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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
いまや爆発的な勢いで普及しているChatGPTなどの生成AI。多くの業界に影響が及ぶことは必至ですが、中でも教師や企業の間接部門をはじめ言葉を扱う職業が受けるインパクトは大きそうです。インターネットの登場は情報のコモディティ化を促しましたが、ChatGPTの登場によって起きるのは「インテリジェンス革命」だと入山先生は指摘します。
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早くも仕事に欠かせない存在に
こんにちは、入山章栄です。
この原稿を書いている2023年現在、最も熱い話題といえば、OpenAIが開発した人工知能を使ったチャットサービス「ChatGPT」ではないでしょうか。みなさんはどんな使い方をしていますか?
BIJ編集部・野田
僕は記事の要約を書くのに地味に時間がかかるので、記事を全部読ませた後、ChatGPTに「3行で要約して」といって、それを手直しして使っています。
さっそく一番いい使い方をしていますね。
BIJ編集部・常盤
私は翻訳記事を担当していて、いい訳語があてられずに悩んだとき、英文を日本語に翻訳してもらったりしますね。自分ではなかなか思いつかない訳語を提案してくれることもあるので、それをヒントにしています。
入山先生はChatGPTをどんなふうにお仕事に使っていますか?
僕が一番使っているのが実は研究なんですよ。いままで国際学会に出すような論文を書くには、だいたい2年はかかるのが普通でした。でもこれからChatGPTをうまく使えば、3~4週間で書けてしまうかもしれませんね。
研究者はどんな先行研究があるかを調査してからでないと新しい論文が書けないから、異常な数の論文を読むんです。この文献サーベイに半年から1年かかる。でもChatGPTに「このテーマの論文を全部検索して」と言えば、それができてしまう。
論文そのものを読みたければ、同じOpenAIのChatGPTの応用版である「ChatPDF」を使えば、論文そのものの内容まで要約してくれる。つまりいままで半年以上かかっていた作業が、ものの数時間で終わってしまうんですよ。
BIJ編集部・常盤
すごい時代になりましたね。
僕の研究分野は特にデータ解析をするので、データを集めるのはおそらく人間がやらなければいけないけれども、それを統計分析するプログラミングを書くのがそれなりに面倒くさかった。僕も必死になって書いていました。でもChatGPTがすごいのは、「こういう統計手法のコードを書いて」と言うと、それを書いてくれるところ。つまり、誰でもプログラミングができてしまうわけですね。
そうやってデータ解析が一瞬で終わったら、いよいよ論文を書くわけですが、僕も英語力がネイティブほどには高いわけではないので、いままでは英文を書くのにそれなりに苦労していました。でもこれからは、まず適当に日本語でしゃべり、それを別の音声解析ソフトで文字起こしをして、それをChatGPTでいい感じに英語に翻訳し、さらにそれをChatGPTで確認してもらえばいい。
BIJ編集部・常盤
もはや研究のパートナーじゃないですか。
頼りになる助手ですね。だからいまや僕の分野で人間である研究者がしなければいけないのは、アイデアを思いつくところと、データを集めてクレンジング(データの正確性を高める作業のこと)するところだけかもしれません。その作業に要するのがだいたい1~2週間くらいでしょうから、極端に言えば論文全体は3~4週間で書けるだろうと思っているところです。
BIJ編集部・常盤
これはもう、使わない手はありませんね。
これは日本の若手の経営学者にとってビッグチャンスですよ。これまで日本の優秀な若手経営学者も海外で勝負できなかったのは英語の壁があったから。でもChatGPTで英語の壁がさらになくなるので、アイデアひとつで世界に打って出られる時代の到来だといえます。
言語系の仕事がなくなる?
BIJ編集部・常盤
でも便利になる反面、仕事に影響を受ける人も出てきますよね。先日、CBSのニュースで、ChatGPTなどの生成AIが登場したことで影響を受けそうな職業の予想が報じられていました。特に「教師」と名のつく職業がリストの上位に複数ランクインしていて驚きました。
教師のお仕事をがんばっている方には申し訳ないですが、教師の役割がかなり代替されるのは間違いない方向に僕にも見えます。特に言語系の教師はいらなくなる。
ChatGPTをつくったOpenAIがペンシルバニア大学と一緒に研究した、これから失われる職業の予測によれば、ウェブデザイナー、金融アナリスト、税理士、会計士、ジャーナリスト、データ入力、法務秘書、金融アナリスト、パラリーガル、テクニカルライター、市場調査アナリスト、コンピュータープログラマーなどがいらなくなるという結果でした。これらの職業の共通点は、プログラミング言語も含めて、すべて「言語を使う仕事」ということです。
BIJ編集部・常盤
教師も言語を使う仕事ですね。
よく、「ChatGPTはインターネット以来の大革命だ」と言われますが、僕はその通りかもしれないと思います。まず、インターネットが普及したことで何が起こったかというと、いままでなかなかとれなかった情報が誰でもとれるようになり、情報がコモディティ化した。
ChatGPTの登場はその一つ上のレイヤーの、インテリジェンス革命です。「インテリジェンス」とは何かというと、情報を収集して整理・分類したりしてそれなりに理解し、それをうまく著述して人に説明することです。
ChatGPTはLLM(大規模言語モデル)という言語系の生成AIなので、ありとあらゆる言語にまつわるインテリジェンスの仕事がChatGPTでできるようになって、インテリジェンスがコモディティ化しつつある。
これからは「いろいろな情報を集めて、それを読んで理解して、整理して、必要に応じて別の言葉に直す」というような仕事は、ほぼChatGPTが代替してくれる時代が来るでしょうね。
BIJ編集部・野田
素朴な疑問なんですが、教師がChatGPTに代替されるというのはどういうことなんでしょうか。学校の教室には先生がいて、教科書があって、みんなで教えを受けるという教育に親しんできたので、教師がChatGPTに代替されるというイメージがまだ湧きません。
生徒がChatGPTを使って、自己トレーニングをするようなイメージですね。例えば「三角関数の定理を使った数学の問題を出してください」と言えば、出してくれる。答え合わせも自分でChatGPTに聞けばいい。
とはいえ教師の仕事は知識の伝達だけではありませんから、今後も仕事の一部は残ると思います。ただ、「テスト問題をつくる」というようなことは、僕も実際にやってみましたが、ChatGPTのほうが断然僕よりもいい問題を作りますね(笑)。しかも生徒のほうもChatGPTを使えば、答えが簡単に手に入る。東大をはじめいろいろな大学がChatGPTの使用に慎重になっているのはそういう理由でしょう。
BIJ編集部・野田
ChatGPTに代替されずに残る教師の仕事とは、どんなことでしょうか。
教育の現場であれば、ChatGPTが調べ物をしてくれたら、それを見ながら「こういう考え方もあるよね。みんなはこれについてどう思う?」と議論するとか、「なぜ三角関数を学ぶのが大事なのか」を一緒に考えるとか。つまりWisdom(英知)による価値判断でしょうね。これは教師に限らず、すべての仕事に言えることです。
ChatGPTは過去のビッグデータを学習することで、過去に多くの人が正解だと言ったことが正解だと認識するようにできている。自分自身に価値判断の軸があるわけではないんです。
例えば「この土地に工場を建てたい。でも工場の廃液が川に流れたら、川の下流に住む人が汚染物質の影響に苦しむ可能性もある。でもそうなる可能性はそれほど高くない。万が一何かあっても、お金で保障できる。さて、この土地に工場を建てたほうがいいですか」というような価値判断の難しい問題についてChatGPTに聞いてみたところで、人間が納得できる答えが返ってくるとは限らない。
これから人間に求められるのは、こういう価値判断ですから、われわれにできるのはそのための英知を磨くことでしょうね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。まだまだお聞きしたいことがあるので、次回もChatGPT編が続きます。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。