ispaceの月面着陸船から、花王・ライオン開発「宇宙用」生活用品まで。お台場・科学未来館に宇宙目指す企業が集う

表紙

日本科学未来館で開催している「NEO 月でくらす展」

撮影:三ツ村崇志

GWも中盤、東京・お台場にある日本未来科学館では、特別展「NEO 月でくらす展 ~宇宙開発は、月面移住の新時代へ!〜」(以下、月でくらす展)が開催されている(開催期間:4月28日〜9月3日)。

展示の舞台は2040年の月面。1000人が常駐し、年間約1万人の旅行者が訪れることを想定した月面基地のくらしを“体験”できる。

立命館大学の佐伯和人教授。

月でくらす展の監修を務めた、立命館大学の佐伯和人教授。

撮影:三ツ村崇志

監修を務めた立命館大学の惑星地質学者の佐伯和人教授は展示の見どころをこう話す。

「宇宙飛行士か科学者じゃないと宇宙に関われないと思っている方が非常に多いです。けれども、宇宙に経済活動が広がった時代には、あらゆる職業が宇宙に行きます。では、どういう職業が宇宙に行くのか。色々なアイデアが展示の中に散りばめられていますので、体験していただきたいです」

宇宙航空研究開発機構(JAXA)やアメリカ航空宇宙局(NASA)といった研究機関のほか、すでに多くの企業が宇宙に経済活動が広がった時代に向けたプロダクトの開発を進めている。

企業による月面開発プロジェクトを中心に、展示を紹介する。

民間初の月面着陸に挑んだ「着陸船」の実寸模型

「HAKUTO-R」で民間初の月面着陸を目指したランダーの実寸大模型。

ispaceの月面探査プログラム「HAKUTO-R」で民間初の月面着陸を目指したランダーの実寸大模型。手前に並んでいるのはローバーの模型。

撮影:井上榛香

月面で生活するには、月面環境や水の分布を調査するロボットや探査車(ローバー)、それらを月面に運ぶ着陸船(ランダー)の開発が必須だ。

月でくらす展では、4月26日に月面着陸に挑んだ日本のスタートアップispaceの月面探査プログラム「HAKUTO-R」で民間初の月面着陸を目指したランダーや、ispaceが開発するローバーの実寸大模型が展示されている。

ispaceが開発するローバーの模型。

ispaceが開発するローバーの模型。

撮影:井上榛香

ispaceのランダーには約30kgのペイロード(荷物)が搭載可能。月面着陸に挑戦したランダーには月面探査ローバーなど7つのペイロードが搭載されていた。最終的にこのランダーは、月面付近で通信が途切れ、軟着陸に失敗

代表取締役CEOの袴田武史氏は

「現時点では月面着陸完了の見込みがありませんが、着陸フェーズまで実行できたことで多くのデータと経験を獲得でき、このミッションの意義を十分に達成したと考えております。重要なのは、この知見と学びをミッション2以降にしっかりとフィードバックし、この経験を活かすことです」

と今後に向けた意気込みを語っている。

2024年には2回目のランダーの打ち上げが計画されており、着陸に成功すればispaceが開発した月面ローバーによる月面探査も実施される予定だ。

VRで「月面プラント」を探検

日揮グローバルが開発する月面プラントのVR。

日揮グローバルが開発する月面プラントのVR。

撮影:井上榛香

NASAが主導するアルテミス計画をはじめとする月面開発では、月面で採掘した水資源から燃料を生成する構想がある。月面で生成した燃料は、地球や火星に向かうロケットの燃料としての使用が期待されており、月面に大規模なプラントを建設する未来もあり得る。

月でくらす展では、月面の砂(レゴリス)に含まれる水分を抽出し、ロケットの燃料を生成する「月面プラント」をVRで探検できるコーナーが設けられている。VRを制作したのはプラントエンジニアリング大手の日揮グローバルだ。

※VRを体験できるのは13歳以上。

日揮グローバルは月面プラントの構想検討を進めており、2021年6月にはJAXAと連携協力協定を締結している。

日揮グローバルの担当者によると、VRの見どころは「月面のクレーター地形を生かしたプラント装置の配置になっている点」だという。

地上のプラントは一般的に整地された更地に建設される。一方、月面では隕石の衝突などでできた巨大なクレーター内に設備を建設する想定だ。

VR内では太陽光が当たらないクレーターの底のレゴリスを採掘・収集する装置やレゴリスから水を抽出・電気分解する装置を再現。さらにクレーターの斜面には放熱装置、クレーターの外には生成した水素ガスと酸素ガスを液化する装置やそられを貯蔵するタンク、燃料の充填装置などが配置されており、VRではその設備を順に見学できる。

JGC

VRのイメージ。

画像:日揮グローバル

VRの最後には、宇宙船が離発着する「月面港」で自由にジャンプを楽しめる時間がある。日揮グローバルの担当者は

「月面では、ふわっとジャンプすることができ、6分の1重力を体感することができます。ちょうど、月でくらす展の月面ゾーンにはワイヤーを使った『月面重力体験ミッション』もあり、その比較もおもしろいと思います」

と取材に答えた。

野球ボールサイズの変形型月面ロボットの操作体験も

変形型月面ロボット「SORA-Q」のフラッグシップモデル。

変形型月面ロボット「SORA-Q」のフラッグシップモデル。

撮影:三ツ村崇志

JAXA、タカラトミー、ソニー、同志社大学が共同開発した変形型月面ロボット「SORA-Q」も見どころの一つだ。SORA-Qは野球ボールとほぼ同じ直径8cmの球形で、拡張変形することで二輪で走行が可能になる。カメラで周辺環境を撮影し、地球に送信する。

月でくらす展では4月13日にタカラトミーが発売を発表したSORA-Qのおもちゃ版「SORA-Q Flagship Model」の操作体験が可能だ。

SORA-Qの開発にはタカラトミーがおもちゃ作りで培った技術が生かされている。

4月13日に開催されたFlagship Modelの発表会では、SORA-Qの開発に携わったJAXAの研究開発員 平野大地氏がSORA-Qの形状について説明した。

「部品の点数を抑えようとすると、一つひとつのパーツの形状が複雑になってしまい、簡単には作れなくなってしまいます。タカラトミーさんはおもちゃ開発で培ってきた経験、例えば、拙作の機械をどう使ったらいいかなども含めて設計していただきました。車輪は半球で中がくり抜かれていて、穴も空いている複雑な形状ですが、一つのパーツとして出来上がっているところがすごいなと思います」

操作体験ではぜひSORA-Qの「形状」にも注目してほしい。

なお、SORA-Qは4月26日に月面着陸に挑戦したispaceのランダーに搭載されたペイロードの一つ。当初は月面着陸後、約4時間にわたって月面を探査する計画だったが、ランダーの軟着陸失敗を受けてJAXAは探査を断念すると発表している。

SORA-Q は8月以降に打ち上げが予定されているJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」にも搭載され、再び月面を目指す。

大気がない月面を走る「金属製」のタイヤ

ブリヂストンが開発する月面探査車用タイヤ。

ブリヂストンが開発する月面探査車用タイヤ。

撮影:井上榛香

SORA-Qの操作体験ブースの奥には一風変わったタイヤが展示されている。

タイヤメーカーのブリヂストンが開発中「月面探査車用タイヤ」だ。

月面には大気がない上、昼夜の気温差が大きく宇宙線も降り注ぐ。そのため、地上で使われているようなゴム製のタイヤは使えない。そこでブリヂストンは「ステンレス製」のバネと細かな金属繊維を束ねて柔らかいタイヤを考案した。

近くで見ると、繊維状になっている様子がよく分かる。

近くで見ると、繊維状になっている様子がよく分かる。

撮影:井上榛香

アルテミス計画による有人月面着陸を見据えて、各国が有人月面車の開発に取り組んでいる。日本はJAXAとトヨタ自動車が中心となり、いち早く有人月面車の開発に着手した。

ブリヂストンはJAXAとトヨタ自動車らの有人月面車の開発に参画しているほか、アメリカのTeledyne Brown Engineeringらの有人月面車開発チームにも参画している。

ブリヂストンの担当者に開発の状況を尋ねると

「月面の過酷な環境でも安心・安全に走行できるタイヤを目指して、様々なパートナーと研究開発を進めている。その一環として、(鳥取)県が月面実証フィールドとして整備を進めている鳥取砂丘でタイヤの実証実験を始めている」

と回答があった。

月面の砂を改良。作物を育てる土壌を現地調達

人工土壌を使った畑のイメージ。

人工土壌を使った畑のイメージ。

撮影:井上榛香

月での暮らしの様子が分かる「月面基地ゾーン」では、「作物研究室」のイメージが展示されている。ここで注目したいのは、月面の砂「レゴリス」を改良して作ることを想定した土壌だ。

地球から38万km離れた月面に物資を輸送するコストは1kgあたり1億円以上かかると言われている。そのため、月面ではあらゆる資源や生活物資、食料の自給自足を目指さなくてはならない。

作物研究室で展示されている土壌を開発したのは、総合建設企業の大林組と人工土壌を開発する名古屋大学発ベンチャーTOWING。共同でレゴリスの模擬砂と有機質肥料を用いた植物栽培を実証実験し、コマツナの栽培に成功したことを2022年2月に発表した。

展示されている人工土壌。

展示されている人工土壌。

撮影:井上榛香

1980年代から宇宙開発の研究を推進してきた大林組は、JAXAとの共同研究でマイクロ波やレーザーでレゴリスから建設材料を製造する技術を培ってきた。この技術とTOWINGの技術や知見を組み合わせ、レゴリスを高温で焼き固めながら、肥料を養分に分解する微生物が定着しやすいように直径約0.2mmの穴が空いている人工土壌を実現している。

生活雑貨も宇宙仕様に

月面コンビニ

将来できるかもしれない月面コンビニのイメージ。店内放送も作り込まれていた。

撮影:三ツ村崇志

いわゆる生活必需品も、月というシチュエーションでは少し工夫が必要になる。月面基地ゾーン内にある「月面コンビニ」では、すでに販売実績がある製品や、宇宙だけでなく地上での使用も期待されている製品が並んでいた。

ライオンが開発する「すすぎが簡単なハミガキ」。

ライオンが開発する「すすぎが簡単なハミガキ」。

撮影:井上榛香

ライオンからは「すすぎが簡単なハミガキ」が。

宇宙では水資源は貴重なため、地上と同じように水を使って口をすすぐことができない。JAXAによると、国際宇宙ステーション(ISS)では歯みがき後の口の中にある泡は、飲み込むかタオル等に吐き出さなければならないという。

そこでライオンは、泡立ちが少なく、口に残りにくいハミガキ粉を開発した。このすすぎが簡単なハミガキはJAXAの若田光一宇宙飛行士がISSに滞在する際も持ち込まれた。

花王が開発したスペースシャンプーシート。

花王が開発したスペースシャンプーシート。

撮影:井上榛香

花王が開発した「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」は、若田宇宙飛行士がISS滞在時に持ち込まれた「3D Space Shampoo Sheet」を商品化したもの。4月3日から数量限定で一般向けに発売された。

ISS内でシャンプーシートを手に取る若田光一宇宙飛行士。

ISS内でシャンプーシートを手に取る若田光一宇宙飛行士。

画像:JAXA/NASA

開発を担当したライフケア事業部門へルス&ウェルネス事業部の寺田英治部長は、「おかげさまで完売となりました。洗髪したくてもできない場面、アウトドア、キャンプ時や、入院時、介護、災害時の備えなど多くの場面で使用したい旨の意見とともに、使用して頭皮がさっぱり、気持ちよかった等の好評の意見を頂いています。今後再販に向け前向きに検討したいと思います」と反響を語った。

編集部より:初出時、JAXAと連携協力協定を締結した企業を「日揮HD」としていましたが、正しくは「日揮グローバル」でした。お詫びして訂正致します。 2023年5月8日 19:00

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