シンガポールの政府系ファンド、GICのリム・チョウ・キアットCEO。
GIC
リム・チョウ・キアット(Lim Chow Kiat)氏は、数千億ドルの責任を負う人物としては非常に冷静だ。
シンガポールの政府系ファンドであるGICのCEOとして、同氏は国の貯蓄をインフレ率以上に増やし続けなければならない。そのためにはテクノロジー業界への多額の投資が必要だった。
GICは、1980年代にスタートアップだったネットワーキング大手シスコ(Cisco)に投資した。最近では、ズーム(Zoom)、ストライプ(Stripe)、スノーフレーク(Snowflake)、ドアダッシュ(DoorDash)、ブレックス(Brex)、アファーム(Affirm)などのテクノロジー企業に投資している。
2022年にはこれらの企業の株価が急落し打撃を受けた。だがリム氏と、GICのテクノロジー投資グループを率いる同僚のクリス・エマニュエル(Chris Emanuel)氏はこれに動じず、新たな投資機会を探している。
Insiderは5月8日、GICのサンフランシスコオフィスでリム氏とエマニュエル氏に話を聞いた。彼らは同ファンドの年次ブリッジ・フォーラム・サミット(Bridge Forum Summit)を主催している。これはトップエグゼクティブ、スタートアップ、その他テクノロジー企業向けの2日間のネットワーキングイベントだ。
AIによる新しい世界を展望
この2人の投資家の話がとりわけ盛り上がったのは、大規模言語モデル(LLM)を含む生成AIテクノロジーの最近の爆発的発展についてだった。これにより既存のテクノロジープロバイダーが崩壊し、今後3年から5年にわたって、GICにとって魅力的な投資機会が生まれるだろうと両氏は語った。
サンフランシスコ・ベイエリアを拠点とするエマニュエル氏は、これらのAIモデルを企業や消費者に提供するうえで必要となる新たなソフトウェア・インフラストラクチャーとアプリケーションレイヤーに関心を寄せているという。
「我々は今、この新しい世界を展望しているところです。技術インフラストラクチャーの再構築には多くのことが必要です。我々は再びスタート地点にいるのです」
AI界のオーチス・エレベーター・カンパニーはどこになるのか
リム氏は、新しいAIモデルと機能により崩壊しつつあるテクノロジー業界の一例としてサイバーセキュリティを挙げた。 GICはこの新しいAI界の「信頼と安全」に対して投資を検討している、とリム氏は話す。この要素がなければ、AIモデルを大規模に採用することは覚束ないからだ。
エマニュエル氏は過去の事例として、1800年代のエレベーター技術の台頭を引き合いに出す。オーチス・エレベーター・カンパニー(Otis Elevator Company)が新たな安全性能を備えたバージョンを導入するまで、一般の人々はエレベーターの使用に消極的だった。やがてオーチス製エレベーターが普及したことで超高層ビルの建設に拍車がかかったと彼は述べた。
“AI界のオーチス・エレベーター”となるチャンスはどの企業にもあり、それはどの企業なのかをGICは見極めたいと考えている。
ハイテク投資バブルが再来するかもしれない
GICの技術投資グループ責任者、クリス・エマニュエル氏。
GIC
ベンチャーキャピタルファンドの間では、すでに生成AIスタートアップの熱狂が起こっている。では、我々は再びテクノロジーバブルの只中にいるのだろうか。
GICは今のところ懸念していない。エマニュエル氏は、バリュエーションは彼のチームにとって意味のあるものでなければならず、この期間中にはうまくいく投資もあればそうでない投資もあるだろうと語った。
同氏はさらに「我々は市場での機会を常に探している」と話し、GICは経費の増加をあまり必要とせず、迅速に規模を拡大できるソフトウェア事業を好むと強調した。
2023年初め、GICはストライプの最新の資金調達ラウンド新たに参加し、この決済スタートアップのバリュエーションを500億ドル(約6兆8000億円、1ドル=136円換算)と評価した。 同社の以前のバリュエーション950億ドル(約12兆9000億円)からは減少している。
「ストライプは独自の国際的プログラマティック決済プラットフォームを構築していることから、世界規模の拡大が可能です」(エマニュエル氏)
セカンダリー・マーケットでの活動に力を入れる
最後に、GICはスタートアップの非公開株とVCファンドの取引が行われるセカンダリー・マーケット(流通市場)にも注力している。
IPO市場は依然として閉鎖的で、M&Aは減少している。これは、VCやスタートアップ投資家への分配金に圧力がかかっていることを意味する。GICは、このようにより多くの投資家がセカンダリー取引に目を向けるであろう状況で流動性をもたらす存在でありたいとリムCEOは言う。
GICにはセカンダリー・マーケットを専門とするプライベート・エクイティ・チームがあり、さまざまなVCファンドに投資している。つまり、ゼネラルパートナー、VCファンド運営者はすでにGICを知っており、彼らにとっても安心して取引しやすい相手なのだとリム氏は説明した。