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今年に入ってから、私のところにKPIマネジメントに関する相談が立て続けに舞い込んできています。いわく——
「KPIを1つに絞れないのですが、どうしたらいいですか?」
「間接部門のKPIはどうすればいいのでしょうか?」
「KPIに関係ない組織はどうしたらいいですか?」
「KPIは組織ごとに作るんですよね?」
「そもそもKPIマネジメントは何の役に立つんですか?」
このような相談を寄せてくるのは、サブスクモデルのサービスを展開する大手企業から福祉事業所、官公庁まで実にさまざまです。それぞれの事業は一見無関係に見えるのですが、一つ共通点があります。
それは、今までもKPIマネジメントをやっていたけれど、今のままではまずいので見直しを図りたいと思っている、という点です。
これは、世界がますます先行き不透明になっていることと無関係ではありません。コロナ禍がもたらした価値観の変化や、いまだ予断を許さないウクライナ情勢、シリコンバレー銀行の破綻に端を発する世界的な金融不安。いま急速に普及するChatGPTなどの生成AIによって、ホワイトカラーの仕事が脅かされるのではという不安もあるでしょう。
つまり、さまざまな業界が将来の予測が立たない「VUCAの時代」に突入したということです。
ポイントは「最も弱いところを特定し、組織全体で強化する」
私はリクルートグループに29年間在籍していましたが、そのうちの11年間は事業責任者をしながらKPIの社内講師をしていました。
受講者の数、実に1100名です。社内講師をしていた関係で社外からも声をかけていただき、一般企業でもKPIマネジメントについて講演する機会をいただきました。
その実績をもとに、2018年に『最高の結果を出すKPIマネジメント』、2020年にはその続編となる『最高の結果を出すKPI実践ノート』という本を出版しました。こうした理由から、私のもとには今もさまざまな組織からKPIマネジメントについての問い合わせが届くというわけです。
私のKPIマネジメントは、リクルートグループでの「実践」に基づいていることに加えて、背景となる「理論」が存在するという点が特徴です。その理論とは、エリヤフ・ゴールドラット教授がベストセラーになった『ザ・ゴール』シリーズで説いた「制約条件理論」です。
制約条件理論は、次の5つのステップからなります。
【制約条件の5つのステップ】
- 制約条件を特定する
- 制約条件を徹底的に活用する
- 制約条件以外を制約条件に従属させる
- 制約条件の能力を向上させる
- 惰性に注意しながら新たな制約条件を特定する
これを踏まえ、私のKPIマネジメントを一文で要約すれば、「ビジネスプロセスの中で最も強化するところ(≒重要なところ≒弱いところ)を特定し、そこを組織全体で強化(≒守る)」ということです。
「ビジネスプロセスの中で最も強化するところ(≒重要なところ≒弱いところ)を特定」するのがステップ1。「そこを組織全体で強化(≒守る)」が2~4のステップです。
ビジネスプロセスのイメージ。
筆者作成
一番弱いプロセスにあれこれさせようとしても成果は上がりません。ですので、一番弱いプロセスにしかできないことだけをやるようにする。これがステップ2の「制約条件を徹底的に活用する」ということの意味合いです。
そして、周囲のプロセスは、一番弱いプロセスでなくてもできることをしてあげるのです。これがステップ3の「制約条件以外を制約条件に従属させる」です。
ステップ4の「制約条件の能力を向上させる」とは、周囲のプロセスから、一番弱いプロセスにヒト・モノ・カネといった経営資源を移管するということです。こうすることでそのプロセスの能力が向上します。
そして、そのプロセスが十分に強くなったら、次に弱いプロセスを強化すればいいのです。
この場合の、どの程度まで強化するとよいのかが「KPI」に当たります。
ステップ1〜5までのイメージ。
筆者作成
さて、ここまで整理したところで、冒頭で示した5つの質問について答えていくことにしましょう。
Q1. KPIを1つに絞れないのですが、どうすればいいですか?
前述したように、KPIマネジメントとは「ビジネスプロセスの中で最も強化するところ(制約条件≒重要なところ≒弱いところ)を特定し、そこを組織全体で強化(≒守る)」ことです。
最も強化するところを特定する。「最も」ですから、KPI(最初に強化するプロセス)はたった1つだけです。一方で、その特定した箇所が十分に強くなれば、その次に弱い箇所を特定し、強化していくのがKPIマネジメントです。
ビジネスプロセスの弱い箇所は遅かれ早かれ強化する必要があります。逆に、最も弱いところを強化しないかぎり、全体の成果にはつながりません。
先ほどの図で言えば、たとえプロセス1、2、4を強化したとしても、一番CVR(歩留まり)が悪いプロセス3を強化しないかぎり、成果は改善しないのです。これはグラフの高さを見れば視覚的にも理解しやすいでしょう。
ここまでが総論ですが、各論で説明すると、ご質問にある「1つに絞れない」がどのような状態から出てきたものかによって対応が異なります。
例えば、ビジネスプロセスのことをよく分かっているリーダーが集まって、定量データと定性情報に基づいて議論した結果、KPIの候補を2〜3個まで絞った場合。この場合は、どれも強化する必要がある可能性が高いはずです。
つまり、最終的にはどれも強化しなくてはならないわけですから、極論するとどれから手をつけてもかまいません。強化しやすいプロセスから実施すればいいでしょう。
「そうは言っても何かアドバイスを」というのであれば、ポイントはあります。それは、ビジネスプロセスの後ろのものから順に強化する、ということです。
例えば、下図のようにプロセス1~4がそれぞれ集客、ナーチャリング、受注、カスタマーサクセスだったとしましょう。プロセス3はナーチャリングから受注のCVR(コンバージョンレート:歩留まり)を高めるということです。もしもここを先に改善することができれば、短期に売上を上げることができます。また、ここのCVRが高まれば、集客からの受注CVRも高まります。
プロセス3を改善できれば売上の改善余地は大きい。
筆者作成
一般的に、ビジネスプロセスの先頭は集客なので、ここが一番コストがかかります。ということは、集客の費用対効果が高まれば利益増加に大きく貢献することになります。
このような理由から、ビジネスプロセスの先頭である「集客」と後工程である「受注CVR」を比較した場合、後者を上げてから他のビジネスプロセスを強化したほうがより効果的だと分かります。
Q2. 間接部門のKPIはどうすればいいのでしょうか?
これは簡単です。特定されたビジネスプロセスに対してえこひいきすればいいのです。
例えば採用や研修なども、その一番弱いプロセスのために実施します。経理などの間接部門も、その一番弱いプロセスの業務を引き取ってあげる。こうして徹底的に強化するのです。
これを実現するには、どこが最も強化する場所なのか(KPIマネジメントではこれを「CSF(Critical Success Factor)」と呼びます)を関係する全従業員が認識している必要があります。これを全員が知っていれば、なぜ間接部門がCSFをえこひいきするのかを理解できるはずです。
Q3. KPIに関係ない組織はどうしたらいいですか?
もし本当に関係ないのであれば、その組織は不要です。
戦略を決めて、それを実現するために最適な組織をつくります。組織を先に決めて戦略を検討するのではありません。
ですから、KPIマネジメントという戦略を実行するために最適な組織をつくるというというのがものの順番です。にもかかわらず、KPIに関係ないというのなら、その組織は戦略に不要なので失くしてしまえばよいのです。
Q4. KPIは組織ごとに作るんですよね?
これはKPIの定義や使い方によります。
組織ごとに重要なミッションを設定して、それをどのくらいの水準で追求するのか数値目標を設定する。これ自体は重要なことです。
ただしこの上位概念として、ビジネスプロセス全体での重要なミッション(CSF)と数値目標(KPI)が存在します。
どうしても組織ごとの数値目標をKPIと呼びたいのであれば、「全体KPI」と「組織KPI」というように、階層にして整理するのがいいでしょう。
ただし、あくまで全体KPIの達成が最重要であるということを全メンバーが認識しておく必要があります。
そうしないと、各組織が自分たちの組織のミッションを達成することだけに注力してしまい、各組織のミッションは達成したのに全体の数値目標は未達だったという、笑えない結末に陥ってしまうおそれがあるからです。
Q5. そもそもKPIマネジメントは何の役に立つんですか?
一言で言うと、KPIマネジメントは全体最適な組織運営に役立ち、効率的に成果を出すことができます。
一般的に、企業は効率的に運営したいので、組織を分割します。例えば上述のように、集客、ナーチャリング、営業、カスタマサクセスといった具合にビジネスプロセスごとに組織を分けるのはその典型ですね。
そしてそれぞれの組織に、個別のミッションを与えます。当然、各組織はそのミッションを達成するために頑張ります。
例えば、集客組織は集客目標を達成するために多くの顧客を集めます。ナーチャリングは商談をたくさん成立させます。営業は多くの受注をとってきます。しかし、各組織が自組織の目標達成だけを考えていたらどうなるでしょうか?
集客組織はインセンティブなどでいたずらに集客するかもしれません。ナーチャリングは、受注確率が低いと分かっているのに無理やり商談をつくるかもしれません。営業組織も口から出まかせで受注をするかもしれません。
その結果、ひずみはすべてビジネスプロセスの最終工程であるカスタマーサクセスが背負うことになります。
このように、「自分の組織だけがよければそれでいい」という状態を「部分最適」と呼びます。部分最適な状態では、組織間の対立が生じるだけでなく、無駄な業務が多く発生し、調整などの内部工数に時間を取られます。
筆者作成
一方KPIマネジメントでは、上述のように強化すべき弱いビジネスプロセスを特定し、ビジネスプロセス全体でそこを強化します。つまり部分最適ではなく、「全体最適」でマネジメントができるのです。
筆者作成
KPIマネジメントは、単に数字で管理するというものではありません。全体最適なマネジメントを実現するための方法論です。
KPIマネジメントについてより詳しく知りたい方は、この連載で過去に解説した以下の関連記事もぜひ参照してください。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。「旅工房」、「LIFULL」、「ZUU」社外取締役、「LiNKX」非常勤監査役も兼任。2023年に出版した新著に『「本当に役立った」マネジメントの名著64冊を1冊にまとめてみた』『リーダーが変わると、チームが変わる』 がある。