2023年2月、あるレシピ本が発売され話題になっていた。その名も『ミニマル料理』。
著者は、南インド料理ブームの火付け役となった名店「エリックサウス」の創業者であり、その他にもさまざまなジャンルの飲食店プロデュースなどを手掛ける稲田俊輔氏だ。
ちょっと変わったレシピ本
撮影:野口羊
表紙と帯の装丁からして、一般的に想像するレシピ本とはかけ離れた一冊。
副題には、「最小限の材料で最大のおいしさを手に入れる現代のレシピ85」とある。
掲載されているレシピも、「ミニマル麻婆豆腐」「ミニマル焼売」「ミニマルラーメン」など、材料も工程も見た目も非常に簡素なものが多い。
数ページぱらぱらとめくっただけで、よく見る、シズル感一杯の写真でおいしさを訴求したり、彩り豊かな一皿を実現する方法を解説したりするようなものとは全く違った料理本だということがよく分かる。
なぜこんなにもミニマルなのか、そもそも本当においしいのか……?と疑問を胸に抱きつつ、実際に何品か作ってみることにした。
究極にミニマルな、なすの醤油煮
撮影:野口羊
まず作ることにしたのは、「究極にミニマルな、なすの醤油煮」のレシピ。
使う材料は、水とサラダ油の他には、なすと醤油だけ。出汁も砂糖も酒もみりんも味噌も使わない。
本当にこれだけで料理が一品出来上がるのか……? 不安に思いながら、レシピ通りに料理を進めていく。
撮影:野口羊
なすを乱切りにしたら、キッチンスケールで計量して分量通りの300グラムに近づける。
このレシピ本ではほとんどの分量がグラムで記載されており、キッチンスケールで計量するところからレシピ化してくれているので、しっかり守ればバッチリレシピ通りの料理を再現することができる。
料理の経験が浅かったり、「目分量」に苦手意識を持っていたりする人でも、安心してレシピを再現できる工夫だ。
撮影:野口羊
鍋をキッチンスケールに載せたまま、サラダ油30グラムと醤油20グラム、水150グラムを加えていく。
いちいち大さじや小さじを使わずともしっかり計量ができるので、洗い物も少なくて済む。
ここで「なすは油で炒めてから煮なくていいのか……? 」という不安が脳裏をよぎったが、ひとまずその不安を振り払って全ての材料を鍋に入れていく。
撮影:野口羊
このまま蓋をして中火にかける。
撮影:野口羊
なすがしんなりしてきたので、蓋をとってそのまま火にかけ続け、水分を飛ばしていく。
撮影:野口羊
多くのレシピ本では、その後どれぐらい煮たらいいのかを、煮汁がこれぐらいになったらとか、何分後になったらという形で表現していることが多いが、こういった基準は鍋の大きさや食材に含まれている水分量次第で変わってしまう。
しかしここでは、再度キッチンスケールに載せて300グラムになったら完成という明確な基準が示されている。
シンプルなだけに絶妙なバランスが重要な料理だからこそ、どんな環境でもしっかり著者の意図する味を再現し読者に伝えられることが重要なのだろう。
撮影:野口羊
完成したのがこちら。
非常にシンプルで、皿の上の全てが茶色く、特に「彩り」のような要素もない。
それもそのはず、なすと醤油と水とサラダ油しか使っていないのだから。
撮影:野口羊
実際に食べてみると……うまい。
確かになすと醤油と油の味しかしないのだが、煮汁がしっかり染み込んだなすがとてもジューシーで、その中に広がるなすの味をしっかりと感じることができる。
もちろん出汁や砂糖があったらそれはそれでおいしいのだろうが、それらがあったら霞んでしまって分からなくなるような、なす自体のおいしさがこの料理の主役になっている。
こってりした感じもなく食べ飽きないので、パクパク食べ進めることができる。
「なすってこんなにおいしかったんだ……!」という新鮮な驚きがあった。
ピーマンの「だけスパ」
撮影:野口羊
もう一品、ピーマンの「だけスパ」も作ってみることにした。
使う材料は、スパゲッティ100グラム・ピーマン1個・バター15グラムと、スパゲッティを茹でるのに使う水と塩のみだ。
にんにくもチーズもコショウも使わない。
撮影:野口羊
計量したバターを溶かし、1センチ幅に切ったピーマンをくたっとするぐらいまで炒めていく。
撮影:野口羊
並行して、「スパゲッティのゆで方」の項のやり方に従ってスパゲッティを茹でていく。
推奨されている1.2%の塩分濃度になるように、3リットルの水に36グラムの塩を加える。
塩は具材やソースでは使わず、パスタの方にしっかり塩味をつけるレシピになっているのだ。
撮影:野口羊
袋に書いてある通りに9分パスタを茹で、ゆで汁少々とともにフライパンに加えて和える。
撮影:野口羊
たったこれだけで、一品が完成した。
今回も拍子抜けするぐらいシンプルな材料と工程だった。
先程のなすの醤油煮と同じく、見た目もあまりに簡素で、あえて言うなら圧倒的に「映えない」一皿だ。
撮影:野口羊
フォークで麺とピーマンをとり、口に運んでみると……うまい!
バターの甘みとスパゲッティにしっかりついた塩気が、小麦本来の風味を引き立てている。
ピーマンの青い香りとほのかな苦味がアクセントになり、最後まで食べ飽きることなくペロッとたいらげてしまった。
外食ではなかなか食べられない味
撮影:野口羊
今回作ってみた2品は、どちらも見た目は驚くほど簡素で、世に数多あるレシピ本や昨今のSNS上で「バズった」レシピとは、遠くかけ離れたものだった。
「映えない」料理と言ってしまうこともできるだろう。
しかしながら、その中には確かに、豊かで飽きのこないおいしさがあった。
こうした素材をしっかり味わえる素朴な料理は、ファミレスや居酒屋などの飲食店に行ってもなかなか食べられないだろう。
自分で作る「料理」としても拍子抜けしてしまうぐらいシンプルだが、しかし家で自分で作ることでしか、なかなか実現し難い料理たちなのかもしれない。
「映えない」料理を恐れない姿勢
撮影:野口羊
自分で作った料理が真っ茶色で彩りがなかったり、必要な材料を何か一つでも切らしていたりしたとき、料理に失敗したような気持ちになってしまうことがある。
小ネギを散らしたほうが良かったんじゃないか……とか、にんにくがないと味気なさすぎるんじゃないか……とか、ついつい入れられる材料を全部盛りにした「マキシマム料理」を勝手に想像して、劣った気分になってしまう。
でもそんな時にこそ、その中に素材そのものの味わいや、組み合わせの妙を感じることができるのかもしれない。
材料や工程の少ない料理が「映えない」ことを恐れず、素朴でシンプルな料理の、その先にあるおいしさを楽しんでいくための姿勢を、「ミニマル料理」に教えてもらった気がした。