Holgs/Getty Images
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
日本では少子高齢化が深刻化していますが、ひとたび東南アジアに目を向ければ、各国とも国民の平均年齢が若く、目を見張るような経済成長のさなかにあります。1年の3分の1をフィリピンで過ごし、先日はベトナムのハノイを訪れたという入山先生は、とりわけベトナムにポテンシャルを感じるといいます。その理由とは?
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:20分00秒)※クリックすると音声が流れます
所得格差の少ない国ほど経済発展する
こんにちは、入山章栄です。
僕はいま1年の3分の1くらいフィリピンにいますが、先日は仕事でベトナムのハノイに行ってきました。実は今年、日本とベトナムは外交関係樹立50周年なんですよ。それで両国の政府主催による「日越ハイレベル経済セミナー」というのが開かれて、光栄にもそこで講演させていただきました。
BIJ編集部・常盤
そうだったんですね。いま東南アジアはすごく活気があると思いますが、ベトナムはどうですか?
それはもう、本当に活気がありますね。国民の平均年齢も若い。ベトナムは30歳くらい、フィリピンは25~26歳です。経済的にも目を見張るほど成長しています。
これからは言うまでもなくアジアの時代です。もちろん中国も大きい国ですが、すでに人口がピークアウトして、これから中国はむしろ日本より深刻な高齢化社会になっていくでしょう。
それに対して東南アジアは人口も多い。インドネシアは3億人近くいる。フィリピンはすでに1億人超えで、ベトナムがもうすぐ1億人に届く。みんなスマホを持っていて、社会のいろいろな面でデジタル化が進んでいますから、どんどん新しいことが始まっていて、ものすごく面白いですよ。
BIJ編集部・常盤
フィリピンではいま、人口増加が社会課題になっているそうですね。日本のからすればむしろうらやましいです。
おっしゃる通りです。今回、久々にハノイに行って改めて感じたのが、フィリピンよりもベトナムのほうがポテンシャルがあるということでした。
BIJ編集部・常盤
そうですか。どのあたりが?
最大のポイントは、僕から見るとですが、所得格差の小ささです。僕はもともと日本の大学院でエマージングマーケット(新興国市場)について研究していたので分かるのですが、国が大きく成長するためには、所得格差が少ないこともポイントなんです。
もちろん1人あたりの平均所得額がどれだけ成長しているかも重要ですが、それはあくまで平均ですよね。所得格差が大きい国は、平均として見れば所得が伸びているようでも、一部の金持ちだけが豊かになっているだけの場合もあります。貧しい人は貧しいままなんですよね。それだと、貧しい層が中間所得層に移行できないので厳しい。
社会における所得の不平等さを表す指標に、「ジニ係数」というものがあります。最大値が1で、数値が高いほど格差が大きいのですが、フィリピンは0.40あるのに対し、ベトナムは0.37くらい。ベトナムのほうが格差が少ないんですね。
(注)入手可能な最新のデータをもとに作成。韓国は2016年、日本とマレーシアは2018年、中国は2019年、ベトナムは2020年、フィリピンとインドネシアとタイは2021年の値をそれぞれ使用。
(出所) OECD, "Income inequality"、The World Bank, "Gini index"のデータをもとに編集部作成。
確かに、フィリピンも一部では経済成長が著しいです。僕の住んでいるマニラの某エリアはまるで横浜のみなとみらいのような高層ビルが立ち並んでいる。でも陸橋の上から見下ろすと、そこにはスラム街が広がっているのも事実なんです。フィリピンでは一部の財閥やファミリーなどの特権階級が力を持ちすぎていて、彼らがよいポジションを独占しているのだと思います。
他方で、ベトナムはもともとよくも悪くも共産主義国でした。共産主義を肯定するわけではありませんが、この理由で社会がフラットだというのが僕の理解です。
フィリピンではベンツやBMWが走っているそばにスラム街があったりしますますが、ベトナムの、特にハノイあたりでは、みんなが少しずつ豊かになっている印象です。先にちょっと豊かになった一部の人たちがクルマに乗っているけれど、それ以外の人たちもバイクに乗って元気に働いているのがベトナム。なので中間層が伸びるという意味では、ベトナムのほうが期待できるだろうなと思います。
BIJ編集部・常盤
中間層が豊かになるというと、かつての高度経済成長期の日本もそんな感じだったんでしょうね。
おっしゃる通りです。中間層が豊かな国は、最終消費財の市場が伸びる。そうするとそこのマーケットが伸びるから、結果的にいろいろな産業が豊かになって、経済全体に循環していくわけですね。
ベトナムは日本企業と相性がいい
BIJ編集部・常盤
ということは、ASEANの中ではベトナムが注目度No.1ですか?
あくまで個人的な意見ですが、僕はそう思います。これは「PIVOT」というWebメディアの「世界をMEGURU」という動画に出たときのことですが、世界中を旅しているMEGURUさんという人と「これからアジアで伸びる国はどこだ」という話になり、2人とも「結局、インドネシアかベトナムだよね」という結論になりました。
ただ、MEGURUさんは「どちらかといえばインドネシアだと思う」と主張していました。それは単純に人口が3億人もいるから。インドネシアの人たちはムスリムで子だくさんなので、今後さらに人口が増えるだろうというのが彼の意見です。
その一方で僕は、日本はベトナムと組むといいのではないかとお話ししたんです。なぜならベトナム人は日本人とカルチャーが近いんです。
BIJ編集部・常盤
へえ、どういうところがですか?
なんといってもベトナム人の一般庶民は総じて勤勉で正直なんです。タクシーや乗り合いバイクを利用しても、まずボラれない。他の国ではどうせ吹っかけてくるから乗る前に金銭交渉が必要ですが、ベトナム人は正直なので信頼できる。屋台で食事をしても、普通におつりが返ってきます。
そして日本と同じ大乗仏教であり、大乗仏教は勤勉をよしとするので、そこも近い。なにより「もったいない」という感覚を持っている。だからベトナムの人とはすごく話が合いますよ。
もちろん、政府が共産党であるなど、難しいところもあります。でもそれを上回る可能性が期待できるんですよね。
BIJ編集部・常盤
日本企業がコラボレーションするのに相性がよさそうですね。
そう、それがまさに僕が先日、日越経済セミナーで言ったことです。日本がこれからコラボレーションしていくうえで、ベトナムはとてもいいパートナーだと思います。
実はベトナムにはハノイ工科大学という大学がありまして、そこを中心にデジタル人材が大勢育っているんです。僕のまわりでもハノイを中心としたベトナムに、オフショアリングの施設をつくっている日本のデジタル系の会社もあります。
平野未来さんらが代表を務めるシナモンというAIベンチャーでは、アイデアや発想は東京のヘッドクオーターが担当し、開発はベトナムで行っている。平野さんもハノイ工科大にも行かれているようですよ。
BIJ編集部・常盤
プログラマーなどの人材を獲得するためですね。
はい。しかもいまベトナムには2大IT企業と呼ぶべき会社があって、No.1はFTPという会社です。こちらはすでにアメリカに進出しています。
注目すべきはNo.2のほう。ここは「リッケイ(Rikkei)ソフト」という会社ですが、ベトナム人の創業者全員が日本に留学経験があり、立命館大学と慶應大学の出身なんです。そう、「リッケイ」というのは立命館の「リツ」と慶應の「ケイ」から名前をとった社名なんですよ。
この会社のクライアントは、ほとんどがNECをはじめとした日本の大手企業です。やはり彼らは日本に留学経験があるから、日本のビジネスの感覚が分かっている。実はわたくし、ハノイに行ったときにリッケイソフトの社長に会ってきました。
BIJ編集部・常盤
さすが先生、抜かりないですね!
ベトナムNo.2の会社の創業者が、立命館と慶應の出身という時代が来ているということですよ。
BIJ編集部・常盤
すごい時代になりましたね。よいお土産話をありがとうございました。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。