日本と韓国はなぜ関係修復を急いだのか。「東アジア版NATO」構築狙うバイデン政権が背後に…

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5月7日、日韓首脳会談後に記者会見した岸田文雄首相(左)と韓国の尹錫悦大統領。

Jung Yeon-je/Pool via REUTERS

岸田文雄首相は5月7・8日、日韓シャトル外交としては12年ぶりに韓国を訪問、尹錫悦大統領と会談し、「日韓米の安全保障協力による抑止力と対処力を強化」することを確認した。

※日韓シャトル外交……「シャトル外交」は首脳間の定期的な相互訪問を指す。日韓間では2004年の合意後、領土問題や歴史認識問題から関係が悪化し、2011年の野田佳彦首相と李明博大統領の会談を最後に中断していた。

徴用工問題で悪化した日韓関係は改善し、東アジアではアメリカをハブに日本、韓国、台湾の「クァルテット(四重奏)」による横断的集団安保が完成することになる。

このシナリオを描いたのは、中国抑止の「新冷戦」型集団安全保障を目指すバイデン米政権だった。

かつての冷戦構造が再現されれば、「敵」「味方」の対立が先鋭化し、東アジア情勢の緊迫は避けられない。

この2年で「格段に強化された」米日台の安保協力

バイデン政権の安保戦略である「統合抑止」は、同盟・同志国に大軍拡を求め、アメリカの「核の傘」を含む拡大抑止とドッキングさせ、中国に対抗することにある。

戦略の中心を担う日米同盟の強化は、岸田政権が安保3文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)を閣議決定し、大軍拡路線を採用したことで軌道に乗った。

バイデン氏にとって残された課題は、北朝鮮との関係を重視する文在寅前政権下で漂流した米韓同盟の再構築に加え、慰安婦問題や徴用工問題で悪化した日韓関係を改善し、米日韓の安保枠組みの基礎を作ることだった。

日米間では台湾有事の際、日米が一体となり中国と軍事的に対峙する「共同作戦計画」が始動。米台間でも史上最大規模の武器供与をはじめ、高官の訪台による政治関係の強化、米軍顧問団による台湾軍の訓練など軍事協力が前進した。

米日台の安全保障協力は2年という短期間で格段に強化された。

東アジアにも集団安保体制を

ロシアのウクライナ侵攻を受けて北大西洋条約機構(NATO)が軍事的結束を強化したのとは対照的に、東アジアには集団安保組織がない。

そのため、バイデン政権は台湾有事と北朝鮮の核・ミサイル開発加速を煽(あお)って、米日韓、米日台を組み合わせた横断的な集団安保体制の構築を急いできた。この体制は、NATOの東アジア版と言っていい。

冒頭で触れた岸田訪韓と、尹大統領の訪米(4月24〜29日)も、その文脈から考えると目的と狙いがよく理解できるはずだ。

岸田氏は日韓首脳会談後の記者会見(5月7日)で、「北朝鮮の挑発行為が続き、力による一方的な現状変更の試みもみられる中、日米同盟、韓米同盟、日韓そして日韓米の安全保障協力により抑止力と対処力を強化することの重要性についてあらためて一致した」と述べ、主要7カ国(G7)広島サミットに際して日韓米首脳会合を開催することでも合意したことを明らかにした。

この合意内容は、バイデン政権が目指す「新冷戦」型の横断的集団安保構想のフォローアップと言える

一方、4月26日に首都ワシントンで行われた米韓首脳会談はどうだったか。

尹氏とバイデン氏は、北朝鮮の弾道ミサイル発射実験と核開発に対抗し、アメリカの「核の傘」を中心とする拡大抑止力強化のため、

  1. 核搭載の原子力潜水艦の韓国への派遣
  2. 敵への反撃も含めた核抑止のための局長級「米韓核協議グループ(NCG)」の新設
  3. 北朝鮮が核を使った場合はアメリカが確実に核報復

上記を柱とする「ワシントン宣言」を発表した。

新設の米韓核協議グループは、NATO加盟5カ国(ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコ)が米軍の核兵器を保管し、有事に同5カ国の部隊が核攻撃任務に使用する、いわゆる「核共有」制度のアジア版と言われる。

ただ、実際に核を使用する場合、米大統領の許諾が必要条件となっており、上記5カ国に決定権はない。とすれば、果たしてそれは「核共有」と呼べるのか、疑問が残る。

故安倍晋三元首相が2022年2月のテレビ番組で、この「核共有」を議論すべきと発言して以来、注目を集めている。

韓国が首脳会談を通じ、アメリカの「核の傘」の保障を求めた背景には、同国の防衛への不信の高まりがある

ロシア・ウクライナ戦争で、アメリカは「代理戦争」に徹し、開戦直後に「核不使用」を誓約した。その姿勢は、韓国にとって「核の傘」の信頼性を損なうものと映った。台湾でも同じように、アメリカによる防衛に不信を抱く「疑美論」が広がっている

韓国では「米政権はサンフランシスコを犠牲にしてソウルを選ぶだろうか」との疑念が国民の間に広がっている。

同国で核武装化の世論が高まるのを懸念するバイデン政権は警戒感を高めた。尹大統領も1月31日に訪韓したオースティン米国防長官に対し、「国民の懸念を払拭できるよう、抑止力強化の協議を進めてほしい」と訴えた

原潜配備という「核拡散」

尹氏は4月27日の米上下両院合同会議で40分強にわたって演説し、「バイデン大統領と私はアメリカの拡大抑止力を強化することで合意した。緊密な韓米とともに、増大する北朝鮮の核の脅威に対抗するため、韓米日三国間安全保障協力を加速する必要がある」と強調した。

米韓首脳会談後に発表した前出のワシントン宣言で注目すべきは、バイデン政権による事実上の「核拡散政策」だ。

バイデン氏は2021年9月の米英豪3カ国による安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設に当たり、オーストラリアに原子力潜水艦の建造技術を供与すると発表した。

「非核政策」を堅持し、商用原発を持たないオーストラリアに原潜を配備すれば、同国は小型原子炉を保有することになり、「非核政策」も崩れ去ることになる。

そして、ワシントン宣言に盛り込まれた韓国への原潜派遣が実行されれば、核拡散の懸念が東アジアにも広がるだろう。

軍事信仰を捨てられない超大国の身勝手さそのものだ。

「新冷戦」局面の形成

中国を「唯一の競争相手」とみなし、中国を西側中心の世界秩序から排除しようとするバイデン政権の「新冷戦」戦略を、台湾の識者はどう見ているのか、ここで紹介しておこう。

淡江大学中国大陸研究所の趙春山名誉教授は「北東アジアで『新冷戦』局面形成」と題する記事(5月3日付)で、「(尹氏の)ワシントン訪問は米韓および米日韓の安全保障協力を強化し、同時にそれは中国・ロシア・北朝鮮の緊密な三国間関係を促進する。北東アジアにおける両陣営の対立は避けられない」と分析する。

米日韓台の安保「クァルテット」は中国を刺激し、中ロ朝「トリオ(三重奏)」が同盟関係を復活させて対抗する、という見立てだ。

そうなれば、東アジアでは朝鮮戦争直後の冷戦構造がそのまま再現されることになる。

米日韓台「クァルテット」の形成は、中国が最も懸念する構図だ。

韓国は文政権時代の2017年10月、国会答弁に立った康京和・外交部長官(当時)が、

  1. 韓国内にTHAAD(弾道弾迎撃ミサイル・システム)を追加配備しない
  2. アメリカのミサイル防衛網(MD)に加わらない
  3. 日米との軍事同盟を構築しない

という「三不(三つのノー)」について、中国側と合意したことを発表している。

この経緯を踏まえると、米日韓による安保強化合意は3の「日米との軍事同盟を構築しない」に抵触する恐れがある。それはバイデン政権側から見れば、(「三不」の約束を反故にさせることで)中韓関係にくさびを打ち込む「得点」だ。

尹氏は訪米直前の4月19日、メディアとのインタビューで(1)台湾問題は北朝鮮問題と同じグローバルイシューである、(2)ウクライナに殺傷能力のある兵器を条件付きで供与する可能性がある、と語った。

バイデン政権への「土産」とも言えるこの尹氏の発言は、文在寅前政権が敷いた「反米政策」を大転換するもので、これもバイデン政権にとって「得点」に違いない。

経済面では米韓の利害は不一致

一方、経済から中韓関係を眺めると、韓国の対中依存度は極めて高い。

韓国紙ハンギョレ新聞(2022年1月12日付)によると、韓国が2020年に中国から輸入した半導体は179億3000万ドルと、半導体輸入額全体の39.5%を占める。韓国の対中輸入依存度はアメリカ(6.3%)の6.3倍、日本(18.3%)の2.2倍にも達する。

尹政権が台湾問題やウクライナ問題でバイデン政権の「新冷戦」政策に同調すれば、対中関係の悪化は避けられない。

尹政権は、中国との経済関係を安全保障と切り離す「政経分離」政策をとっているが、バイデン政権は経済安保も軍事安保も「対中抑止の手段」とみなす「政経一体」に転換しており、半導体のサプライチェーンから中国排除を進めている。

安全保障面では合意に至った米韓の利害だが、経済面では一致せず、ねじれが生まれることになる。

選挙の結果次第で集団安保「瓦解」

対中経済関係と並び、尹政権の悩みは世論の逆風だ。

世論調査会社リアルメーターが、尹氏訪日直後の3月20日に発表した政権支持率は36.8%と、前週から2.1ポイント低下した。不支持率は1.5ポイント上昇し60.4%に上った。

韓国では歴史的に、対米・対日の外交テーマが必ず与野党の争点になってきた。尹政権が米日に妥協し過ぎという評価が定着すれば、選挙で強烈なしっぺ返しを受けかねない。

「新冷戦」で東西冷戦構造が復活しても、アメリカが反共政策を貫徹するため韓国と台湾の独裁政権を支えていた冷戦当時と決定的に異なるのは、現在の両国では選挙の洗礼が待ち構えていることだ。

2024年1月には台湾の総統選があり、4月には韓国で総選挙が行われる。

いずれも与野党が逆転する結果になれば、バイデン政権が築いた「クァルテット」による集団安保は瓦解する。代表制民主システムには、国際秩序を一瞬のうちに転換させる「魔力」が潜んでいる。

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