撮影:Business Insider Japan
4月末、SOMPOホールディングス会長兼CEOの櫻田謙悟氏が、4年間務めた経済同友会・代表幹事を任期満了で退任した。櫻田氏は任期中、スタートアップや女性の登用、若い世代を含む幅広い意見を提言に反映させるために未来選択会議を発足させるなど、ジェンダー・ダイバーシティやエイジ・ダイバーシティに力を入れてきた。
櫻田氏は3月、書籍『失った30年を越えて、挑戦の時 ー 生活者(SEIKATSUSHA)共創社会』を上梓し、そのなかで「今が日本再興に向けた『最後のチャンス』だ」と強く訴えた。
Z世代や若いミレニアル世代のビジネスパーソンにとっては、「景気の良い日本」は歴史の本のなかでしか見たことがない世界だ。「失った30年」を脱した社会を実現していくために、私たちは何をすればいいのか。
櫻田氏に、「最後のチャンス」の意味と日本再興の鍵を聞く。
(聞き手 伊藤有、文・構成 湯田陽子)
今が日本再興に向けた「最後のチャンス」である理由
SOMPOホールディングス会長兼CEOの櫻田謙悟氏。4月、4年にわたって務めた経済同友会代表幹事を任期満了で退任した。
撮影:稲垣純也
—— 代表幹事退任を前に、『失った30年を越えて、挑戦の時 ー 生活者(SEIKATSUSHA)共創社会』を上梓されました。その中で、「今が日本再興に向けた『最後のチャンス』だ」と書かれています。非常に印象に残りました。
櫻田謙悟氏 きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大ですね。100年に一度と言われる事態が起こり、それまで「そうだろうな」と思っていた日本の状況がつまびらかになってきた。ほとんどの場合、ネガティブサプライズでしたよね。
例えば、日本の法律ではロックダウンできない、世界最高水準だと思っていた日本の医療体制があんなにも簡単に瓦解してしまった、などです。法律が違う、業界が違う、団体も違う。行政も縦割りの弊害があからさまになりました。
経済に関して言えば、デジタル化の遅れを痛感しました。さまざまな支援金・助成金制度が実施されましたが、タイムリーに届かない、本当に困っている人たちはどこにいるのかを把握できないため、廃業に追い込まれる人も出てきました。
—— 著書や会見などで、財源問題に関しても言及しています。
コロナ対策として、日本政府はおそらく100兆円程度使っているわけです。そのうちの少なくとも半分以上は、いわゆる赤字国債(特例国債)を発行して充てています。
—— 将来の世代が支払う国の借金ですね。
にもかかわらず、いまだに増税、財源については一言も語られていません。一方、昨年度の防衛費(増額)についてはしっかり財源の話が出てきましたよね。
—— 2023年2月に、防衛費増額に関する財源確保法案を閣議決定、4月に審議入りしています。
防衛費については財源のこともしっかり検討できるのに、なぜコロナ対策ではできないのでしょうか。説明がつきません。少子化対策(の財源)は(社会)保険料からとると。政府のこども未来戦略会議で保険料(を財源に)と発言した人はほとんどいないにもかかわらず、です(※)。個人的には非常に疑問を感じています。
(このように)今まで溜まっていたオリのようなものがコロナ禍で一気に水面に浮いてきた。
ウクライナ(戦争)だけだったら、この「生活者共創社会」についての本を上梓しなかったかもしれません。私自身の問題意識がそこまでいかなかったんじゃないかと思います。
※編集部注:社会保険料財源案についてはその後、政府内からも異論が出ており、5月11日の財政制度等審議会では「社会保険料、税、歳出改革の組み合わせで考えるべきだ」など、さまざまな意見が出ている。
なぜ今が「日本再興の最後のチャンス」なのか
—— 表面化した課題をどう解決していくのか。著書で生活者の「アクション」の必要性を指摘しています。
政府が悪いとよく言われますが、経営者も含めた「生活者」全員の責任として、日本の(再興に向けた)挑戦の実行にコミットしていかないといけません。今回の本で言いたかったことはそこなんです。
私自身、同友会の代表幹事を拝命しておりましたし、SOMPOホールディングスのCEOでもあります。そういったオフィシャルな側面だけでなく、自分には妻もいるし子どもも孫もいる。生活者という意味では、スーパーマーケットに買い物にも行くし、回転寿司にも行きます。
—— 人はそうした色々な側面を持った生活者として意思決定をしていると。
そういうことを理解しながら、この国をどうしていけばいいか議論していくことができれば、無責任なことはできないはずです。
(写真はイメージです)
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
—— コロナを経て表出した社会課題に向き合い、良い方向に転換できれば日本は変われますか。
はい。でもそれは本当に至難の業なんです。変われる可能性はあるけれども、政府や総理がやってくれる、誰かがやってくれるのではなく、経営者はもちろん、社員、消費者も含めた国民、つまり「生活者」全員が変えていこうというムーブメントをつくっていかないと無理だと思います。
(日本人は)もう長い間ぬるま湯の中にいて、これだけ課題が多いと言われ続けながら何もしてこなかったわけですから。だから「ラストチャンス」なんです。
—— ティッピング・ポイントを超えるギリギリのところにいて、これを超えたらもう戻れない、と。
まさに不可逆的です。僕自身は、(ラストチャンスは)この5年間だと思っていますが、生活者全員が思うだけではなく、行動でそれを示していかないと先がない(と見ています)。このままでは、ゆっくり —— ゆっくりであってほしいんですが —— 沈没していくのを待つだけだと思います。
日本の「成長戦略」が失敗し続けてきた理由
—— そもそも、日本がここまで課題を解決できなかった理由はどこにあると考えていますか。
日本は小泉純一郎内閣時代の2006年からずっと、成長戦略を打ち出してきました。延べ800程度の政策を出してきたはずです。そこに書かれている政策は内容としてはほとんど間違っていない。
ただ、20年以上続けてきて成果を上げているのであれば、OECD諸国の中で日本が貧しくなっているはずがないですよね。つまり、失敗なんです。
—— なぜ失敗したのでしょうか。
それぞれの政策のKPIがアウトカム(成果)ベースになっていないからではないでしょうか。簡単に言えば、やりましたは「◯」、やらなかったは「✕」という感じで、私たち民間企業がよく使うKPIやPDCAをほぼ実施していない。終わったら結果を総括せず、すぐ次のPに入りますから。コロナ対策がまさにそうですよね。
日本再興の重要KPIは「ダイバーシティ」
—— 著書の中で、「日本再興のKPI」としてかなり多岐にわたる項目を設定、提言しています。この中で、まずは何から着手すべきだと考えますか。
「さまざまな指標の偏差値から見る日本の現状」など、独自試算を元にした各国の状況比較などにも複数言及している。
撮影:Business Insider Japan
一番はダイバーシティだと思っています。例えば、明治維新の立役者の一人である坂本龍馬は、(明治維新前の江戸時代末期に)日本初の商社と言われる亀山社中を長崎で立ち上げ、武士でありながらビジネスパーソンとしても大成功しました。
(郷士という下級武士だった龍馬、そして)社中に集まった20代の若者たちが、当時の日本を変える先端の動きをし始めていた。つまり、当時の権力者たちは実はよく(日本の危機的状況を)分かっていて、身分を問わず登用したわけです。
何をすればいいか分からなかったけど、若者に任せれば何かできそうだと思ったんでしょうね。それは(現代にも通じる)一つの大きなヒントだと思います。
—— 若い世代を登用するという意味での、年齢のダイバーシティを実践していたと?
ジェンダー・ダイバーシティはもう当然の話で、今ごろ(着手しようと)言っているようでは駄目です。そういう意味で、いま大事なのは年齢です。「エイジ・ダイバーシティ」。
若い世代に任せろという意味ではないんです。そうではなく、年齢に関係なく進取の精神を持っている人(が必要ですし)、一方で、変革しようとすると必ず噴出する社会的軋れきを未然に防ぐうえで年配者の知恵は必要だと思います。
よく例に挙げるのが、長屋の隠居。(落語の噺で)困ったことが起こると、熊さん、八っつあんがよくご隠居さんに相談するじゃないですか。すると、隠居が知恵を授けて世の中や長屋の住人たちを助けたりする。あれはまさにダイバーシティの一つで、江戸文化というのはそういう意味で実は(エイジ)ダイバーシティが進んでいたと。
—— ダイバーシティは数値目標化してでも進めなければいけない時代です。エイジ・ダイバーシティを数値化して表すこともできるんでしょうか。
例えば、経営者の年齢の平均ではなく、標準偏差を調べて、従業員5万人以上、売上高1兆円以上の企業がすべて60歳以上だったとすると、この国は駄目になると思いますね。(ばらつきが出てくると)面白くなると思います。
これはあくまで一例なので、学識経験者やほかの経営者、または従業員の声を聞きながら、経営のダイバーシティ、特にエイジ面をどう捉えていくのか(を検討していく)。
それと、もう一つ大事なダイバーシティはナショナリティ、国籍ですね。
エイジ・ダイバーシティはなぜ必要か
撮影:稲垣純也
実は同友会で(エイジ・ダイバーシティの重要性を)すごく実感したんです。同友会にはスタートアップの経営者もけっこういますから。
なので、私は代表幹事2年目ごろから、女性とスタートアップの方を副代表幹事にしていただけるように役員選任委員会で依頼しました。その結果、スタートアップの方も女性も副代表幹事になりました。
そうした中で、さまざまな課題をフラットに議論してみると、思いもしなかった意見が出てきて新鮮なんですね。スタートアップの方々のタイムスパン意識は圧倒的に短いですし。
—— ベンチャーの世界では、1年待っている間にも主要プレイヤーの顔ぶれが変わっていく業界ですから理解できます。
かと言って、大企業の意味がないかと言えばそうでもない。(スタートアップの場合)例えば従業員が立ち上げ当初の20〜30人規模から1000人くらいに増えた場合、もうCEOが全部見ることはできないわけですよね。そうすると、間接統治をしながら経営しなければなりません。
そこに悩んでいる経営者もけっこういるんです。「櫻田さんのところはどうしてますか?」と聞かれたり(アドバイスすることも)。これは(同友会に)エイジ・ダイバーシティがあるからだと思っています。
パーパス、インクルージョン、ダイバーシティの三位一体がイノベーションを生む
—— 組織を「ダイバーシティのある状態」に変えていくには、経営者の意思が何よりキーになるのでしょうか。
経営者の意思というよりは、おそらく先進的な投資家なら、ダイバーシティの度合いを具体的な数値で示せ、経営目標に入れろと言ってくるはずです。
なぜかと言えば、因果関係はともかく、相関関係としては間違いなく、ダイバーシティが進んでいる企業はイノベーションが多く出ているからです。そして、イノベーションが多いと業績が伸びます。
ダイバーシティ、イノベーション、業績とつなげていくためには、根底にはやはりインクルージョン(包摂性)がなければいけない。インクルージョンのさらに根底にあるのがパーパスだと私は思っています。
—— だから企業の社会的な存在意義を示す「パーパス経営」が重要なわけですね。
パーパスがしっかりしないとインクルージョンも起こりません。会社のパーパスと従業員個人のパーパスが違っていてもいいんです。絶対一致させるところと違うところ、そんなふうにお互いのパーパスをリスペクトし合うことから(初めてパーパスの意味が出てくる)。
—— それもインクルージョンの発想があればこそ、できると。
そうすると、パーパスとインクルージョンとダイバーシティは一つにつながっていて、それらが三位一体にならないと次のイノベーションにつながっていかないのです。
日本が戦後のビジネスモデルを続けた「大間違い」
実は日本はもともと、「パーパス経営」自体はやってきたんじゃないかと思っています。
歴史を振り返れば、明治維新では若者を中心に「このままでは日本が駄目になる」という危機感、つまり個人のパーパスと、当時の国のパーパスが一致しておらず、個人のパーパスが国のパーパスを超えていった。それが、結果として国を救いました。
一方、第2次世界大戦後の日本はとにかく経済復興が第一だということで、国と企業と個人、それぞれのパーパスを完全に一体化させました。その中で、男女の役割も決まっていって、妻は専業(主婦)で家と子どもを守り、夫は外で(働く)という男女の役割が継続された。それが、終戦の翌年からわずか22年間で世界第2位の経済大国にのし上がった(日本の)ビジネスモデルであり、パーパスとのリンケージもあったんです。
しかし、それをずっと続けてきたのは大間違いです。
—— 途中で方向転換すべきだった?
そうです。理想としては名目GDPで世界第2位になった時点で(ビジネスモデルやパーパスを)変えるべきでしたし、少なくとも2010年に中国に抜かれ、第3位に落ちた時点で、「日本にとってのパーパスとは何か」を真剣に考えなければいけなかったと思います。
—— パーパス経営という文脈で、国のことも捉えるべきだと。
パーパス経営というのは実は、どんな国をつくるのかという根底において、国民の幸せとは何かということと色濃くリンクしている。それをミクロにしたのが企業だと思います。(日本には)戦後、第2位(の経済大国)になったあとも、まだ欧米を抜くんだという気持ちがあった。つまり、どちらかというと、GDPで測れる目標だった。
(しかし)今、どういう国になりたいかというと、生活者そのもの、価値観が多様化してます。みんなが「それだったらいいよ」というわかりやすい目標にしないといけない。
(日本はどのような国を目指すべきか)考えたら、僕は簡単だと思います。
その答えは、ハピネス(幸福)だと思います。つまり「生活者が世界で一番幸福を感じる国」、それが日本であると。そうした「クオリティ国家」を目指そうと。
その指標を(日本は)つくるべきだ、と本のなかで書いています。
「成長と包摂と持続可能性という3本柱では日本が世界最高峰です、圧倒的です」と。すでに世界平和度指数(10位)とか、国家ブランド指数では、日本はベスト3なんていくらでも入ってくるわけですから。