Luupの電動キックボード
撮影:山口ひかり
東京都内では、渋谷を中心に電動キックボードに乗った人が街を移動する光景を見かけることが増えてきた。4月25日に45億の資金調達を発表したLuupをはじめ、電動キックボードの普及が加速している。
一方で、SNSで「電動キックボード」と検索すると、「邪魔」「危ない」といった安全面への不安を訴える声も聞こえる。
日本ではこの7月に改正道路交通法が施行され、電動キックボードが新しいルールの下で運用されることになる。
電動キックボード用の法規制「自転車の課題を明文化したもの」
ループの岡井大輝代表。
撮影:土屋咲花
電動キックボードはこれまで、基本的に原動機付自転車(いわゆる原付)※に位置づけられていた。
※Luupなど、新事業特例制度でサービスを実施している事業者の機体は、「小型特殊自動車」相当で運用されているため、ルールが異なる。
この7月の改正道路交通法の施行によって、自転車と原付の「中間」に位置する電動キックボードなどの“小型モビリティ”を想定した新たな車両区分「特定小型原動機付自転車(特定小型原付)」と「特例特定小型原動機付自転車(特例特定小型原付)」が新設される。
今後、電動キックボードは、速度や保安基準に応じて「原付」「特定小型原付」「特例特定小型原付」という3つに分類され、それぞれの交通ルールが適応されることになる。
7月1日以降の車両区分。全ての電動キックボードが16歳以上で免許不要になるわけではないため、利用するサービスや個人所有の機体の車両区分を確認する必要がある。
画像:警視庁ホームページより引用
岡井代表は、新しい交通ルールについて
「自転車がベースになっているように感じます。ただ、今回の法律では、年齢制限や『歩道ではゆっくり走ってほしい』などの自転車に潜んでいた課題を明文化して規制しているのだと思っています。電動モビリティの場合は実際にハードやソフトで制御できるので」(岡井代表)
と、「電動」モビリティだからこその法律になっているのではないかと感想を語る。
Luupの電動キックボードのシェアリングサービスは、7月1日以降は基本的にすべて「特定小型原付」となる。
特定小型原付では、16歳以上であれば運転免許証が不要。ヘルメットの着用も努力義務になり、右折方法も一般的な原付と同じく2段階右折が「必須」となる。
Luupなどが実施していた実証試験では時速15kmだった最高速度も、時速20kmまで緩和される(一般的な原付として利用されていたものの最高時速はもともと時速30km)。
※くわしいルールはこちらから。
交通ルールの概略。この他にも細かいルールがあるため、確認してみてほしい。
警察庁などの資料をもとに編集部が作成
最高速度の変更は、かねてより「遅すぎて危険だ」とユーザーから挙がっていた声が反映された形だ。
「今までは(Luupのサービスの場合)新事業特例制度のもとで最高速度が時速15kmで、車道を走るしかなかった。ただ、それだと自動車側からも、利用者からも『危ない』という声が多かったんです」(岡井代表)
特定小型原付は最高速度が時速20kmであるのに対して、特例特定小型原付は最高速度が時速6km。今まで禁止されていた歩道や路側帯を走行することができる。
同じ車両でも最高速度の設定を変えることで、車両区分を切り替え、あるときは特定小型原付として車道を移動し、あるときは特例特定小型原付として歩道を走行する…といった使い方も可能だ(車両区分の切り替え作業は停止中のみ)。
また、客観的にどの車両区分で走っているのかを分かりやすくするために、特定小型原付と特例特定小型原付には、車両に「最高速度表示灯」の設置が義務付けられている。特定小型原付として走行する際には表示灯を「点灯」し、特例特定小型原付で走行する際には表示灯を「点滅」させなければならない。
Luupとしては7月1日以降、ソフトウェアをアップデートすることで全ての電動キックボードの最高速度を時速20kmに更新した上で、順次新しい保安基準に適合した(最高速度表示灯がついて、車両区分が切り替え可能な)車両への入れ替え作業を進めていく方針だ(最高速度表示灯の取り付けは、2024年12月23日まで猶予期間が設けられている)。なお、旧式の車両の場合、特定小型原付としてしか走行できない。
交通ルールについても、自社サイトやアプリ上で周知を進めていくとしている。
新しい保安基準に適合した車両。順次入れ替えが進む予定だ。
画像:Luup
「非利用者」への周知が違法走行を防ぐ?
ニュースなどを見ていると、電動キックボードにまつわる事故の報道を見かけることがある。
警察庁によると、2020〜2022年にかけて発生した電動キックボードに関連した事故の件数は74件。負傷者は76人で、死亡したのは1人だ(事故件数は個人購入で利用しているものも含む)。
加えて、2021年9月〜2023年1月に電動キックボード関連で検挙されたのは2014件。指導警告されたのは1321件だった。現状で全ての事故を把握できているわけではないため、潜在的なものも含めると、まだ数は増える可能性もある。
岡井代表は少なくとLuupの利用者が起こした事故事例はすべて共有されているとした上で、
「ほとんどは走行中に停車中の車両にこすったりぶつかってしまったりしたものが多いです。皆さん初めて(電動キックボードに)乗るからです。毎日、数百〜千人単位でダウンロードがあるので、初心者の方がそういった事故を起こすことが多いんです。一方、大きな怪我をするような事故は少ないという印象です」
と現状の利用環境を語る。
Luupは、これまでにもさまざまな場所で安全講習を実施してきた(写真は2021年12月)。
撮影:三ツ村崇志
今後、改正法が施行されサービスがさらに拡大していく中で、安全対策は至上命題だ。岡井代表は、利用者はもちろん、非利用者へもルールの周知が課題になると話す。
「1番効くのが、人の目なんです。
利用者は、交通ルールのテストを合格しているので(飲酒運転が)ダメなことは知っているんです。ただ、『絶対にダメ』なのか『ダメだけどまあ怒られないよね』という感じなのか、人によって温度差があると思うんです。どっちに転ぶかは、世間の目なのかなと」(岡井代表)
だからこそ、岡井代表は利用者への啓発活動とともに、社会全体にもっとルールを認知してもらうことが重要だと指摘する。東京都をはじめとした自治体との連携を進めているのもそのためだ。
こういった啓発活動は、Luupの成長を支える営業活動として成立している側面もある。
「僕たちにこれから必要なのは、『危ないんじゃないの?』と思っているオーナーさんに『ちゃんとやってるじゃん』と思ってもらうことです。例えば、地域で安全講習会をやると、地元の方が見に来てくださって、そこから町内会の人などに波及する。『ちゃんと安全講習をやっているんだな』と評価していただくことにつながって、設置場所が増える場合もあります」
パリで電動キックボードに逆風。日本は?
パリの街に乱雑に置かれている電動キックボード(2020年12月撮影)。
REUTERS/Charles Platiau
世界を見渡すと、この4月にはフランス・パリで電動キックボードのシェアリングサービス継続の是非を問う住民投票が実施された。結果、反対派が多数となり、9月以降のサービス廃止に向けた取り組みを進める方針だ。
法改正によって規制が緩和される方向に進んでいる日本も、いずれ同じ道をたどるリスクはないのか。
岡井代表は、東京とパリの電動キックボードのシェアリングサービスでは、サービスモデルが大きく違うと指摘する。
Luupの場合、モビリティに乗車する際に必ず降りるポートを指定する必要がある。一方、パリでは利用したキックボードを道端に放置することができる運用だった。また、ポートに返すにしても、道路上に設置されたポートがあふれるなどのトラブルもあり、結果的に地域社会から「邪魔者扱い」を受けてしまっていたという。
「街に住んでいる方に迷惑をかけるモデルは、持続性がない。それは欧米や中国の事例を見て思います。
スタートアップという側面に立つと、 初期のスピード感が大事になってくるので、あの立ち上げ方になる理由も分かります。ただ、日本の場合は一度それをやると、信頼がなくなってしまう」(岡井代表)
ポートから機体があふれないようにする努力や、安全講習などの啓発活動。
これから先、サービスを成長させ続けていくためには、「その姿勢をずっと貫いて、社会に見せ続けなければならない」と岡井代表は語る。