日本の母親の子育てへの肯定感が減少する一方、否定感が大幅に増加しています。一体何が起きているのでしょうか。
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日本の母親たちの「子育て否定感」が急増していることが分かった。「子育てのために我慢ばかりしている」と考える母親は全体の6割を超える。
母親ばかりが背負う無償の家事労働と、自由時間を確保するための夫への感情労働。そして高い教育費。
母親たちの「子育て否定感」を取材すると、止まらない少子化の一因が見えてきた。
「子育て肯定感」が減り、「子育て否定感」が急増
子育てへの肯定的な感情の経験変化。
「幼児の生活アンケート第6回」(ベネッセ教育総合研究所)
ベネッセ教育総合研究所では首都圏で乳幼児を育てる保護者を対象に、1995年から約5年ごとに子育てに関する数千名規模の調査を実施してきた。6回目となる今回は2022年3月に東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の0歳6カ月~ 6歳就学前の乳幼児を持つ母親4030名に、webで調査した。
最も顕著だったのは、「子どもを育てるのは楽しくて幸せなことだ」「子育てによって自分も成長している」などの「子育て肯定感」が減少する一方で、「子育て否定感」が大幅に増加していることだ。
子育てへの否定的な感情の経年変化。
「幼児の生活アンケート第6回」(ベネッセ教育総合研究所)
「子どもを育てるために我慢ばかりしている」と考える母親は2000年に37.5%を記録し、その後は微増していたが、2015年の40.1%から2022年には60.6%と20.5ポイントも増えていた。
「子どもが煩わしくてイライラしてしまう」母親も70%超いた。
ベネッセによると、15年から22 年にかけての「子育て否定感」の増加は、特に常勤者やパートタイムなど「働く母親」の間で高まっているという。
子育ても大事だが自分の人生も大事
「幼児の生活アンケート第6回」(ベネッセ教育総合研究所)
こうした感情の裏返しだろうか、いわゆる「3歳児神話」への支持が2005年以来初めて逆転し、「子どもが3歳くらいまでは母親がいつも一緒にいたほうがいい」44.9%に対し、「母親がいつも一緒でなくても愛情をもって育てればいい」が55.1%と上回った。
また子育てと自分の人生のバランスも「子どものためには自分が我慢するのは仕方ない」37.4%に対し、「子育ても大事だが自分の生き方も大切にしたい」が62.6%と、前回の52.4%から大幅に増えていた。増加を押し上げたのは専業主婦で、約15ポイント増え、働くか否かを問わず、自身を大切にしたい母親が増えていることが分かる。
以前の半分しか働けない、もし出産前に知れたら……
リモートワーク中も子どもの「構って」攻撃を受け続けるため、「常に可愛いとは思えない」(Aさん)という。
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保育園と小学校に通う娘2人を育てながら、東京都のIT企業で管理職を務めるAさん(女性)は、常にあることを自分に言い聞かせながら働いている。
「あの頃の私は死んだ」
35歳で結婚し、長女を38歳、次女を41歳で出産した。長女を産んで仕事に復帰して1年間、自身が想定する仕事のクオリティーより「出力50%」の結果しか出せず、家に帰っては悔し泣きする日々が続いた。
やっと仕事が乗ってきたと思えば保育園のお迎えの時間。体調を崩して園から呼び出されることも多い。独身時代は平日にやり残した仕事があっても土日にできたが、子どもがいるとそうはいかない。
子育てにリソースを奪われ、仕事の時間が絶対的に足りないのだ。以前の働き方の「残像」が体に染み付いているのに、それが実行できないジレンマで随分と苦しんだという。
「仕事が生きがいだっただけに、生活の変化に気持ちが追いつくまで時間がかかりました。
姪っ子は可愛いかったし、周りの友人にもほとんど子どもがいたし、『子どものいない人生』という選択肢はなかったです。何より出産のリミットを考えると、悩む時間もなくて……。
もし今のような子育ての現実を知れて、子どもを産む前に戻れたら、出産をためらうと思います」
高い教育費がキャリアの選択肢を狭める
子どもを育てるには「コスト」がかかる。中でも教育費は親たちの悩みのタネだ。
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結局Aさんはその後、より柔軟な働き方ができる職場へと転職した。実はAさんには幼い頃から、ある物の「職人」になるという夢があった。30代で専門技術を学ぶ学校に通ったこともある。転職先を選ぶ中で、その夢がまた頭をもたげてきたのだ。
しかし結局、その道は諦めた。
「日本の子育てで親が感じる負担として、子どもの教育資金の問題はすごく大きいと思います。
夫は職人の道に進んでも『なんとかなるよ』と賛成してくれましたが、青臭い夢を追うにはあまりにも金銭的なリスクが高かった。
どうしても『より稼げる仕事を』となって、キャリアの選択が狭まってしまう」
大学の学費が無償の北欧で子育てをする知人に相談すると、「こっちにきたら明日からでも職人を目指せるよ」と言われたことが、今も強く心に残っている。
家事育児は私8:夫2。子育ては犠牲の歴史
家事も子育ても「お手伝い」感覚の夫に対し、「夫育てを間違えたかも知れない」というBさん。
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日本の大学などの高等教育費に占める家計負担の多さや、GDPに占める教育の公費負担の少なさは、かねてより指摘されてきた。
加えて母親たちの頭を悩ませているのが、一向に進まない「夫の家庭進出」だ。東京都で小学生の息子2人を育てるBさん(女性)は、
「子育ての歴史は、私が夫に譲歩してきた歴史。常に不平等だと感じてきました」
と振り返る。例えば仕事の出張だ。Bさんが出張に行く場合は体操服など子どもたちが学校で必要な物を準備し、帰宅時間や何をする必要があるかなど夫に宛てた詳細なメモを残していく。一方の夫は自身のスーツケースをまとめるだけ。Bさんに「よろしくね」の一言だ。
これが可能なのは、家事・育児の負担がBさん8割、夫2割だから。
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保育園時代は送り迎えをほとんどBさんがやっていたこともあり、そもそも出張自体を諦めていたという。
Bさんの出張と夫の大事な仕事の予定が重なり、同僚に出張を代わってもらったこともある。すぐ不機嫌になる夫より、同僚に交渉するほうが感情労働が少なく済むからだ。
「子どもが体調を崩して園から迎えに来るよう連絡がきたら『いや俺はミーティングがある』、授業参観の出席も『いや俺は会議が』。私だって同じです。でも誰かが行かなきゃいけないから、結局は私が調整します。
プライベートも同じで、夫は頻繁に会食や飲みに行きますが、私がたまに飲み会に参加する場合はずっと前から予定を立てて、夫に子どもたちを見てくれるよう頼み、当日は夜ご飯を作ってやっと出掛けられる。自分の時間を作るのに、複数の工程が必要なんです」
夫が仕事で成功するのを喜べない
男性の出世の陰には、女性たちの苦労がある。
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もちろん夫には変わって欲しいと考えている。「週の半分は夕食を作って」と頼んでみたこともあるが、「いつも感謝してるよ」と煙に巻かれた。夫の口癖は「できる範囲のことはやる」だ。家事は一向に上達せず、子どもが「お腹空いた」と言えば、「ママが来るまで待って」か「一緒にコンビニに買いに行こう」となる。
こうした夫の後ろ姿を見ているからか、長男は男性が家事をするものだと考えておらず、「将来は専業主婦を妻にしたい」と意気込む。
そんな夫とBさんは同年代で、職種も一緒。出世のスピードも同じだった。現在はどちらも管理職として働いている。住宅ローンや日々の生活費は折半だ。
「今は夫のほうが収入があるのですが、彼が仕事で成功することを素直に喜べません。
夫はもっと仕事を労って欲しいようですが、むしろ家を守ってきた私こそ労って欲しいです」
母親になった後悔、やっと言えるように
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家事育児の負担が圧倒的に妻に偏っていること、男性より女性のほうが睡眠時間が短いことなど、日本の母親を取り巻く困難な状況は、さまざまな調査で見聞きしたことがあるだろう。
加えて、世間は母親にプレッシャーをかける。Bさんの息子が学校でトラブルを起こした際、スクールカウンセラーから掛けられたのは「お母さんがお仕事をされていて、愛情不足だからじゃないですか?」という言葉だった。
引け目はBさん自身も感じている。専業主婦の友人に比べて、子どもたちに多くの習い事をさせてあげられないからだ。息子が泳げないのはスイミングに通わせてあげられなかったから……など悩みは尽きない。
「せめて夫が習い事の送り迎えをしてくれれば、こんな思いを抱かなくてすむのに。
もし私が専業主婦だったらもっとしっかり子育てできたのかな、もし私が子どもを産んでなかったら夫と同じように出世していたのかなと、どちらの人生も夢想してしまいます。そんな時ですね、子育てのせいで我慢ばかりしていると思うのは。
我慢することに慣れたからでしょうか。あんなに欲しかった1人時間も、今では何をしたらいいのか、やりたいことが見つかりません」
AさんとBさんが共通して愛読書としてあげたのが、イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトさんが執筆した『母親になって後悔してる』だ。子育てに葛藤する23人の母親にインタビューして書かれたもので、世界で話題になった。
Bさんは子どもたちにタイトルが分からないよう、カバーを掛けてこっそり読んだという。
2人とも今回の調査結果は、「母親が『子育て否定感』を口にできる社会に日本も変わってきた」という、ポジティブな面もあると受け止めていた。以前はそれすら言い出せない空気があったということだ。
母親たちを追い詰める社会は、健全とはほど遠い。「少子化の解消」には女性たちが生きやすい、子育てしやすい社会を作ることからだと肝に銘じ、問題を1つ1つ解いていくことが重要だろう。