なぜデンマーク人の英語力は30年で劇的アップしたのか。アメリカ人も驚く変貌ぶり、「まったく話せない」はわずか5%

北欧はなぜ幸福の国になれたのか

小学5年生のエリンちゃんは、学校以外で英語を勉強したことは特にない。それでも、英語での受け答えはほぼ完璧だった。

撮影:井上陽子

北欧・デンマークに来て驚いたことの一つが、デンマーク人の英語力の高さだった。

以前、この連載で紹介した2人の日本人は、デンマーク語ではなく英語で仕事をしていたのだが、ビジネスの場で英語が使われる場面はかなり多い印象である。私が以前使っていたコワーキングスペースの場合、イベントの参加者にデンマーク語ネイティブでない人が混ざっていると、「じゃあ今日は英語にしようか」とイベント全体が英語に切り替わった。

外国人でも投票できる地方選挙では、聴衆に外国人が多い場合は、公開討論会が英語で行われていた。

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地方選挙の公開討論会。聴衆にはデンマーク在住の外国人が多いとあって、候補者による討論も質疑応答もすべて英語で行われた。

撮影:井上陽子

私が暮らすのは首都のコペンハーゲンだが、英語が話せるのは都会の人に限ったことでもなさそうだ。田舎に住む夫の親戚も、60代くらいまでの人なら、程度の差はあれ英語でコミュニケーションができる。私の日常生活でデンマーク語が必須と感じるのは、3歳の息子と7歳の娘の友達が我が家にやってくる時くらいである(さすがに小さい子はデンマーク語しか話せない)。

そんな環境に甘やかされて、なかなか本腰を入れてデンマーク語を勉強するモチベーションが湧かなかったりするのだが、それは北欧全域の特徴でもあるようだ。

「フィンランド語、全然できません」と笑うのは、北欧のスタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタル「NordicNinja VC」の代表パートナーで、2019年にフィンランドに家族で移り住んだ宗原智策氏である。

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宗原氏は、欧州では数えるほどしかいない日本人ベンチャーキャピタリスト。

撮影:井上陽子

宗原氏はこれまで、英語が話せないスタートアップの経営者にも投資家にも会ったことがないと言い、英語だけで特に問題なく暮らしているそうだ。前職でメキシコに4年間駐在していた時に、日常生活でもビジネスの場でもスペイン語が必須だったのとは大きな違いを感じると言う。

実際、成人の英語力の高さを111カ国で比較した「英語能力指数」のランキング(2022年)では、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランドと北欧諸国はいずれも10位以内で「非常に高い」と位置付けられている(ちなみに、日本は「低い」にあたる80位)。

EF EPI 英語能力指数

(注)EF EPI英語能力指数は、EFがオンラインで無料提供している英語テスト(読解力とリスニング力)の結果に基づきランキング化したもの。調査対象は英語を母国語としない国と地域のみで、2022年版は111の国・地域が参加。

(出所)EF EPI 英語能力指数ランキング(2022年版)より。

なぜ北欧にはこれほど英語が浸透しているのか。宗原氏は、中南米では周辺諸国もスペイン語を使うのに対し、北欧5カ国ではすべて現地語が異なるため、ビジネスの共通言語として英語が使われやすい、と指摘する。そして、もう一つ挙げる理由が「英語を使わないと、チーム作りで損をするから」である。

「スタートアップにしろVCにしろ、仲間作りが肝なわけですが、世界で勝負しようとすると、どれだけいい人材を集められるかが重要になる。その点、共通言語を英語にすれば、人材のプールが一気に増えるわけです」

北欧のスタートアップ企業は「ボーン・グローバル」と言われるように、初めから海外展開を視野に入れている。それぞれが小国で、国内市場の規模が小さいためだ。「解決しようとする課題の大きさはマーケットの大きさでもあり、課題が大きければ大きいほど、スタートアップが将来伸びる可能性も高い。北欧のスタートアップが気候変動やヘルスケアといったグローバルアジェンダに取り組むのは、そのためでもある」と宗原氏は解説する。

競争力のあるデンマーク企業の特徴として、ニッチに特化して高付加価値の商品やサービスをグローバルに展開しているという側面を連載で紹介したように、北欧の企業が国際市場を視野に入れているのは、スタートアップに限らない。

そんな組織を引っ張るトップも、英語力の高さは当然と目されているところがあり、国際会議などで積極的に発言して存在感を強めている。「デンマーク人は英語をストレスなく扱うので、ビジネスの幅が海外に広がりやすい」とは、現地企業で働く日本人の声だ。

で、英語がビジネスに有利なのは分かるものの、長年、英語に四苦八苦している日本人にとっては、どうやったらそんなに流暢になるのかが一番聞きたいところではないだろうか。

今回、1977年にデンマークに移住した米国人にも話を聞いたのだが、当時のデンマーク人は、英語で電話を受けると「少々お待ちください」と言って慌てて英語を話せる人を探していたそうなのである。

英会話教室に通わなくても喋れるようになる小学生

エリンちゃんに初めて会ったのは、彼女が7歳の時だった。私がエリンちゃんの母親と友達になり、自宅に夕食に招かれた時のことだ。その後もたびたび家族ぐるみで会い、大人同士で英語で会話をしていたのだが、10歳になった頃から、エリンちゃんも英語で会話に飛び込むようになってきた。

以来、会うたびに英語力はめきめきと上がり、今回も英語で取材してみたのだが、よどみなく答えるので目を見張った。それでいて、英会話教室などに通っているわけでもないのである。

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エリンちゃんは、英語で分からないことがあると「これって英語でなんて言うの?」と親に尋ねている。ただ、親の側が特に英語を教えたことはないそうだ。

撮影:井上陽子

エリンちゃんは公立の小学校に通っており、英語を学び始めたのは1年生の時から。デンマークの英語教育は1970年代には5年生からだったが、段階的に前倒しとなり、2014年からは1年生まで開始時期が早まった。デンマークの幼稚園では文字の読み書きを教えないので、母国語であるデンマーク語と英語とを、ほぼ同時に学校で習い始めるわけだ。

ただ、エリンちゃんの英語力は小学校で培われたのかというと、そうでもない。

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