東大の入学式で祝辞を贈る馬渕俊介さん。
写真提供:東京大学、撮影:尾関祐治
「日本人の強みはいっぱいあると思うんです。ただ、日本人的な“引き出し”だけではチームメンバーとして活躍できても、グローバル組織のチームリーダーとして活躍することは難しい。でもそこをちゃんと武器にすることができれば、日本人はグローバル人材として本当にいいリーダーになれると私は思います」
低・中所得国の感染症対策を支える国際基金・グローバルファンド(本拠地:スイス・ジュネーブ)で、保健システム及びパンデミック対策部長として活躍する馬渕俊介さんはBusiness Insider Japanの単独取材にこう答えました。
馬渕さんはこの4月、東京大学の入学式で祝辞を贈りました。「夢に関わる、心震える仕事をして欲しい」というスピーチに、絶賛の声が寄せられました。
東大の卒業生でもある馬渕さんは、大学卒業後、祝辞の内容を体現するかのような人生を歩んできました。マッキンゼー・アンド・カンパニー、世界銀行、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、そして、現在所属しているグローバルファンドと、世界の名だたる組織でリーダーシップを発揮しながら自身の夢を追い求めてきた馬渕さんに、夢を実現するために必要なキャリア選択の考え方や、国際舞台で働く上での日本人の強みを聞きました。
日本で感じた「力不足」の現実
東大の入学式でスピーチした馬渕俊介さん。2022年3月よりグローバルファンド保健システム及びパンデミック対策部長に就任。Business Insider Japanの単独取材に応じた。
撮影:三ツ村崇志
馬渕さんの「夢」は、国際協力・途上国支援に携わり大きなスケールで課題を解決していくことです。この夢に目を向け始めたのは、大学生の頃でした。先住民の文化の美しさに惹かれて足を運んだ中米・グアテマラで経験した出来事が印象的だったと話します。
「山奥の僻地で子どもが病気になっても薬がない。病院も遠くて簡単には行けない。現地の人の健康状態も良いわけじゃなかった。母親を見たとき、“おばあさん”かと思うくらい老けていたんです」
どんなに美しい文化が根ざしていても、世界には生活の危機や理不尽が存在する。
「自分たちの文化に誇りを持ちつつ、生活を改善することで子どもたちが将来に希望を持って生きられる環境作りのサポートをしたい。そう思ったんです」
学生時代にこのような世界の現状を目にした経験が積み重なり、国際支援の道へと進むことを決意した馬渕さん。ファーストキャリアは、新卒でも最初から支援に携われると考えて国際協力機構(JICA)を選びました。
実際、JICAでは充実した日々を過ごせたと馬渕さんは語ります。ただ、次第に「力不足」を感じる場面も増えていきました。
「現地(途上国)の大臣や領事館の方と話をしたり、世界銀行のカウンターパートと議論したりする場面で、自分には専門知識もなければ 議論できる英語力もなかった。このまま日本の組織に留まり続けてしまうと、その殻を破れずに終わってしまうのではないか、とすごく危機感を感じたんです」
馬渕さんには、キャリアを選択する際にいくつかの「軸」があります。その一つが、自分の将来なりたい姿や実現したい貢献から逆算して、必要なスキルや経験を積める場所かどうかです。
「ユニークな経験を組み合わせて問題解決に使う。そのユニークさを持っている人材というのは、非常に強いんです」
この考え方は、その後の馬渕さんのキャリア選択の全てに共通しています。
馬渕さんが目指していたのは、より大きなスケールで世界の課題を解決するということ。
そのための政策を策定し、プロジェクトを動かす人材になるために何が必要なのか。そこで馬渕さんは、ハーバード大学の公共政策大学院・ケネディスクールで公共政策を学ぶ選択をします。
DCStockPhotography/Shutterstock.com
「公共セクターでどのように改革が進められているのかを学びにハーバードに行ったんです。そこでマッキンゼーや都市銀行などの民間企業がチームをうまく動かして(開発を進めて)いる様子を目の当たりにしました」(馬渕さん)
ハーバードで公共政策の修士号を取得した馬渕さんはその後、民間のノウハウを理解した上で最終的に途上国支援に携わろうと、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し実務経験を積むことを選びます。海外志向が強かった馬渕さんは、東京オフィスでの勤務を経て2008年から南アフリカへと赴任。そこで待っていたのは、振り返ってみると「1番きつかった」という日々でした。
南アフリカでは、当初期待していた大きな会社や組織のオペレーションを改善していくノウハウを経験。一方で、慣れない土地で求められる英語での高レベルのコミュニケーションに、なかなかリーダーシップを発揮できないことに苦しめられたといいます。
「英語を聞いて、理解して、考えて、そこから英語にして…と考えている間に全てが解決されていくこともありました。
(アフリカでの日々は)英語での問題解決や、国際的なリーダーシップを発揮するときの大きな“筋トレ”の一つになりました」(馬渕さん)
この“筋トレ”が、馬渕さんの血肉となってその後のキャリアを支えることにもなりました。
「仕事をこなしている」危機感
マッキンゼー時代には、自力をつける「筋トレ」に励むことができたと馬渕さんは振り返る。
REUTERS/Charles Platiau/File Photo
馬渕さんがキャリアを選択する上で考えるもう一つの重要な軸は「心が震えるか」どうかです。
実は、マッキンゼーで“筋トレ”を続けていた馬渕さんは、次第に「仕事をこなす」ようになっていったといいます。
「民間での仕事は『自分の修行のため』という側面がありました。そうなると、やっぱりできるところで止まってしまう。仕事を『こなしてしまう』んです。
成功の指標も『自分がやりたい問題を解決できているか』ではなく人の評価になります。評価が悪いときに精神的にきつくなるんです。南アフリカにいたときは、それが組み合わさって、結構辛い思いをしました」
馬渕さんがもともと挑戦したかったのは途上国支援。民間の開発ではありません。アフリカでの挑戦を続けながら、もともと目指していた現場に戻る道筋を考えていた中で出合ったのが、現職につながる「グローバルヘルス」への道でした。
2007年6月、ハーバード大学の卒業式でスピーチをするビル・ゲイツ氏。グローバルヘルスへの課題を語っていた。
Brian Snyder /REUTERS
「ヘルス領域は専門的な知識が必要だと思って、JICAの頃から避けていたんです。ただ、ハーバード在籍時に授業を受けていたのと、当時の卒業式のスピーチでビル・ゲイツ氏からグローバルヘルスの話を聞いたことが印象に残っていました。
(調べる中で)スーパーマーケットのオペレーション改善ノウハウを生かしてHIV患者のオペレーションを改善したという話を聞く機会もあり、(グローバルヘルスに)民間企業のノウハウが生かせるのだと感じたんです」
しかし、いくらマッキンゼーで鍛えたグローバル基準の英語力やリーダーシップがあっても、ヘルスは専門性が高い領域です。
「調べている中で、ある程度の専門性がないと、結局『本流』の組織には入っていけない。実際にプログラムを動かす人にはなれないと分かってきました」
そこで馬渕さんは、グローバルヘルス領域の人材としての入口に立つべく、公衆衛生の分野で世界的に知られるジョンズ・ホプキンス大学の大学院へと入学を果たします。
馬渕さんは大学院で学ぶ上で、「ヘルス領域の知識をつける」「次に働く職場を見つける」「博士号(Ph.D.)を取る」と、目的を明確化。実際、修士号を取得したタイミング(2011年)で世界銀行とビル・ゲイツ財団からオファーを受けました。
ただ、Ph.Dを取得する道も諦めたくなかった馬渕さんは、博士課程に進学し、最初の1年間で必要なプログラムを全て取得。「途中、何度も『もうダメ』と思いました(笑)」と話すものの、世界銀行で働きながら2016年に公衆衛生の博士号を取得します。
「専門性がない」はキャリア選択の壁にならない
撮影:今村拓馬
こうして専門性を身に付けた馬渕さんですが、「専門性がない(薄い)ことはキャリア選択の大きな壁にはならない」とも話します。
「私が世界銀行に行った時点で持っていた専門性は、 本当に付け焼き刃程度のものでした。ですが、プロジェクトマネージメントをやりながら、 エボラ出血熱対策やポリオ対策、保健システムの改善などに携わる中で、これでもかというほど深く色々なことを理解できるようになっていきました。
自分が課題の中心で仕事をし続けることができれば、自然と情報や知識は降ってくる。本当にやりたいことに関わるものなら、ちゃんと知識も吸収するはずです。それ(専門性)は後付けでもいいと思うんです」
国際的な組織で働く上では、専門性とは別の軸として「リーダーシップ」を身に付けておくことこそ、重要だというのです。
もちろん、最低限の専門的な知識がなければ、そもそも馬渕さんのようにグローバルヘルスの「本流」にエントリーすること自体が難しくなります。実際、マッキンゼーからグローバルヘルスの道を目指す人はいるものの、「取っ掛かりがない」と馬渕さんは話します。だからこそ馬渕さんも、公衆衛生の大学院修了という“ラベル”を貼ったわけです。
ただ、国際組織には一流の専門家として専門性が重要視されるポジションもあれば、プロジェクト全体をマネジメントするようなリーダーシップを重要視されるポジションもあります。ポジションによって、必要とされるスキルセットは異なります。
キャリア選択では、自分が最終的に目指すポジションに必要とされるスキルセットを見極めた上で、どういう「ルート」でキャリアを積んでいけば必要なスキルが身に付くのかを考えておくことが重要になるのです。
馬渕さんは、特にリーダーシップは早く身に付けておいた方が良いと指摘します。
「リーダーシップを身に付けることは難しいんです。早いうちからそういう場で揉まれたり、修羅場をくぐり抜けてようやく身に付くものだと思います。遅くなるほど吸収力が下がりますし、日本のカルチャーにどっぷり浸かって難しくなってしまう」
日本人は世界のリーダーになれる
馬渕さんは「ビル・ゲイツが健康で頭が切れるうちに一緒に働いてみたいという思いもありました」と笑いながら話す。
撮影:三ツ村崇志
馬渕さんは、世界銀行に所属した後、サードパーティー的にそれまでとは異なる視点でグローバルヘルスに関わろうとビル&メリンダ・ゲイツ財団に加入。その後、コロナ禍では2020年10月からWHOの委嘱による「パンデミックへの備えと対応のための独立パネル」に事務局の中心メンバーとして参画します。
その過程で馬渕さんはビル・ゲイツ氏はもちろん、WHOの独立パネルではニュージーランドの元首相である ヘレン・クラーク氏をはじめとした世界のリーダーたちと共に働きました。
自身が夢見た世界規模で社会を変えていけるやりがいに加えて、純粋に国際的な場で自分を試し続けられる冒険心や面白さも、馬渕さんが働く原動力になっていると話します。ただ、どのステージでも、「これまでのキャリアで培ってきたスキルセットを組み合わせて使っているだけ」だとも。
馬渕さんは国際組織で働く上で、「日本人の強みはたくさんある」と話します。
例えば、綿密に計画を作って実行に移すことは、世界的に見ても日本人が得意な領域だと感じているといいます。加えて馬渕さんは、意思決定の際に周囲の人間関係や感情を思わず考えてしまう日本人にありがちな意思決定プロセスが、国際的な組織では非常に重要なスキルセットになり得ると指摘します。
「他人の顔色を伺う」と言うと聞こえは悪いかもしれませんが、途上国のリーダーなどと仕事をする上では、なにも論理だけで物事が決まっていくわけではありません。
「人間関係や利害関係、あるいは単純にプライドとか、そういうものをひっくるめて意思決定をする。 論理で解き伏せると逆に大失敗するんです。私自身もそれで失敗したことがあります。ですので、本当にそこまで分かった上で、提案を受け入れてもらえる形にもっていくことは非常に大事なんです」
ただ、そういった能力がありながら、国際組織で活躍する日本人は少数です。これは最終的に「決めるときは決める」という、いわゆる欧米的なリーダーシップが欠けているからだと馬渕さんは指摘します。
「リーダーシップを持つことは、グローバル人材として活躍する上で非常に重要です。ただ、それを持っていれば、日本人は本当にいいリーダーになれる素養があると私は思います」
東京大学 / The University of Tokyo