MATCHA KAORI JAPANの吉宮しおり社長。
吉宮さん提供
新茶の季節がやってきた。
日本独特の食文化の1つ「お茶」がいま、海外への「輸出」に活路を見いだしていることはご存知だろうか。緑茶は世帯当たりの購入量がこの10年で約2割減と低迷する一方で、抹茶を含む緑茶の海外輸出量は10年で2倍強に増えた。
日本茶の輸出は金額、量ともに右肩上がりで伸びている。
財務省貿易統計、農林水産物品目別実績などから編集部作成
そんななか、実は、メキシコとペルーの南米2カ国は、一人の「元駐在妻」の女性が、ほぼ独力で販路を切り開いたことはほとんど知られていない。
会社の名前は、MATCHA KAORI JAPAN(マッチャカオリジャパン、静岡県浜松市)という。代表の吉宮しおりさん(49)は、現地のママ友を創業パートナーに起業し、さらに国内の原料は「相場より2割以上も高い値段」で買って農家に利益還元するなど、小さな所帯ながら独特のビジネス観をもち世界にお茶を発信している。
吉宮さんに、ユニークな「駐妻がつくったビジネス」の手法を聞いた。
創業パートナーは「メキシコのママ友」
吉宮さん(中央)と創業パートナーの友人(左)とその夫。
吉宮さん提供
「友人に振る舞ってもらった抹茶クッキーが美味しかったので、レシピを聞いて自分でも作ってみたんです。それをメキシコ人のママ友の家に招待された時に持って行ったら、『何これ?』と感激してくれて」
吉宮さんは、お茶の輸出を始めることになったきっかけについてこう振り返る。2013年、夫の駐在に帯同し、メキシコで子育てしながら暮らしていた頃のことだった。
「そのママ友に『これ(抹茶)すごい好き、お茶についてもっと教えてよ』と言われました。もともと私は、国際理解教育を学んでいた学生時代から日本のものを海外に発信したい気持ちを持っていました。儲からなくて失敗したのですが、20代の頃は全国の催事でお茶の販売もしていた。まさに得意分野でした」
駐在期間は残りわずかで、吉宮さんは1年以内に帰国予定だった。ママ友にこう持ちかけた。
「私はもうすぐ日本に帰るから、帰ったら日本のお茶を輸出できる。それを輸入して、メキシコで広めない?」
彼女は当時、幼い子供を育てる専業主婦。夫は経営者だったが、事業の将来性を危ぶんでいた。
「彼女(のちの創業パートナー)は夫の地図製作の事業はこの先厳しいと考えていて、本人も何か助けになることをしたいようだったんです」(吉宮さん)という。
想いが一致し、2人で輸出ビジネスを始めることが決まった。吉宮さんが日本から商品を「輸出」し、現地で「売る」のはママ友の仕事という役割分担だ。商材は本当にお茶で良いのかを検証するために、メキシコのフリーマーケットや学校のバザーに参加した。日本のプラモデルや風呂敷と一緒にお茶を並べて反応を探り、「メキシコでも緑茶や抹茶は売れる」確信を得た。
メキシコ市場を2年間独占
メキシコのスーパーに並ぶ商品(左列)。
吉宮さん提供
2014年にメキシコへのお茶の輸出を始めると、2年連続でシェア100%(※貿易統計とマッチャカオリの数字の比較による)になった。当時はシリコンバレーで「お~いお茶」が流行するなどアメリカのお茶人気が高まっていたが、隣接するメキシコは実は未開の地だった。
売り上げは毎年右肩上がりで伸び、2017年に2000万円だったのが翌18年に4000万円に倍増した。他社の参入で一強時代は長くは続かなかったものの、2023年も過去最高タイとなる4000万円の売り上げを見込む。創業パートナーだったメキシコの友人は、今も現地法人の代表を務める。彼女の夫(予想が的中し、その後事業が経営難になった)も、共同経営者として加わっている。
「他の国でも同じことができるはず」
ペルー・リマ市では吉宮さんが日本茶について紹介するセミナーを行った。
吉宮さん提供
吉宮さんが次に目を付けたのが、同じ南米地域のペルーだ。
「1人でもこれだけシェアが確保できたのであれば、他の南米国でも同じことができるのではと思いました。ペルーはメキシコと比べたら市場も4分の1程度ですが、日本茶のまとまった輸出実績はまだなく、チャンスはあると感じました」
ジェトロの個別商談会に参加して南米のバイヤーとつながりを作り、2021年、ペルーの現地スーパーから受注。抹茶粉末や煎茶のティーバッグなど5種類の輸出にこぎつけた。2021年の輸出シェアも、メキシコの時と同様に100%だった。
統計によると、2021年のペルーへの緑茶輸出量は約1.2トン。これを全て吉宮さんが手掛けた。
注目すべきは1キロ当たりの単価で、約1.6万円と輸出茶の全体平均(約3300円)の5倍近い。
ただし、統計では包装の有無や価格帯の異なる煎茶・抹茶が混在していることもあり、単純比較は難しい面もある。
「ペルーでは比較対象がないので、こちらで相場を決められます。また、高品質な原料を使うことに加え、高級感のある包装やパッケージデザインによって販売価格を高めています。それでも末端価格は米国よりペルーの方が安いんです。独自販路による直接取引で間に商社が入らないので、消費者にも納得いく価格で提供できています」
利益率は非公開だが、
「卸売としては良い数字です。外部のパートナーと連携しながら私が一人で全てやっているので、人件費もかかっていません」
2023年4月には、現地スーパーに輸出した2商品の継続注文も決まった。ペルー事業は今年、1000万円の売り上げを目指す。
高く仕入れて、高く売る
Matcha Kaoriのインスタグラム。抹茶を健康的でおしゃれな食品として発信する。フォロワーは約4.7万人。
撮影:土屋咲花
利益をしっかり取るのは、生産者から高く仕入れるためでもある。
茶農家の置かれている状況は厳しい。全国茶生産団体連合会の統計によると、荒茶の平均単価は2012年が1kg当たり1332円。2021年は同1014円まで下がっている。年によって多少の上下はあるものの、低迷傾向が長年の流れだ。茶農家が「儲かる商売」とは言い難い中で、農家数と栽培面積は減少している。
農林水産省の資料によると、国内の単価は煎茶が1kg 1291円、抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)が同2599円(2021年)。一方、輸出茶は1kg 3495円(2022年)で、国内煎茶の3倍近い価格で取引される。マッチャカオリジャパンは高い相場が見込める輸出業者として、取引先と連携して茶農家への利益還元に取り組んでいる。
「取引先の茶商には、産地の茶葉を相場より高く買う努力をしてもらっています。茶商は生産者から一次加工茶葉(抹茶の原料)を相場の2割以上高く買うこともあります。当社は当然、製品化された茶を相場より高く買っています。小さな企業だからできる事だと思っています」
と話す。
何者でもないからこそ「同業者に頼らない」
吉宮さんのビジネスのポイントは「独自開拓」だ。輸出の「よくあるやり方」を踏まず、企業に所属せず、海外生活で身に着けた語学力や交友関係を生かして販路を開拓したからこそ伸びた部分が大きい。
「私は語学もそこそこ、現地に関しての知識もそこそこなんです。どこかの企業の一員となっていたら、『大して知識もないのに頑張ってるな』程度だったと思います。一人で始めたことで、他にない販路ができました」
という。
「日系スーパーや日本料理店を紹介してもらい、そこに商品を卸すという方法もあります。難易度は低いですが、それだと今の実績は作れなかった。メキシコでは現地の友人と協力し、ペルーでは日系人コミュニティではなく現地スーパーの販路を開拓できたことで大口注文につながりました。
決断や判断を全部自分がその場で決められるので、スピード感も全然違いました」
生産者や加工者、現地の担当者ら多くのビジネスパートナーと連携して日本茶輸出を広げてきた吉宮さんだが、自身に禁じていたことがある。
「知らないことが起こった時、同業者に教えてもらうことだけはしませんでした。その人以上になれなくなるからです。自分で調べてジェトロや行政などの担当者に聞くようにするうち、同業者が知らない情報も得られるようになりました」
キャリアに対する考え方を聞くと「特に誰を目指しているわけでもない」と言いつつ、憧れる人として「大浦慶」の名を挙げた。江戸末期から明治時代にかけて、緑茶の貿易で巨万の富を築いた女性商人だ。
「かっこいいなと思っていますが、この人を真似しようということではないです。私はMBAを取って経営を学んだわけでも、大手の商社を経て独立したわけでもありません。自分を高く評価して失敗するよりは、等身大の自分で仕事をしたいと思っています」
※編集部より:ペルーへの輸出価格の他国との比較について補足しました。2023年5月17日14:45