「中期経営計画」を発表する宮川潤一社長。
出典:ソフトバンク
ソフトバンクの宮川潤一社長は5月10日、2023年3月期の連結業績の説明会において、2023年度から2025年度までの中期経営計画を発表した。
既存事業ではモバイル事業での反転や金融事業の拡大などを進めるとともに、「次世代社会インフラ基盤」の構築に向けた第2フェーズと位置づけた。
「通信料値下げでダメージを受けた事業基盤の再構築、DX事業のさらなる拡大、次世代社会インフラの事業化に向けた技術の実装をしていく」(宮川氏)
社長就任からの2年を含めた「10カ年計画」がすでにあるという宮川氏は、第2フェーズでは官製値下げで収益性の落ちた事業を回復させて、次の3カ年につなげていく戦略を描く。
次期中期経営計画で「モバイル反転」「PayPay黒字化」
社長就任後、初の中期経営計画の発表となったソフトバンクの宮川潤一社長。
撮影:小山安博
ソフトバンクの主力であるコンシューマ事業は増収減益。料金値下げの影響もあったが2023年度が底となり、2024年度からの反転を目指している。
「構造的にはもう(反転が)見えていて、通信料金値下げで減少したARPU(1ユーザー当たりの月間平均収入)の減少が弱まり、ユーザーの増加によって収益が増えている。この増収がARPUの減少を上回っている」と宮川氏。
すべてのセグメントで売上高は増収も、セグメント別の営業利益では明暗が分かれている。通信を担うコンシューマ事業は-28%という大幅な減益。
出典:ソフトバンク
コンシューマ事業ではモバイルサービス売上が2024年度には反転を目標に掲げる。
撮影:小山安博
スマートフォン累計契約数は2023年度に3000万を突破する見込みで、今後さらに年間100万規模で純増を継続させることで収益の拡大を図る。
店舗での有料サポートをはじめ、各種付加価値サービスによるARPUの改善も目指し、さらに5G SAとグループ内のヤフーやLINEやPayPayなどのサービスを連携させることで利用をさらに伸ばしたい考えだ。
5G SAとグループのサービスを活用してARPUの拡大を図る。
撮影:小山安博
金融事業では、2025年度までに黒字化を目指す。PayPayのさらなる拡大を目指してPayPayカードを子会社化させ、決済手段を多角化させていく。
PayPayの拡大に加えて、PayPayが利用できない店舗などでも、PayPayカードの利用に誘導することで決済利用の囲い込みを図る。
黒字化が目標の金融事業。
撮影:小山安博
PayPayとPayPayカードの組み合わせによってGMV(決済取扱高)が10兆円を突破。
撮影:小山安博
PayPayとPayPayカードを合わせた決済取扱高は10.2兆円に達した。PayPayとPayPayカードの組み合わせでさらに決済単価・決済回数、ユーザー数の両面での拡大が見込めるとしている。
PayPayといえば、支払い手段としてPayPayカードに限定する施策も話題になった。これは、楽天カードのような囲い込み施策を強めて、PayPayカード利用をさらに拡大する狙いがあるとみられる。
他の金融サービスとの連携によるレベニューシェアも期待する。
撮影:小山安博
400万件を突破した加盟店向けの付加価値サービスも拡大し、決済手数料以外の収益も拡大。「LYPマイレージ」やスタンプカード、クーポンといったサービスを展開しているが、「これからもどんどん拡充していくことに本気で取り組んでいく」(同)という考えだ。
PayPay銀行やPayPayほけん、PayPay証券といったPayPayブランドの金融サービスともさらに連携を強め、PayPayからの送客だけでなく、それに伴うレベニューシェアによってPayPayの収益拡大を図る。
「正直言って出遅れていた」
「正直言って出遅れていた」(同)というPayPay証券に関しては、「これから本当に強化していく」と意気込む宮川氏。具体的な施策は明らかにされていないが、「本気で巻き返す」と話す。
4月から解禁された給与のデジタル払いについては、「PayPayのさらなる成長機会を得た」として好機と見る。
ソフトバンクでは一時金という名目で全社員に5万円分をPayPayに支払う実験をし、満足度が高かったという。現時点では厚生労働省による参入の審査が進んでいる所だが、サービスの拡大を期待しているという。
給与の振込先としてPayPayが使えるようになれば、金融サービスへの誘導がさらに効果的になると見られ、宮川氏も強い期待感を示す。
撮影:小山安博
加えて、決済代行のSBペイメントサービスも順調に伸びていて、宮川氏も「金融事業を構成する重要な会社。非通信領域で今後さらなる成長を見込んでいる」と期待する。
撮影:小山安博
ヤフー・LINE事業は、「攻めと守り」という両面からの戦略を描く。
10月には社名が「Zホールディングス」から「LINEヤフー」になり、「私も(ソフトバンクの)役員全員も心配していたID統合の遅れの解消」(同)が見込まれ、守りの施策である重複事業の整理など効率化も行われることで、主力のメディア・検索・コマース事業の再成長を目指す。
LINEヤフーとなり、効率化と事業の再成長を目指す。
撮影:小山安博
加えて、法人事業の拡大なども含めた取り組みによって、2025年度には連結の純利益を5350億円規模に、連結営業利益を9700億円規模に引き上げ、通信料値下げ前の2021年度の水準まで回復させる(2023年度は7800億円)。
こうしたフェーズ2を経て、フェーズ3の中期経営計画では、次世代社会インフラ基盤を実用化させたい考えだ。
2023年度までは第1フェーズで、第2フェーズでは既存事業の回復と第3フェーズへの準備期間と位置づける。
撮影:小山安博
本格的なAI時代に備えてインフラ構築へ
また、ChatGPTなどの生成AIが登場して「シンギュラリティ(技術的特異点)が始まったと肌で感じている」と、AIが本格化する時代が到来したことも強調した。
2020年には6エクサFLOPSの計算能力しか求められていなかったところ、2030年には77エクサFLOPS、2050年には1万2000エクサFLOPS以上の計算能力が求められると指摘する。
莫大な計算能力が求められるようになる。
撮影:小山安博
それだけの計算能力を実現するスーパーコンピューター群が必要とする電力は、2020年の段階では大型火力発電2.2基分程度だったが、2050年には4500基分にもなる。
宮川氏は、2040年には省エネ性能の向上で必要電力が10分の1~40分の1になるとの予測を示すも、それでも莫大な電力が必要になる。
その電力消費も莫大。
撮影:小山安博
こうした膨大なデータ処理を担うインフラを担うのが、宮川社長の目指す方向性だ。そのためには電力の安定確保も必要で、宮川氏は「DX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)は背中合わせの構造にある」と指摘する。
現状、日本は海底ケーブルの陸揚場所や労働力が確保しやすいこともあって、データ処理を担って電力を消費しているデータセンターが都市部に限られているのが課題だと宮川氏は言う。
データ処理の需要がさらに伸びた場合に電力がまかないきれずに電力が逼迫する危険性もある。これを地方に分散させて平準化しなければ、「(電力不足によって)社会活動が止まってしまうようなインフラの構造に本気で向き合い、根幹から作り直していきたい」と宮川氏。
都市部に集中している日本のインフラ事業を分散する次世代社会インフラ基盤。
撮影:小山安博
次世代社会インフラ基盤では、まず大規模なAI基盤や量子コンピュータが稼働するデータセンター(Core Brain)を北海道、東京、大阪、九州の4拠点に配置。
地域ごとに計算基盤としてRegional Brainを配置して計算能力を分散する。自動運転やロボットなど、リアルタイム処理が必要なものはエッジコンピューティングであるMECで対処。利用用途に応じてデータ処理を分散する分散型AIデータセンターを構築する。
主要エリアにCore Brainを配置し、さらに地域ごとにRegional Brainを分散配置する。
撮影:小山安博
さらにリアルタイム性を求める場合はMECがカバーする。
撮影:小山安博
ただし、こうした仕組みは「従来の通信インフラの構造に、少し毛が生えた程度」と宮川氏。ソフトバンクが構築するのは、さらにこれらのデータセンターを並列で稼働させて、仮想的な1つのデータセンターとして動作させる「超分散コンピューティング基盤(xIPF)」を構築する。
全国にサイロ化されたデータを統合する機能を備えており、特定地域で災害が起きても、別の拠点で処理が継続できて社会活動が止まらない基盤が実現できるという。
分散するだけだと既存の通信インフラに近い構造なので、さらにこれを統合する基盤を設ける。
撮影:小山安博
これにAI機能を搭載したクラウドサービスを組み合わせて提供する。
撮影:小山安博
これにAI機能を搭載したクラウドサービスを組み合わせて提供する。
撮影:小山安博
この次世代社会インフラ基盤は、「未来の日本の成長を支える礎になると信じている」と宮川氏はアピールする。「AIと共存するデジタル化社会に必要な次世代社会インフラ基盤を提供することで、世界で最も必要とされる会社になる、そういうビジョンを達成していきたい」(同)。
そのための準備期間となるのが次の中経だ。
電力問題への取り組みとしては、これまでも2030年度には通信事業に必要な電力の100%を「実質再生可能エネルギー」でまかなう方針を示していたが、新たにその半分以上を「再生可能エネルギーの発電」でまかなう目標を打ち出す。
実際に再エネの発電による電力比率を50%以上に引き上げ。
撮影:小山安博
そのための施策は複数あるとしつつ、一例として発電事業者と再エネ調達契約を締結。独占的に20年間、毎年20億kWhの電力を調達する計画で、これは現時点の通信事業で消費している電力量に相当するそうだ。
つまり、現時点の消費電力であれば通信事業を再エネでまかなえるということになる。
再生可能エネルギーの拡大と電力高騰対策という両面のメリットがあるということで、コスト削減にもつながる見込みだ。
こうしたビジョンの実現に向けて宮川氏は、この3年間は年間100~200億程度のサーバー増強や新規事業の立ち上げは継続するものの、1000億円規模の大型投資は控えて、主力事業の回復や関連技術の実装を進めていく方針を示している。