米銀最大手JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)のジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)。世界金融危機前の2006年から同行を率いる。
Kimberly White/Getty Images for Fortune; Insider
全米最大の資産規模を誇る大手銀行がさらなる巨大化を遂げた。
JPモルガン・チェースは5月1日、米中堅銀ファースト・リパブリック・バンクを買収すると発表した。
2022年末時点で全米14位の資産規模を有するファースト・リパブリックは、3月のシリコンバレーバンク破綻をきっかけに信用不安が広がる中、急速な預金流出と株価急落に見舞われ存続の危機に瀕していたが、結局は米連邦預金保険公社(FDIC)の管理下を経て、JPモルガンに引き取られることになった。
JPモルガンのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は買収合意を発表した際、同行によるファースト・リパブリック買収は、得られる利益は「そこそこ」ながら「ステップアップ」を考えてほしいとの政府高官からの要請に対応した結果だと語った。
しかし、「そこそこ」の利益などは方便にすぎず、JPモルガンにとって今回の買収が戦略的に重要であることは間違いない。
ファースト・リパブリックが富裕層向け住宅ローン事業を展開していたシリコンバレーで顧客基盤を拡大できるし、920億ドルとされる同行の預金を引き取ることで勢力拡大にもつながる。その他にも多くの利益こそあれ、損失は最低限にとどまる。
あらためて、買収合意発表の場でダイモンCEOは、規制当局側「から」打診があったのであって、同行側が働きかけた事実は一切ないと語った。その点について、JPモルガンとファースト・リパブリックにコメントを求めたが、本記事公開までに返答は得られなかった。
JPモルガンは2008年の世界金融危機の際にも、経営破綻した米投資銀大手ベア・スターンズおよび米貯蓄金融機関ワシントン・ミューチュアルを手頃な価格で買収している(ただし、その後の長期にわたる訴訟対応など、JPモルガンにとってはネガティブな側面も多かったとの評価もある)。
そして今回、同行は再び金融業界の混乱に乗じて大きな利益を得ることになる。どんな展開が想定されるのか、4項目に分けて整理してみた。
シリコンバレーにおけるプレゼンスの強化
シリコンバレーバンク、ファースト・リパブリック・バンクの相次ぐ経営破綻により、JPモルガンは以前から虎視眈々と狙っていた米シリコンバレーのスタートアップやその創業者を顧客基盤に組み込みやすくなる。
JPモルガンは2022年、起業家の聖地とされ名門スタンフォード大学もある米カリフォルニア州パロアルトに技術イノベーションのためのキャンパスを開設。
最近も、アーリーステージのスタートアップと投資家を結びつけるプラットフォーム「キャピタル・コネクト」を立ち上げたばかりだ(米CNBC、3月22日付)。
このタイミングでファースト・リパブリック買収に成功したことで、JPモルガンはシリコンバレーにおける顧客基盤の拡大を加速できる。
JPモルガンが5月1日に買収合意を発表した際のプレゼン資料によれば、ファースト・リパブリックの全米84支店のうち32支店がサンフランシスコ・ベイエリアに位置する。残りの支店も、同行が「魅力的なロケーションと富裕層市場」と評価するニューヨーク(13支店)やロサンゼルス(10支店)などにある。
JPモルガンが買収合意の発表時に示したプレゼン資料。
JPMorgan investor presentation
金融・投資専門調査会社CFRAリサーチのエクイティリサーチ責任者ケン・レオン氏は、JPモルガンのファースト・リパブリック買収について、同行が「カリフォルニア州北部に拠点を置くベンチャーキャピタルやテック業界の潜在的な預金需要を獲得する」ことを意味すると、5月1日付の投資家向けレポートで指摘する。
ま同日開催されたアナリスト向けのオンライン説明会では、JPモルガンのジェレミー・バーナム最高財務責任者(CFO)が、北カリフォルニアの市場は特に魅力的だと強調している。
富裕層向け資産管理アドバイザーの補強
JPモルガンのウェルスマネジメント(富裕層向け資産管理)部門も、ファースト・リパブリック買収によって後押しされることになる。
ファースト・リパブリックが抱える約150人の資産管理アドバイザーたちは今後、ブローカー(取引仲介)部門のJPモルガン・アドバイザーズに加わるとみられる。
経営破綻直前の4月24日に発表した第1四半期(1〜3月)決算によると、ファースト・リパブリックの富裕層向け管理資産残高は2895億ドル(約39兆円、1ドル135円換算)、手数料収入など売上高は2億2300万ドル(約301億円、四半期)だった。
前出CFRAリサーチのアナリスト、アレクサンダー・ヨーカム氏はInsiderの取材に対し、次のような見方を語った。
「ファースト・リパブリックの顧客ごとにカスタマイズされたサービスは非常に好評でした。
買収後も(高い評価を受けていた)資産管理アドバイザーを手放すことなく、経営不安の中で相次ぐ離脱を最低限に食い止めることができれば、JPモルガンはかなり有利になると思います。
何と言っても、ファースト・リパブリックの資産管理アドバイザーが抱える顧客はベイエリアの超富裕層なのです」
JPモルガンは、2019年後半にクリスティン・レムカウ氏をウェルスマネジメント部門のリーダーに任命して以来、資産管理アドバイザーチームの強化に力を入れてきた。2021年には、今後数年かけて採用を増やし、アドバイザーの人員数を450人(当時)から1000人へと倍増させる方針を明らかにした。
ファースト・リパブリックの富裕層向け資産管理部門も、超富裕層向けサービスの強化を目指して数年前から資産管理アドバイザーを積極的に採用してきた。
ここ数週間、同行の資産管理アドバイザーがモルガン・スタンレーやUBS、カナダロイヤル銀行など金融大手に集団移籍するケースが相次いでいるとの報道(ブルームバーグ、4月25日付)もあるが、JPモルガンの経営陣は買収によって資産管理アドバイザーチームが落ち着きを取り戻し、人材流出が止まる展開を期待しているようだ。
ダイモンCEOは買収合意に関するアナリスト向け説明会の場で、質問に答えてこう語った。
「優秀な人材には残らず会社にとどまってほしいと考えていますが、私の知る限りこうしたディールに際しては、各行の採用担当が我先にと殺到するのが通例です。とは言え、活躍の場として当行を選びとどまるのは素晴らしい選択だと思います」
同CEOは、富裕層向けビジネスに関してファースト・リパブリックの有する知見を学ぶ絶好の機会だとも語った。
「私自身の経験から言わせてもらえば、買収先のほうがはるかに優れた発想や手法を持っている分野があったというのはよくある話で、そこから学べばいいのです。今回の買収で言えば、富裕層の顧客にいかに応えていくべきかを学ぶ機会になるでしょう」
財務的には総じて素晴らしいディール
各種の数字を詳細に見てみると、今回の買収はJPモルガンにとって実り多きディールと言っていい。
同行はファースト・リパブリックの貸出債権1730億ドル(約23兆3500億円)、証券300億ドル相当、預金920億ドル(3月にJPモルガンが財務支援のため拠出した50億ドル含む)を引き取る。
落札価格、すなわち米連邦預金保険公社(FDIC)への支払額は106億ドル。買収完了に伴う一時利益として26億ドルを見込む。ただし、そのうち約20億ドルは2023〜24年にかけてリストラ費用として支出に回る想定。したがって、JPモルガンが買収から得る純利益は「控えめに見積もって」(バーナムCFO)5億ドル超となる。
米銀大手ウェルズ・ファーゴのアナリスト、マイク・メイヨ氏は5月1日付の調査レポートで、今回の買収を「財務上の押し上げ効果が高く」「戦略的に一貫性がある」と分析し、「巨大で堅固なバランスシートの価値を再び発揮した」と評価した。
また、ファースト・リパブリックは膨れ上がる貸出債権や債券の含み損、流出する預金、急落する株価など財務上の苦境から抜け出すのに悪戦苦闘し、最終的にその戦いに敗れたが、15年前の世界金融危機時に破綻した金融機関に比べれば、資産状態は全く良好で、債権の貸し倒れリスクは高くないし、簿外債務があるわけでもない。
現時点で、ダイモンCEOは買収に伴うリスクは比較的低いと語っている。
「基本的には、極めてクリーンな銀行を、最もクリーンな形で手に入れることができるのだと思っています。もちろん、(世界金融危機時のような)住宅ローン危機があるわけでもなく、かなり良いディールになると感じます」
ダイモンCEOは再び英雄になったようだ
2008年にワシントン・ミューチュアルとベア・スターンズの救済に乗り出したダイモンCEOは、両行の買収後に投資家への賠償金や和解金、世間からの批判、当局の規制など次々と災厄に襲われ、不満をぶちまけるまで時間はかからなかった。
2012年10月、ダイモンCEOはこう語っている。
「私たちは要請を受けたからやったのです。巨大なリスクを引き受けました。今日までに私が知り得たことを全て了解して過去に戻れたら、もう一度ベア・スターンズを買収するでしょうか?」
今回、ダイモンCEO率いるJPモルガンは、2008年のように自らの名声に傷をつけることなく(当時、ダイモンCEOは「オバマ大統領のお気に入りバンカー」などと非難を受けた)、なおかつ当時より大きな利益を確保する形で、ファースト・リパブリックを支援(ひいては広く銀行システムを支援)しようとしている。
「銀行システムは極めて堅調です」「その面での危機は終わりました」「とりあえず深呼吸できるところまでは来ました」
ダイモンCEOは前出の説明会でそう語り、不動産分野の停滞と今後の金利上昇はまた別の問題であると指摘した。
そして、少なくとも金融業界アナリスト1人はダイモンCEOの見方に同意する。前出ウェルズ・ファーゴのマイク・メイヨは調査レポートにこう記している。
「JPモルガンによるファースト・リパブリック買収により、(シリコンバレーバンクの破綻に始まる)銀行危機は最終段階を迎えたと、当行は考えています」