イーロン・マスクはTwitterをスーパーアプリに生まれ変わらせたいようだが……。
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イーロン・マスク(Elon Musk)はアメリカ版のスーパーアプリをつくりたいと考えている。だが、業界の専門家はいくつかの懸念を抱いている。
スーパーアプリ(あるいはマスクが言うところの「エブリシングアプリ」)とは、ユーザーにとってのワンストップショップとして機能する多用途アプリを指す。スーパーアプリには、送金サービス、SNS、チャットから、フードデリバリー、車の手配、ビデオゲームまで、あらゆるものが含まれている。
アメリカにはスーパーアプリと呼べるものはないが、中国のWeChat(ウィーチャット)やAlipay(アリペイ)、東南アジアのGrab(グラブ)、ラテンアメリカのMercado Libre(メルカド・リブレ)など、他国ではこのコンセプトが浸透している。
マスクはペイパル(PayPal)の共同創業者でもあり、金融サービスには土地勘がある。なにより、マスクがスーパーアプリの具体的な構想を公にしたことはないが、最近のTwitter(ツイッター)の変化からは、いくつかのヒントが見てとれる。
マスクは2022年10月にTwitterを買収する直前、Twitterを「X」というスーパーアプリに変身させるという意図を初めて明らかにした。2023年の初めには、Twitterはアプリ内決済を促進するライセンスを申請した。
そして4月初め、マスクはTwitterをX Corp(エックスコープ)というシェルカンパニーと合併させた、と報じられた。4月13日には、ソーシャルトレーディングプラットフォームのeToro(イートロ)との提携も発表している。
Insiderはアナリスト、コンサルタント、フィンテック企業の経営者ら5人を取材し、マスクがスーパーアプリの立ち上げを成功させるためにクリアしなければならないハードルについて聞いた。
なお、InsiderがTwitterにコメントを求めたところ、同社のプレスメールからうんちの絵文字付きの自動返信が届いた。
Twitterで事業を展開するのは意味がない
まず、Twitterはスーパーアプリをつくるには特殊な立ち位置だと、一部の専門家は指摘する。
スーパーアプリが成功するためには、強力なソーシャルネットワークを持つ必要がある、と話すのは、ジャベリン(Javelin)の新興決済アナリストであるクリストファー・ミラー(Christopher Miller)だ。友人が使っているからという理由でユーザーがベンモ(Venmo)をダウンロードするのと同じ理屈で、スーパーアプリもユーザーに、サインアップするインセンティブを起こさせなければならない。
またミラーは、Twitterはアメリカですでに多くのユーザー基盤を獲得しているが、Twitterがスーパーアプリになったからといって、Twitterをまだ利用していない人が使うようになるとは思わないと言う。
「あるネットワークに人が集っているのはそもそもなぜなのか。そこに社会的な効果を求めているのであれば、確かに金融サービスを使うかもしれません。しかしユーザーは、金融サービスのためにネットワークに集まっているのはありません」
確かに、マスクは金融商品を開発することに長けている。彼がかつて創業に関わったX.com(エックスドットコム)は、コンフィニティ(Confinity)と合併し、後にペイパルとなる会社が生まれた。
しかし専門家がスーパーアプリ開発に明らかに向いている企業として挙げるのは、アップル(Apple)、ブロック(Block)、ペイパル、ワッツアップ(WhatsApp)、アマゾン(Amazon)のような、技術的インフラと決済処理、メッセージング、電子商取引などを既存の機能として持つ企業だ。
この戦略をさらに複雑にしているのが、4月11日に発表されたビザ(Visa)のピアツーピア決済サービス「Visa+(ビザ・プラス)」だ。Visa+は、ベンモやペイパルのような決済プラットフォームを横断して送金や受け取りを行うことを可能にする。
Visa+が成功し、相互運用性が標準になれば「ネットワーク効果はなくなる」とミラーは言う。なぜなら、消費者が金融サービスのために総合的な機能を備えた一つのソリューションを使うのではなく、「ベスト・オブ・ブリード」を選択できるようになるからだ。
フィンテックのアナリストで『フィンテック・ビジネス・ウィークリー(Fintech Business Weekly)』の執筆者であるジェイソン・ミクラ(Jason Mikula)は、次のように語る。
「なぜTwitter上でそれを構築する必要があるのか、私には分かりませんね。そもそも彼はペイパルの新バージョンでも作りたいんでしょうか」
マスクの極端な性格が状況を複雑に
また専門家たちは、世間を二分するような行動を好むマスクの性格を考えると、果たしてマスクと組みたがる人物はいるのだろうか、とも疑問を呈する。
AlipayやWeChatが成功した理由の一つは、「ミニアプリやミニプログラムの形でサードパーティの開発者に開放されていたこと」だとミクラは言う。
「合理的で責任感のある経営者が、イーロンの評判を聞いてなお彼とTwitterを信頼し、一緒に組みたいと思うでしょうか。私には甚だ疑問です」(ミクラ)
昨年マスクが買収して以来、Twitterの話題には事欠かない。最近では、一部のユーザーの青い認証バッジが削除されたことで話題になった。
フィンテックや決済に詳しいあるアナリストは、マスクと組むチャンスと聞いても既存企業が飛びつくとは思わないと言う。
「既存の企業が『そうだ、Twitterと提携したら本当に助かるな』なんてまず考えないでしょう。Twitterが連れてくるであろう潜在顧客を求めているのは、主に若くて新しいプレイヤーだと思います」
マスクの迅速なイノベーションを実現するうえでは規制も障害になっている、と決済フィンテック企業のある役員は指摘し、こう続ける。
「何かを成し遂げるためには危機をも厭わない。それがイーロンのやり方ですよね。ロケットの製造でも、何度も失敗し、ロケットを大量に爆発させ、何が間違っていたかを突き止める。それが最速で学習する方法です。
爆発の範囲をコントロールできるなら、失敗を前提とした彼のやり方もうまくいくかもしれない。しかしそれは、あの銀行が危ないと聞いたときに多くの人が自分の老後の蓄えに対して望むようなアプローチとは真逆のものです」
アメリカでスーパーアプリをつくるのは無理
マスクがどんな計画を立てているかはさておき、それ以上に大きな問題は、そもそもアメリカでスーパーアプリが成立しうるのかということだろう。
マスクはWeChatからインスピレーションを得たようなことを示唆しているが、アメリカのスーパーアプリは中国のスーパーアプリのようなものにはならないだろうと一部の専門家は指摘する。なぜならアメリカでは既存企業が強く、Eコマースの歴史があるからだ。
「成熟市場でユーザーへの浸透度を高めるのは至難の業です」(ミクラ)
アメリカにおけるEコマースは、アジア、特に中国のそれよりも時間をかけて進化してきた。1980年代後半から1990年代前半にかけて普及し始めたため、オンライン企業は独自の電子決済システムを構築し、規模を拡大するだけの時間的な余裕があった。
これに対し、中国では2000年代後半にEコマースが爆発的に普及した。そのため、既存企業を駆逐するような競争が起こることのないままにスーパーアプリが誕生した。WeChatのようなスーパーアプリはむしろ、成長途上のオンライン企業の規模拡大を促した。
「Alipay、WeChat、Grabなどは、OSレイヤーを形成するような機能を担っていました」(ミクラ)
しかし、市場ができあがっているアメリカでは、「一つの独立したアプリが、OSのような依存性の高いレイヤーを引き受けられるとは考えにくい」とミクラは話す。
マスクのことは誰にも分からない
だが結局のところ、彼はイーロン・マスクなのだ。
マスクはテスラ(Tesla)でもスペースX(SpaceX)でも、以前から成功を証明してきた。ペイパルの共同創業者である彼は、スーパーアプリの重要な機能である決済にも精通している。
だから、もしアメリカでスーパーアプリを作れる人間がいるとしたら、それはマスクだろう。
しかしだからこそ、業界関係者の誰もが懐疑的なのだ。
フィンテック・コンサルタントで『キャッシュレス(Cashless)』という著書もあるリチャード・トゥーリン(Richard Turrin)は次のように見ている。
「戦略は素晴らしいと思います。ただし、導入には多くの人が思っている以上に時間もかかるし難易度も高いものになるでしょう。にわかに決済や金融の世界に足を踏み入れることになり、そこにはさまざまな問題があるわけですから。本人確認も、青いバッジだけってわけにはいきませんし」