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アメリカ経済はすでにリセッション(景気後退)に入っている——。フランスの金融大手ソシエテ・ジェネラル(Societe Generale)のストラテジスト、アルバート・エドワーズ(Albert Edwards)氏はそう考えている。
「アメリカの公的な先行指標はリセッションが確定したことを告げている。明日でも来週でもない、今日だ」と、20年以上前にドットコムバブル崩壊を予測した同氏は5月4日に顧客向け文書で述べた。
エドワーズ氏が「公的な先行指標」と呼んだのは、米非営利調査機関コンファレンスボード(全米産業審議会)のアメリカ景気先行指数のこと。10項目の景気先行指標をまとめたもので、現在、過去にリセッションが始まった時期と一致する水準にある。下図のグレー部分だ。
コンファレンスボードのアメリカ景気先行指数
Societe Generale
景気先行指数が示しているとはいえ、米労働省が5月5日に発表した4月の失業率は50年以上ぶりの低水準となる3.4%まで低下し、非農業部門雇用者数は予想の18万人増を上回る25万3000人増となったことを考えると、すでにリセッションに入っているとの主張には首をかしげたくなるかもしれない。
しかし今後数カ月、さまざまなデータが出るなかで、エドワーズ氏はニュースとなる数字ではなく、ディテールに注意を払うようにと語る。
「雇用者数とGDPが依然として伸びていて、多くの他のデータも堅調ではなくとも、問題ないように思えるのに、なぜリセッションに入っていると言えるのか?」とエドワーズ氏は述べ、次のように続けた。
「その答えは、2008年初頭と同様、データの改定にある」
案の定、5日に発表された2月と3月の雇用統計の改定値は、労働市場の軟化を表している。
2月の雇用者数は32万6000人増から24万8000人増に、3月の雇用者数は23万6000人増から16万5000人増に下方修正された。3月の増加数は、雇用者数がマイナスとなった2020年12月以降で最も小さく、過去6カ月の平均29万人を大きく下回った。
雇用者数の増加数
Federal Reserve Bank of St. Louis
企業収益と株式パフォーマンス
リセッションがすでに進行しているとの見解を踏まえ、エドワーズ氏は今後の企業収益について「極めて長い道のりになる」と弱気な見方を示している。
さまざまなコストが上昇しているにもかかわらず、利益率がまだ上昇していることが特に問題だという。通常、企業にとってコスト上昇は利益率を圧迫する。
コストと利益率の推移(金融業を除く)
Societe Generale
「コストが急上昇している時に、利益が上昇していることは、企業のグリードフレーション(インフレを理由に価格を必要以上に上げること)の明確なサイン」「通常ではありえないことだ」
エドワーズ氏はそう語った。
企業が利益を挙げるために高コストを維持することは、皮肉にも、インフレをさらに煽ることになり、自らを傷つけることになるとエドワーズ氏は述べている。根強いインフレは、金融政策の引き締めを意味すると続けた。
「投資家は、ミクロの企業レベルでは利益につながるため『グリードフレーション』を推奨しているが、インフレと金利に対するマクロ的な意味合いは、より深いリセッションが長く続くことを表している」とエドワーズ氏はInsider宛てのメールに記している。
「リセッションは利益率と利益の崩壊を招き、多くのダメージを与えると考えている」
そうしたダメージには、株式市場の低迷も含まれるだろう。株式市場のパフォーマンスは、企業の利益や収益と密接に結びついている。今まさに投資家は利益率や収益のパフォーマンスに大きく期待している。
ほかの意見
米投資銀行モルガン・スタンレーの最高投資責任者(CIO)、マイク・ウィルソン(Mike Wilson)氏は、投資家は収益と利益率の方向性について楽観的すぎると5月1日の顧客向け文書で述べた。
「業績修正幅の回復を牽引しているのは、2023年下期と2024年のEPS(1株あたり純利益)の伸びが上方転換するとの期待だ。また、企業はすでに経費の適正化を終え、利益率の拡大が可能になったとの見方も根底にある」とウィルソン氏は述べ、次のように続けた。
「私たちは、こうした主張に敬意を表しつつ反対する。私たちの収益モデルや営業レバレッジのマイナス説に反しているから」
ウィルソン氏は、S&P500は今後数カ月で3000〜3300の間まで下落し、年末には3900まで回復すると予想している。現在は4135付近で推移しているため、3000まで下落すると27%下落となる。
UBSグローバル・ウェルス・マネジメントのCIO、マーク・ヘーフェル(Mark Haefele)氏も、市場はダウンサイドリスクを十分に織り込んでいないようだと述べる。
「我々の見解では、市場はアメリカ経済がほぼ完璧に着地する可能性を高く見積もっている」
コメリカ・ウェルス・マネジメントのCIO、ジョン・リンチ(John Lynch)氏も今後の利益の縮小を警告している。
「最近のデータは予想を上回っているが、EPSの低下は歴史的に雇用と資本投資の削減の前兆となる」とリンチ氏は顧客向け文書に記した。
「売上高と利益率へのプレッシャーを考慮すると、今後数カ月のうちに企業はコストを抑制し、経済活動と金融市場のパフォーマンスの重荷になることが予想される」
労働市場に関する見解では、エドワーズ氏はパンテオン・マクロエコノミクス(Pantheon Macroeconomics)のチーフエコノミスト、イアン・シェファードソン(Ian Shepherdson)氏と同意見だ。シェファード氏は、労働市場は投資家が考えているよりも早く崩壊する可能性が高く、利上げの遅効性とこの数週間で拍車がかかった信用収縮はリセッションが目前に迫っていることを意味するとInsiderに語った。
「過去のサイクルを見ると、雇用者数はかなりのスピードでOKから最悪になる」とシェファード氏。
「過去の実績をベースにしたデータを見ている人たちが、『ここ数カ月、雇用者数増はまだ20万人を超えている。だからすべて問題ない』と言っていることに非常に不安を感じている。問題がなかったという意味であって、今後も問題がないことを保証するわけではない」
市場は、今後数週間〜数カ月間に多くのハードルに直面する。米連邦準備制度理事会(FRB)は次回の会合で利上げを一時停止する可能性が高いが、2023年末まで最終的なピーク金利を維持する意向を表明している。
銀行も融資を控えており、消費者と企業の支出に負担がかかっている。また、米政府は早ければ6月に債務不履行(デフォルト)に陥るリスクがあり、債務上限の引き上げをめぐる対立が続いている。
さらに、銀行の破綻が続く可能性もある。ファースト・リパブリック銀行、シリコンバレー銀行、シグネチャー銀行はすでに破綻している。
もちろん、強気な見方もあり、インフレ率は引き続き低下し(3月には5%となり、昨年のピーク時の9.1%から低下)、堅調な労働市場が維持されるシナリオに賭けている。エドワーズ氏が示唆しているように、このシナリオが実現するかどうか、今後数カ月の雇用者数の修正に注目したい。