イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。読者の方にこちらの応募フォームからお寄せいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
24歳の男です。1月ほど前、大学時代から5年付き合っていた彼女に浮気され、別れました。
大学時代〜社会人になっても仲良く付き合ってきたので、社会人3年が経ったタイミングでプロポーズしようと思っていたところ、実はマッチングアプリで知り合った男と会っており、別れてほしいと言われました。
正直言うと憎んでいるはずなのに、どこかでまだ好きだと感じてしまう自分自身にも悩んでいます。新しい出会いがあっても、彼女と比較してしまいます。マッチングアプリ経由で別の女性と飲んだりしても、ああノリが合わないなとか、好みのタイプではないなと思ってしまいます。加えて、映画を見るとか友達と登山するとか楽しいことをしていても、ふと思い出して胸が痛くなります。
周囲に相談すると、まだ若いからとか、時間が解決してくれるとか言われますが、ぼくはいま辛いこの感情をどうにかできる方法や考え方を知りたいです。何卒よろしくお願い致します。
(GAZEN、20代前半、会社員、男性)
吹っ切るのに1年は必要
シマオ:5年間付き合い、プロポーズまで計画していた彼女に浮気されて別れたということですが、GAZENさんにとっては、かなりショックが大きいでしょうね……。
佐藤さん:GAZENさんには申し訳ありませんが、これは考えても仕方がありません。結論から言うと、諦めて次の恋愛へ行くこと。怨んだり憎んだりすることが一番よくないことだと思います。
シマオ:そうですよね。でも理屈では分かっていても、なかなか気持ち的にすぐには割り切れないものでもあるかなと……。
佐藤さん:それはその通りです。まだ彼女と別れて1カ月でしょう。5年も付き合った訳ですから、気持ちが整理されるのにはまだまだ時間がかかるはず。そういう意味では、周りの人が、時間が解決すると言っているのは基本的に正しいです。ただし、1年は時間が必要だと思いますよ。
シマオ:やっぱり時間なんですね。僕も20代の頃に失恋の経験がありますけど、最初は本当に辛かったなぁ……。
佐藤さん:失恋の喪失感は遅かれ早かれ、誰もが経験することでもあります。もしかすると、GAZENさんは初めての経験だったのかもしれませんね。初めての失恋だと、突然の喪失感に一種のパニックになって、どうしていいか分からなくなってしまう。もう少し若い時期に大きめの失恋を経験していたら、耐性ができて、より冷静に対処できたかもしれません。
結婚前に同棲せよ
シマオ:だとしても、5年間も付き合って結婚しようと思っていた相手がマッチングアプリで知り合った相手に行ってしまうのはショックだと思うんですよ。もし自分だったら、しばらく立ち直れないかも……。
佐藤さん:ものは考えようでもあります。元彼女がマッチングアプリで見つけた相手の方と浮気してしまったということは、そのような人と結婚したら、それこそ常にネット上にいる理想の男性たちと比較をされ、不満を感じて不倫、あげく離婚……なんてことにもなったかもしれない。
そうなると被害と痛手はより大きくなったと思います。今のうちにそれが分かったことは、むしろ良かったと考えることだってできるはずです。
シマオ:なるほど……。それは確かにそうですね。何か今後に生かす上で、社会人の恋愛はこう発展させていくのがいいというのはあるのでしょうか?
佐藤さん:結婚してもいいかも、と思った相手なら同棲するのが一番だと思います。そうすれば相手にもこちらの覚悟が伝わるし、相手のことをもっと深く知ることができます。
シマオ:そうか、次の段階に進むことで2人の関係がより近いものになっていったかもしれないということですね?
佐藤さん:その通りです。結婚とは、ただ生活が続くということ。恋愛とはまた違うものです。デートでよそ行きの服を着て、お互いにいいところばかり見せ合っていたら分からない部分がある。
同棲することで、良くも悪くも相手の普段の姿を知って、習慣や癖といった素の部分も知ることができる。それでも互いに愛し、許し合えるかどうかを確認することが大事なんです。
シマオ:それでもし「この人と生活していくのは無理だ」となれば、別れてまた別の方と付き合い、同棲を試してみればいいですもんね。
「不幸の製造機」にだけはならない
佐藤さん:一番いけないのは、いまの感情に任せて相手を恨んだり、しつこく復縁を求めたりすることです。なぜなら、その道はそのままストーカーにつながっているからです。
シマオ:最近は、残念ながらそういう事件が多いように感じます……。
佐藤さん:もし、自分にそういった傾向がすでに見られると不安に感じるようでしたら、カウンセラーとして多くのストーカー事件の解決に関わってきた小早川明子さんの『ストーカー 「普通の人」がなぜ豹変するのか』という本を読んでみるといいでしょう。
シマオ:どういった内容なんでしょうか?
佐藤さん:まず、この本によるとストーカーの定義は「特定の人に対する過剰な関心と、過剰な接近欲求により、無許可接近をする人」ということです。
シマオ:相手の許可を得ずに近づくと、それだけでストーカーとされる場合がある訳ですね!
佐藤さん:ですから、失恋直後というのが実は一番危ない。誰もがストーカーになる可能性があると考えた方がいいでしょう。つまり何とか「ヨリを戻したい」という気持ち、寂しさや辛さでついメールや電話をしてしまう。それがすでに気持ちの離れた相手にとっては、立派な無許可接近、すなわちストーカー行為となる訳です。
シマオ:フラれた挙句にストーカー扱いというのは辛すぎますが、冷静に考えるとそうなる訳ですね……。
佐藤さん:恋愛は自分がどれだけ自分が好きでも、相手がどう思うかは分からないし、コントロールすることはできない。それをなんとかコントロールして自分の欲求を通そうと無理が生じる。思い通りにならないと相手を怨み、憎むようになる。相手がますます離れていくと、それだけ憎しみと怒りが増幅し、復讐してやるとエスカレートする。
シマオ:ふぅーっ……気が重くなる話ですね……。
佐藤さん:小早川さんいわく、ストーカー行為はされる方も地獄ですが、する方も辛い。なぜなら自分が被害者だという意識があるからです。憎しみと復讐に時間と労力を奪われるだけじゃなく、それで警察沙汰になったり、周囲の信用を失ったりして、結局どちらにとっても失うものしかない。小早川さんはストーカー行為を「不幸の製造機」と呼んでいますが、まさにその通りだと思います。
シマオ:失恋した直後は誰もが「不幸の製造機」になる可能性があるということですね。
佐藤さん:そうです。まずはその危険性に気づいて、絶対にストーカーにはならないという気持ちを持つことが大事です。気持ちに負けてメールしたり電話したり、ましてや会ってほしいと付きまとったりしないこと。辛いですが、まずは3カ月頑張ってみてください。そうすると、気持ちがだいぶ落ち着いてくると思います。
シマオ:3カ月かぁ……。何もしないというのが大事と分かっていても、お酒なんか飲むとついついLINEや通話をしたくなったりしますよね。
佐藤さん:それが一番ダメですよ。お酒の力を借りるのは、それこそストーカーの入り口です。
代理経験によって感情を浄化する
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佐藤さん:代わりに私がお勧めするのは、とにかく「代理経験」をすることです。小説でもいいし、ドラマでも映画でもいい。そういうものを読んだり、見たりする。
辛い体験をしたことがあるのはGAZENさんだけじゃない。あらゆる人が辛い失恋経験を経ているんです。それを古今東西の作家や芸術家がさまざまな表現にまとめてくれている。それに触れない手はありません。
シマオ:佐藤さんがよく言われる代理経験ですね!
佐藤さん:はい。代理経験の効能というのは、辛さや悲しさ、寂しさが相当軽減できる点にあります。作中の主人公に感情移入し、カタルシスを得ることで、自分自身の中に滓(おり)のようにたまった負の感情を浄化できる。小説を読むのが面倒なら、それこそネットフリックスでさまざまな恋愛作品を視聴するだけでもいい。
シマオ:それなら簡単にできるし、苦しい時間を少しでも忘れられそうですね!
佐藤さん:私がお薦めしたいのは有村架純さんが主演する恋愛映画です。ちょうどGAZENさんと同じく、5年間の恋愛が破局する話があったでしょう?
シマオ:あ、『花束みたいな恋をした』でしたっけ?
佐藤さん:それです。菅田将暉さんが演じる麦と、有村架純さんが演じる絹がふとしたことで知り合って付き合う。愛し合いながらもすれ違いが重なり、互いのために別れを決意するというストーリーです。そういう役を演じさせたら有村さんはとっても上手で、見ているだけで引き込まれてしまうはずです。
シマオ:そういう作品に触れて、自分の中の感情を浄化するということが大事になる訳ですね。
佐藤さん:他にも、世の中にはいろいろな考え方の女性がいるんだと知るだけでもいい。その意味で、松本清張の小説なんかも参考になると思いますよ。
シマオ:えっ? 松本清張って推理小説で有名な作家でしたよね? しかもけっこう社会派だったような……。恋愛とは遠くないですか?
佐藤さん:確かにそうなのですが、悪女を描かせたら天下一品の作家でもあります。『けものみち』は難病の夫を焼殺し、逃亡の果てに政財界の黒幕になって暗躍する女性を描いています。『鬼畜』は浮気してできた子どもを連れてきた気弱な夫を追いつめて、その子を殺させるという話で、映画化されて岩下志麻さんが好演しています。
悪の心に男女の別はありませんから、こうした作品を見ることで、男性が陥りがちな「女性はやさしく、清らかなもの」といった勝手な妄想から離れることもできるようになるでしょう。
シマオ:なるほど、小説でも映画でもドラマでも、男女の恋愛を描いた作品は多い。そういうものに触れることで浄化はもちろん、免疫力のようなものもつく訳ですね。
佐藤さん:そういうことです。あとは、意外かもしれませんが、神社でお祓いするなんてことも効果があるかも知れませんよ。
シマオ:え!?️ お祓いって、なんかちょっとスピリチュアルな感じがしますが……。
佐藤さん:結局は心の問題ですから、悪縁を断ち切る、何かのけじめをつけるという意味で、少しでも心を切り替えるきっかけになるかもしれないということです。日本ではずっと続いている宗教的な儀式ですから、それなりに意味を感じられる人が多いということでもあるでしょう。
シマオ:なるほど。そうやっていろいろな方法で一番辛い時を乗り超え、ストーカーになる道も回避するということですね。
佐藤さん:それができれば、GAZENさんは一皮も二皮も剥けた成長ができるはずですよ。恋愛、とくに失恋は辛いものだけに人を成長させる一番の経験となり得ます。間違っても過去に執着して、不幸の製造機になってはいけません。
シマオ:今が一番大切な時でもある訳ですね。GAZENさん、きっとすごく辛いでしょうけれど、ぜひ参考にして新しい自分に進化してください!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!