場や機会を設けること
- 自ら小さな違和感を率先して共有していくこと
- 違和感を共有する際に、相手にどんな反応を求めているかを伝えていくこと
これからの時代、「人ならではの創造性」を育みたいのなら、一人でやろうとしない方がいい。まずは職場で、半径3メートルの関係性を変えてみることからトライしてはどうだろうか。
注1…日本経済団体連合会(2022)「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」
注2…Kaufman, J. C., & Beghetto, R. A. (2009). Beyond big and little: The four c model of creativity. Review of general psychology, 13(1), 1-12