2016年に1号店をオープンしたluckin coffee。1万店舗達成が目前だ。
Reuters
luckin coffee(瑞幸珈琲)が、中国のコーヒーチェーン市場で初めてとなる1万店舗体制に間もなく到達する。スターバックスが1999年に上陸するまではコーヒー文化がほとんどなかったが、四半世紀を経て徐々に受け入れられ、海外進出に乗り出す企業も現れた。ゼロコロナ政策が終了し、経済が正常化に向かっている2023年は、スタバをはじめ多くのコーヒーチェーンが出店攻勢を強めており、拡大と淘汰の一年になりそうだ。
1~3月で1000店超出店
luckin coffeeは5月1日、2023年1~3月期決算を発表した。売上高は前年同期比84.5%増の44億3670万元(約860億円、1元=19.4円換算)。既存店売上高は同29%伸びた。純利益は5億6000万元(約108億円)で、前年同期(1984万元)の3倍近くに増えた。
同社の今年3月末時点の店舗数は9351店。2022年3月末は6580店舗だったので1年間で2771店、今年に入ってから1000店以上増加した。2022年10~12月はゼロコロナ政策によって出店がやや鈍化していたが、同政策終了後、一気に拡大体制に入ったことが分かる。 2018年に1号店を出店した luckin coffeeは今年初めに「2023年前半に1万店舗」の目標を掲げていたが、今のペースで行けば5月中に達成しそうだ。
中国スタートアップを5~10年ウォッチしてきた人にとって、luckin coffeeはシェア自転車のofoやモバイクと並ぶ、印象深い一社だ。いずれも彗星のように現れ、中国の主要都市を短期間のうちに自社のプロダクトで埋め尽くして「中国式イノベーション」の代表格としてもてはやされた。ただし、凋落のスピード感も驚異的で、ofoは事実上の破産、モバイクはテンセント系のメガIT企業「美団」に吸収され、luckinも経営陣の不正会計によって一時は退場寸前だった。だがその後、体制を一新して経営再建に取り組み、新商品「ココナッツラテ」の大ヒットを追い風に堂々の復活を遂げた。
スタバの業績も急回復
中国にコーヒー文化を持ち込んだスターバックスもゼロコロナ政策終了後、中国市場の業績が上向いている。同社が2日に発表した2023年1~3月期決算は、売上高が前年同期比14.2%増の87億1980万ドル(約1兆1800億円、1ドル=135円換算)、純利益が34.7%増の9億830万ドル(約1220億円)で、いずれも市場予想を上回った。前の期に販売減となった中国市場の回復が寄与したという。
約6200店舗が立地し、スタバにとって北米に次いで2番目に大きい市場である中国は、1~3月期の売上高が3%増え、既存店売上高は3%増と2021年10~12月期以来初めてプラスに転じた。スタバは2025年までに中国で9000店舗体制にし、従業員を2022年9月比で3万5000人増員して約9万5000人にする目標を掲げており、1~3月は中国で153店舗を出店した。
スターバックスが2017年に上海にオープンした高級ラインのリザーブ ロースタリー。
Reuters
中国のコーヒー市場はスタバがつくりあげたと言っても過言ではない。嗜好品としての飲料はミルクティーが支配的地位を占めており、2000年代後半時点でも飲食店でコーヒーを飲む人はホワイトカラーの流行に敏感な層に限られていた。彼らとてコーヒーを求めて飲むのではなく、ファッションやトレンドとして消費していた。
2013年に来日した中国人女性(37)は、「日本では街の至るところにコーヒーショップがあって、金持ちじゃない人も普通に利用しているのが印象的だった」と振り返る。日本と中国ではそれくらいの格差があったのだが、2010年代後半から、少なくとも都市部ではコーヒー店を探すのに苦労しなくなり、luckin coffeeが2018年から2019年にかけて店舗を急拡大したことで、習慣としてのコーヒー文化も急速に浸透していった。
海外ブランドと中国新興の戦い
カナダのコーヒーチェーン「Tim Hortons」もテンセントと組んで中国に進出した。
Reuters
アリババグループのフードデリバリー部門餓了麼(ele.me)が作成した「2023年中国ティードリンク・コーヒー業界白書」によると中国のコーヒー市場規模は2017年に284億元(約5500億円)だったのが2022年に1191億元(約2兆3100億円)と5倍に増えた。コーヒー関連企業は2022年だけで3万5500社設立されている。
luckin coffeeが2010年代後半に「スタバキラー」と呼ばれたように、コーヒーチェーンにとってはスタバが中国コーヒー文化の祖であり、ベンチマークだった。だが市場の拡大に伴い、ビジネスパーソンに「第三の場所」を提供するスタバのビジネスモデルを踏襲する中国企業は減っている。スタバの真似をすれば店舗運営コストがかかって規模拡大の足かせとなり、より小回りの利くビジネスモデルに淘汰されるからだ。
中国のコーヒー店は、1000店舗以上を展開する数社と、10社以下の小規模チェーンあるいは個人経営店に二極化してきたが、業態としては下記の3パターンに集約されつつある。
1. スタバモデル
店舗面積が比較的大きく、好立地のオフィス街やショッピングセンターに入居する。1杯あたりの価格は30~40元(約580~770円)台で、ビジネス用途を想定。スタバの他には英大手で2006年に中国上陸したコスタ・コーヒー(Costa Coffee)、2019年に中国に進出し、Z世代が照準のカナダ大手「Tim Hortons」などがある。前述したように、かつてはコーヒーチェーンの「標準」だったが、中国企業の多くは競争に敗れている。
2. luckin coffeeモデル
店舗を急拡大しているチェーンのほとんどがこの方式。店舗面積は狭く、オフィスビルや商業施設の一角にコーヒースタンド形式で出している座席のない店舗も多い。出店コストが低いほか従業員教育の負担も軽く、フランチャイズ経営に向いている。1杯あたりの価格帯は10~20元(約190~380円)で、コンビニコーヒーとスタバの中間くらいだ。
10元未満の価格帯で中小都市を中心に2000店舗以上に展開する「幸運珈」、luckin coffeeの創業メンバーが昨年10月に立ち上げ、既に2000店舗以上を出店した「庫迪咖啡(Cotti Coffee)」、2020年10月に1号店をオープンし、100店舗以上を構える挪瓦咖啡(NOWWA COFFEE)などがある。
3. スペシャルティコーヒーチェーン
コーヒー豆や焙煎方式にこだわり、コーヒーそのものの味を楽しみたい消費者をターゲットにしている。店舗は上海、広州など一級都市に集中し、1杯あたりの価格は40元(約770円)以上と高め。上海発の「SeeSaw」や京都にも店舗のある「%Arabica(アラビカ)」が代表格。
2023年は戦国時代の様相
ゼロコロナ政策の足かせが外れた2023年は、各社が出店攻勢を強めるのは必至だ。中国の新興チェーンはニーズがあるから出店するのではなく、ティードリンク企業も含めた競合の生存領域を減らすための出店戦略を取っており、一つの地域に集中的に店舗を出すことで、1店舗あたりの運営コストを下げようともしている。
大都市での出店余地は少なくなり、スターバックスやluckin coffeeなど大手は中小規模都市での拡大に移っている。海外を見据える企業もあり、luckin coffeeが3月末にシンガポールに進出し、2店舗の試験営業を始めたほか、新興チェーンの「9㎡珈琲」は年内に欧州で200店舗を展開する計画を立てている。
一方で、中国の中小都市はコーヒー消費の習慣が定着しておらず、大都市とは同じようにいかないとの指摘もある。大規模出店の裏では大規模閉店、淘汰も起きており、コーヒーチェーンの戦国時代が佳境を迎えそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。