味の素、過去最高の通期決算も、中期経営計画の廃止後の新指標に残る「謎」。社内ではざわめきも

味の素

撮影:三ツ村崇志

味の素は5月11日、2023年3月期(2022年度)連結決算を公表した。

売上高は1兆3591億円(前年度比18.2%増)、売上高から売上原価や販売費などを除いた「事業利益」は1353億円(同11.9%増)、当期純利益は1001億円(同24.9%)の増収増益(数値は決算短信より)。いずれも過去最高を記録した。

主力の「調味料・食品」ではタピオカや粗糖など原材料価格の上昇が事業利益の圧迫要因となったものの、うま味調味料を各国で値上げし吸収した結果、増益で着地した。半導体材料やオリゴ核酸事業などの「ヘルスケア等」が利益の押し上げ役となった。

2024年3月期の業績予想は、売上高が1兆4650億円、事業利益は1500億円を見込む。

出典:味の素2023年3月期通期決算、プレゼンテーション資料より

「UMAMI」が世界中の半導体に

味の素の売上高1兆3591億円のうち大多数を占めているのは、主力の調味料・食品事業(売上高:7750億円)だ。ただ、増益分である144億円のうち約80億円を叩き出したのは、実は半導体材料を扱うファンクショナルマテリアルズ事業になる。

味の素では、「食品会社でもない、アミノ系会社でもないユニークな会社」(藤江太郎 社長)を目指すための事業ポートフォリオ変革の取り組みとして、アミノ酸にかかわる技術を食品系以外にも転換する「アミノサイエンス事業※」を展開。2030年までに事業利益ベースで食品事業と1対1にまで成長させようとしている。

※決算資料では「ヘルスケア等」に分類される。

転換戦略

出典:味の素2023年3月期通期決算、プレゼンテーション資料より

アミノサイエンスは、うま味調味料に欠かせないアミノ酸を活用したビジネスだ。飼料や化粧品の原料向けとして活用する道もあるが、AIやDXブームで急速に存在感を示しているのが半導体絶縁材料の「味の素ビルドアップフィルム(ABF)」だ。

半導体はウエハーに回路を形成し、チップに切り分ける「前工程」と、チップを半導体基板に設置し、外部のデバイスとの配線を施し、人工樹脂製のパッケージで封入する「後工程」がある。ABFはこの「後工程」で利用され、高性能パソコン向けの世界シェアはほぼ100%を誇る。 

チップが設置される半導体基板は、細かい電子回路を何層にも積み上げる。細かい回路の間で電気が干渉しないようには「絶縁体」が必要だ。ABFはこの絶縁体に使われる。ABFの主成分はエポキシ樹脂だ。同社は、アミノ酸を活用して、有機物のエポキシ樹脂と無機物の添加剤を均一に混ぜて、フィルム状に加工する技術を開発した。

かつて、半導体基板には液状絶縁体が使われていたが、フィルム絶縁体は工程数を減らせるなど、半導体産業にとっては「救世主」となった。

生成AIを下支え、今後も継続的な成長に期待

ABF

出典:味の素2023年3月期通期決算、プレゼンテーション資料より

ABFは主にロジック半導体向けに使われる。ロジック半導体にはパソコン、スマートフォンなどに向けた汎用品もあるが、ABFが今後ターゲットとするのは、ChatGPTに代表されるAIやデータセンター向けの高性能品だ。

高性能半導体は、半導体基板の回路も複雑で積層化するため、絶縁体の使用量も多くなる。味の素によると、一つの高性能半導体基板で使われるABFは、パソコン用の10倍に及ぶ。

同社は高性能半導体需要が着実に伸びることから、ABFの年間成長率を18%と見積もり、2023年3月期の半期決算の段階では群馬の製造工場の増産を前倒しで実施すると発表していた。

米仏で飛ぶように売れるギョーザ

味の素の冷凍ギョーザ

味の素の冷凍ギョーザ。

撮影:三ツ村崇志

値上げ浸透の影で目立たないが、アメリカやフランスでの「ギョーザ」の販売の好調も増益に寄与した。

アメリカは、東京五輪・パラリンピックの際に出場選手がSNSで「おいしい」と投稿した画像のギョーザが味の素製であることが話題となって、人気に火が付いたという。フランスでは業務用の販売から始まり、存在感が高まり、家庭用も伸びている。この結果、ギョーザの国内と海外の売上比率は1対1となった。

同社は国内冷凍ギョーザでは圧倒的存在感を示すが、海外が同じ比率になったことは特筆すべきだ。海外ではおおむね国内価格の3倍で販売しており、利益率の高さがうかがえる。

藤江社長は会見で、

「小麦粉の皮に味のあるものを包む文化は、ピロシキやタコスなど世界中にある。ギョーザはその種の食べ物に日本食の要素が加わったものでは」

と、独自の分析を披露した。

社長が危機感持った「中計病」

味の素の藤江太郎社長。

味の素の藤江太郎社長。

出典:味の素

また、今回は同社にとって、中期経営計画(中計)の策定を廃止した最初の決算でもあった。

多くの企業は10年スパンの「経営計画」と、おおむね3年ごとの中計を策定している。経営計画が「ありたい姿」や経営陣の思いを伝える定性的な記述が多いのに対して、中計は3カ年の売上高、ROEなどの定量目標を細かく定めるものだ。中計の進捗や達成度合いによって、経営者は投資家から厳しい評価を受け、各部署には社内の厳しい圧力がかかる。

藤江社長が問題意識を持ったのもこうした懸念からだった。

同社も、2020~2025年度を対象とした中計を策定済みで、定期的に進捗状況を確認していた。

しかし、藤江社長は同社のオウンドメディア

「今は先行きが不透明で将来の予測が非常にしにくい事業環境です。そんなときに3年程度先の計画の精緻な数値を作り込みすぎることで、現場が疲弊してしまったり、計画そのものの意味が薄れたりすることを『中期計画(中計)病』と呼んでいます」


「3年先にどうなるかわからないことを綿密に組み立てて、やれ計画だ、やれプランだということには意味がないと思います」

と語っている。

新指標に、社内から「腑に落ちない」声も

ASV指標

味の素が中計の代わりに提案しているASV指標。

出典:味の素2023年3月期通期決算、プレゼンテーション資料より

中計に代えて同社が新たに策定したのが、2030年の「ありたい姿」を設定してはじき出した「 ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)指標」だった。

2030年度のASV指標には「ROE約20%」「ROIC約17%」といったおなじみの財務指標も含まれるが、「環境負荷50%削減」「10億人の健康寿命延伸」など非財務指標も盛り込まれた。

ASV指標に準じる指標として、社員に「チャレンジの奨励」「ASV自分ごと化」などをアンケート調査して算出する「エンゲージメントスコア」や、ブランド調査専門会社のスコアを元にした「コーポレートブランド価値」でも一定の数値を示している。

決算会見では、新たな指標に対する社内での受け止めも語られた。

藤江社長の元には「腑に落ちない」「どういう意味か、具体的に計画を実行してみないとわからない」などの意見も寄せられているという。

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