REUTERS/Kevin Wurm
アメリカでは、2023年に入ってから4月半ばまでの間に160件以上の銃乱射事件(Mass Shooting)が起きている(何をもって「Mass Shooting」と呼ぶかは統一された定義はないものの、非営利団体The Gun Violence Archiveは、4人以上の犠牲者が出たものをすべてカウントすることにしている)。
特にこの3月から4月にかけては、ひっきりなしにさまざまな州で事件が起きている。最近のものからさかのぼると、4月15日には、アラバマ州の16歳の少女の誕生日パーティー会場で4人が死亡、28人が負傷。同じく15日、ニューヨーク州では、訪問先を間違えて別の家の敷地に入ってしまった車に乗っていた20歳の女性が住人に撃たれて死亡。4月13日には、ミズーリ州カンザスシティで、同じく訪問先を間違えてドアベルを鳴らした16歳の少年が住人に頭と腕を撃たれた(一命はとりとめた)。
4月10日にはケンタッキー州ルイビルの銀行で容疑者(その銀行の社員)も含め6人が死亡、9人が負傷。その2週間前、3月27日にはテネシー州ナッシュビルの小学校で7人(容疑者も含む)が死亡している。
The Gun Violence Archiveによると、アメリカでは、2022年に648件、2021年には692件の銃乱射事件が起きた。この調子でいくと、2023年はこれらの数字を上回るかもしれない。
突然スターになった「テネシー・スリー」
最近起きた多くの銃乱射事件の中でも、3月27日のナッシュビルの小学校での事件は、犠牲者のうち3人が9歳の子どもであったことから特に話題になった。さらに、この事件をきっかけに州議会が大荒れとなり、普段はあまり話題になることもないテネシー州が全米の注目を集めることとなった。
小学校での乱射事件後、ナッシュビルでは、多くの怒れる市民が州議会の議事堂に詰めかけ、銃規制強化を求めて抗議運動を行う事態となった。
3日後の30日、ジャスティン・ジョーンズ議員、ジャスティン・ピアソン議員、グロリア・ジョンソン議員の3名が、州下院の会議場のフロアで拡声器を手に「こんなふうに子どもたちが犠牲になるのを見過ごしているのはおかしい」「もうたくさんだ」と叫び、演台を叩いて演説、このせいで審議が中断された。
拡声器を手に銃規制法案を可決するよう訴えるジャスティン・ジョーンズ議員と、それを見守るグロリア・ジョンソン議員(奥)、ジャスティン・ピアソン議員(2023年3月30日撮影)。
George Walker IV/USA Today Network via REUTERS
この劇的な映像が全国に流れると、彼らは一夜にして「テネシー・スリー」というあだ名がつけられるほどの有名人となったが、共和党が多数派を占めるテネシー州議会は(彼らの行動が礼儀を欠き、不名誉であるという理由で)、除名処分にすべきかの投票を行い、4月6日、ジョーンズ議員とピアソン議員の2人が除名されることとなった。ジョンソン議員は1票差で除名を逃れた。
ちなみに、テネシー州議会から議員がこれまでに除名された例は、過去157年でたったの2人。1人は賄賂、もう1人はセクシャル・ハラスメントだという。
議会での抗議を理由に除名されるのは妥当なことなのか? しかも2022年に当選したばかりの若い黒人男性2人(ジョーンズは27歳、ピアソンは28歳)が除名となり、白人女性であるジョンソン議員が除名されなかったのはなぜか? 差別ではないのか? などという声も上がり(ジョンソン議員自身が、自分だけが除名されなかったのは自分が白人だからではないかと述べていた)、この処分は火に油を注ぐ結果となった。
この後、州議事堂の外では、若者を中心に多くの市民たちが、2人の処分に対する抗議と、銃規制を求めるプロテストを続けた。除名処分を受けた2人の「元議員」も、市民の前に立ち、スピーチを続けた。その熱気あふれる様子はテレビでもSNSでも連日報じられたが、これを見ていて、「何も知らずにこの映像だけを見ていたら、1960年代の公民権運動のドキュメンタリーだと思うだろうな」と思った。
ピアソン議員は髪型がアフロで、着ている紺色のスーツにもなんとなくレトロな趣がある。ジョーンズ議員は長髪をポニーテールにし、白やミント色のジャケットをスタイリッシュに着こなしている。2人ともモータウンのバンドのメンバーのようなクールな雰囲気があるのだ。
スピーチにも独特のリズムがあり、音楽的で、カリズマティックかつピュアで情熱的だ。これが聞く側の感情を昂らせる。若いけれどもエネルギーと自信に満ちていて、絵にもなるので、若者が彼らを熱狂的に支持するのもよく分かる。
テネシー州は、キング牧師が暗殺された地という歴史を持つ。2人のジャスティンもそのことにしばしば言及するのだが、叩かれてもめげずに声を上げ続ける彼らを見ていると、キング牧師の精神が受け継がれているような感じがする。
テネシー州議会で演説するピアソン議員。
WKRN News 2
このようにして、わずか数日の間に「2人のジャスティン」はアメリカで最も注目され、かつ銃規制運動のために戦う若手政治家、反骨精神のシンボルのような存在になってしまった。彼らの存在をまったく知らなかった多くの人たちが、「27、28歳で、ここまでしっかりしたことが言えて、やれる政治家がいるんだな」と驚かされたと思う。私もその一人だ。
彼らよりもっと経験があり、力もある政治家たちがやろうともしないこと、できないことを、つい数カ月前に初当選した若い2人が恐れずにやっている。その姿はとてもインスパイアされるものだった。
テレビでは、連日、ナッシュビルで抗議活動に参加している人々が彼らを熱烈に支援する様子が伝えられ、SNS上でも、彼らを応援したり賞賛したり、「彼らの闘う姿に励まされ、勇気をもらった」というような声を数多く目にした。
これを受けて、コメンテーターたちが一様に指摘していたのは、「テネシーの共和党は、大きなミスを犯した。このたびの除名処分という非民主主義的なやり方は、むしろテネシーの民主主義にエネルギーを与え、民主党側に2人の国民的スターを生んでしまった」ということだった。
また、小学校での乱射事件を受け、本来であれば、州議会は銃規制問題を議論することに時間を費やすべきところ、それとは逆に、まさにその問題について指摘した勇気ある議員たちを目障り扱いし、いかに彼ら除外するかというほうに労力を割いた。その議会リーダーシップに対しての批判もあった。「今やるべきことはそっちじゃなくて、他にもっと議論すべきことがあるだろう」という指摘だ(バイデン大統領もそう発言している)。
ジョーンズ議員は4月10日に、ピアソン議員は12日に、それぞれの選出地域の特別審議の結果、暫定的代表として州議員に戻れることとなり、拳を掲げて議会に復帰した。
NBC News
「テネシー・スリー」は4月24日、ホワイトハウスに招かれ、バイデン大統領と銃規制について意見交換をした。会談後、CNNに出演したジョーンズ議員は、司会のアンダーソン・クーパーから「ホワイトハウスに招かれるのはどんな感じでしたか? オーバルオフィス〔大統領の執務室〕に入るのは初めてでしたか?」と聞かれると、照れたように「ええ、まだ27歳なので」と言い、この短期間にこんな有名人になってしまったことが自分でもまだ信じられないといった様子だった。
ナッシュビルの乱射事件から1カ月で、これら3人の議員たちの人生も意外な形で大きく変わった。
アメリカ政治を牛耳る最大の利益団体
銃乱射事件の発生から間もない4月14日、インディアナポリスで開催された全米ライフル協会の年次総会では、愛好家たちが銃を試す姿も多く見られた。
REUTERS/Evelyn Hockstein
これだけ続けて銃がらみの事件が起き、多くの人が犠牲になっている中、全米ライフル協会(NRA)は、毎年開催する年次総会を、4月14日の週末、「われ関せず」という感じで、予定通りに行った。
1871年に設立されたNRAは、およそ500万人の銃製造・販売業者や愛好家が所属するとされる。「全米最強のロビイスト(利益団体)」と呼ばれるこの団体は、多数の共和党議員に(加えて、少数ではあるが民主党の議員にも)膨大な寄付を行っている。例えば、2016年の選挙の際、5440万ドル(約73億円、1ドル=135円換算)を使っており、そのうち3120万ドル(約42億円)はトランプのキャンペーンに回っている。共和党から出馬する大統領候補者にとっては、絶対に無視できない存在だ。
2022年5月24日にテキサス州ユバルディの小学校で銃乱射事件が起き、児童19人、教員2人が亡くなるという事件があった。この事件は、多くの子どもが犠牲になったこともあり、銃暴力が日常化しているアメリカでさえも強い衝撃をもって受け止められた。でもNRAは、その3日後の5月27日、予定されていた年次総会を決行した。よりによって同じテキサス州でだ。
この時、あまりの無神経さに驚いたが(出演が決まっていたアーティストや、テキサス州のアボット知事など、事件を受けて参加を取りやめた人たちもいた)、これと同じことをNRAは今年もやったのだ。
今年の総会はインディアナ州で行われ、協会によれば、7万7000人が参加した。トランプ前大統領、ペンス前副大統領が会場入りして演説したほか、2024年の大統領選の有力候補と目されるロン・デサンティス フロリダ州知事、ニッキー・ヘイリー前サウスカロライナ州知事などがビデオ・メッセージを送った。
トランプ(自称「最も銃に友好的な大統領」)は、アメリカ人が武器を持つ権利を守り抜くと宣言し、大変な喝采を受けた。NRAは、選挙のたびに、どの候補者が銃に友好的であるかを格付けしており、例えば2022年の中間選挙の際、デサンティスにはA+がつけられている。
NRA年次総会で演説をするトランプ前大統領。2024年大統領選への出馬を決めているトランプ氏にとって、NRAは欠かせない資金源だ(2023年4月14日撮影)。
REUTERS/Evelyn Hockstein
NRAのスローガンは「銃は人を殺さない。人が人を殺す」だ。銃規制反対派の人々がよく主張するのは、銃を取り締まることは無意味であるばかりでなく、憲法修正第二条(武器保有権について定める条項)に規定された権利を侵すものだ、ということだ。
実際、銃乱射事件が起きるたび、多くの共和党政治家は「銃暴力を防ぐために必要なのは、善良な市民から銃を取り上げることではなく、メンタルヘルスの問題にもっと真剣に取り組むことだ」「銃を所持した悪人を止められるのは、銃を持った善人」と言う。
トランプもこの主張を繰り返しており、学校における銃乱射事件を防ぐには、武装した警官による警備体制を強化し、教員に銃を持たせトレーニングすることだなどと言っている。誰がそんな学校に子どもを通わせたいかと思う話だが、彼だけでなく、テキサス州のテッド・クルーズ上院議員なども、同じような主張を繰り返している。
必ずしも「世論を二分」していない銃規制問題
銃規制は、「アメリカの世論を二分する問題」という言われ方をする。しかし、あまりにも多くの乱射事件の犯人が、合法的に入手したアサルトライフル銃(殺傷力の高い攻撃用銃器)を使っていることを受け、少なくとも何らかの規制が必要なのではという声は強まっている。
そのような主張をするのはリベラルだけでなく、最近の世論調査の結果を見てみると、いくつかの側面においては、党派を超えてある程度のコンセンサスが見られる。例えば、2021年のピュー・リサーチ・センターの調査によると、「精神疾患のある人々の銃購入を禁じるべきだ」と考えるアメリカ人は、87%と圧倒的多数にのぼる。これは、民主党支持者(90%)だけでなく、共和党支持者(85%)も大多数が支持している。同様に、銃購入時の一律身元調査を支持する人の割合も81%と高い。
党派で意見が割れているのは、アサルトライフルの保有を全面的に禁止するかといった話で、その点について聞き込みをすると、民主党支持者と共和党支持者の間に大きな意見の隔たりがみられる。
最近発表され、広く報道されたカイザー・ファミリー財団の調査によると、アメリカの成人の過半数(54%)が、自分または家族が、銃で脅されたり、銃撃を目撃したり、家族が銃で殺されたりした経験を持つと答えている。
銃による暴力がそれほどまでに日常茶飯事化しているという状態は、とてもまともとは言えないだろう。そして、それが「まともではない」と感じ、どうにかするべきだと思っている国民が少なくはないのに、政治に反映されない。反映されない理由は政治家が利権に縛られているから、というのがアメリカの状況だ。
NRAのような団体が事実上アメリカの政治を握っており、過去の大統領も含め、政治家たちがその言いなりになっているというのは見ていてまったく納得できないのだが、このたびNRAの年次総会の様子を見ていて、「アメリカ政治がNRAに握られている様子は、日本の政治が長年にわたって裏で統一教会に握られてきたのと構造的には似ているのかもしれないな」と感じた。
銃規制を訴え行動する若者たち
テネシー州の銃乱射事件の1週間後には小学生たちが同州議事堂を訪れ、議員に対して銃規制を訴えた(2023年4月3日撮影)。
Mark Zaleski/USA Today Network via REUTERS
テネシーの例に限らず、今日までなかなか前に進めることができずにいる銃規制問題を前に進められるのは、若い世代ではないかと思うことが多い。
4月5日には、相次ぐ銃乱射事件を受け、銃規制を求める集団抗議活動として、全米42州とワシントンDCの300の学校で、Student Walkout(生徒たちが授業をボイコットし、学校から出て行ってしまうこと)が行われ、さまざまな州で何千人もの生徒たちがWalkoutする様子が報じられていた。
これはStudents Demand Actionという、銃規制を求める非営利団体が中心になって全国的に組織したものだ。そのウェブサイトを見ていて面白いと思ったのが、「どうやってWalkoutを企画するか」というマニュアルがしっかり作られていることだ。参加にあたって注意するべきこと、学校側とどう調整するかの手順も整理されている。
また、別の、weareteachers.comという教員向けのウェブサイトには、「4月5日のWalkoutに教員としてどう協力できるか」ということがリストされており、「Walkoutがやりやすいように調整する方法」「生徒たちと一緒にWalkoutに参加できない場合、彼らをどうやってサポートするか」といったことが書かれている。このあたりのシステム化され、オーガナイズされたやり方、教員も生徒のプロテストをサポートする(できたら一緒に参加する)というところなどは、いかにもアメリカらしい。
4月18日には、ミズーリ州で訪問先を間違えてドアベルを押した16歳の少年ラルフ・ヤールさんが銃撃された事件がらみで、同じ高校の生徒たちが事件への抗議と、銃規制強化を求める行進を行った。
この事件の容疑者は、「ドアベルが鳴って外に知らない黒人男性がいるのに気づき、危険を感じて発砲した」と述べており、このことが物議をかもした。16歳の黒人の少年が玄関の外に立っているだけでなぜ「危険を感じ」、発砲までしなくてはならないのか、そんな理由はおかしいだろう、ラルフは悪くなかったし撃たれるべきではなかった、というのが生徒たちの抗議活動の趣旨だ。地元テレビ局によると、「ラルフのための行進」には全生徒の大半にあたる1500人が参加したという。
続けて行われたこれらの抗議活動を受け、報道やSNSでは、「若者たちに希望を感じる」というコメントを数多く目にした。本当は、若者たちに期待するだけでなく、大人がどうにかしなくてはいけない問題だろうと思うが、実際のところ、この問題に対して最も情熱があり、行動力もあるのは若者だという気がする。
数多いアメリカの銃乱射事件の中でも、人々の記憶に長く残る突出した事件というのがいくつかある。1999年に15人(犯人2人を含む)が亡くなったコロンバイン・ハイスクール事件。2012年、コネチカットのサンディ・フック小学校で26人が犠牲になった事件。2018年2月のフロリダ州パークランドの高校で生徒ら17人が元生徒に射殺された事件もそんな一つだ。この事件は、犠牲者の数だけでなく、事件後に生存者たちがとった行動によっていっそう強くインパクトを残すことになった。
パークランド事件の生存者の若者たちは、事件からわずか1カ月後に「March for Our Lives (私たちの命のための行進)」と称した銃規制集会を組織し、ワシントンDCで約80万人を動員した(キング牧師の「I have a dream」の演説で知られる1963年ワシントン大行進の動員数が約20万人、2017年の女性のマーチの際のワシントンでの動員数が約50万人と言われているので、80万人はかなり多い)。これにはハリウッドの映画スターはじめ数多くの著名人も参加し、集会の様子はテレビで大々的に同時中継された。
2018年3月24日、ワシントンDCで行われた「March for Our Lives」の動員数は歴史的な規模となり、大通りを人々が埋め尽くした。
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同グループは、同年秋の中間選挙の前には、2カ月かけてアメリカ中を回り、若者たちに有権者登録と投票に行くことを呼びかけるとともに、「銃規制に反対する(NRAの支援を受けている)候補者を落選させよう」というキャンペーンを行い、結果的に27人が落選した。
銃乱射事件はそれまでも数多く起きてきたが、この若者たちの戦略性、企画力、行動力、SNSを駆使した発信力、コミュニケーション能力(スピーチがとにかくうまい)は、それ以前にアメリカに存在した銃規制運動とは一線を画す洗練されたものであり、これを境に、銃規制強化を求める運動の戦い方が変わった。
同時に、「大人の政治家は、利権に縛られて何もしてくれない。そのせいで自分たちが死ぬのは嫌だ」という若者たちの生々しい声が、運動のドライバーになったと思う。
「民主主義とは、状態ではなく行為」
実際、アメリカでは、2020年の大統領選でも2022年の中間選挙でも、国の現状に危機感を覚えた人たちが、それをエネルギーに変えて票に結びつけてきた。そして、いずれの選挙でも、初めて投票に行くような若い世代が、民主党を勝利に導いた一大グループであったことが後の分析から明らかになっている。
公民権運動を率いた故ジョン・ルイスが残した「Democracy is not a state, but an act(民主主義とは、状態ではなく、行為なのです)」という言葉を、最近よく思い出す。民主主義は、一度できたらもう安心、というものではなく、絶えずそれを壊そうとする力と対抗し、戦い続け、守り続けない限り、簡単にダメになってしまうものなのだとつくづく思う。
フランスでは、マクロン政権が年金の受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げる改革案を発表すると国内各地でデモが発生。パリでも憲兵隊が出動する事態となった(2023年4月14日、パリにて撮影)。
REUTERS/Stephane Mahe
年金改革に反対するフランスのデモを見ていても同じことを感じる。フランスでは、平均で年間100日以上がデモやストに費やされているというデータを見たことがあるが、それが決して大げさに思えないくらい、本当にしょっちゅうデモやストをやっている。それは、声を上げて意見を主張し、権利を求めるということが当たり前のことであり、そうやって実際に権利を勝ち取ってきたからだろう。
もし日本でこのたびのフランスのように、政府が強行採決で「年金受給開始年齢を2歳引き上げます」と決めたら、同じようにデモやストが起きるだろうか。まず起きないだろう。起きない理由はいろいろあるだろうが、一つには、成功体験の欠如があるのではないだろうか。声を上げて権利を勝ち取った体験がなければ、声を上げようとは思わない。
もう一つ、これは私が大学などで若い世代の日本人とディスカッションをすると時々感じることなのだが、日本の若者たちには「デモ」と聞くと、「怖いこと」「危ないこと」と思っている人が少なくない。たぶんそういう刷り込みが何らかの形でなされているのだと思う。アメリカや欧州で、環境問題などのデモに、小学生のうちから手作りのプラカードを持って親や学校の先生と一緒に参加しているのとはかなり感覚が違うと感じる。
日本で4月9日、23日に行われた統一地方選挙では、前半戦も後半戦も、多くの分野において投票率が5割を切り、過去最低の記録を塗り替えたと報じられている。一方で、武蔵野市のように投票率50%、議会女性比率50%を達成したというところもあれば、芦屋市で26歳の史上最年少の市長が誕生したり、東京都23区の女性区長の数が過去最高の6人になったなどというニュースもあった。もしかして、日本でも、少しずつではあっても、変化が起きてきているのかもしれないし、そうであったらいいなと思う。
最近になってやっと「日本でも、もっと有権者教育が必要では」という指摘がなされるようになってきた。非常にいい流れだと思うが、できる限り小さいころからやったほうがいい。
市民の一員として社会に参加するということは、大人になってからある日突然やれと言われてできることではない。子ども時代に美術館に行く習慣のなかった人、教会に行ってお祈りをする習慣のなかった人に、大人になってから突然「美術館に行きましょう」「日曜日は教会でお祈りをする日です」と言っても無理なのと同じで、子どものころから社会参加の意識を培っていない人に、ある程度大きくなってしまってから突然それを求めても限界がある。
「あなたは社会の一員であり、それを変える力を持った存在なのだ」と小さいころから教えること、親や周りの大人たちが身をもって社会への積極的な関わり方を示していくこと、そして「声を上げた人を一人にしない」ということを大人自身がやってみせることが、一番の有権者教育だろうと思う。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。株式会社サイボウズ社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny