写真左からKDDIの髙橋誠社長、楽天グループの三木谷浩史代表取締役会長兼社長。
撮影:小林優多郎
第4のキャリアとして登場し、話題に事欠かない楽天モバイルだが、5月11日に配信した「KDDIと楽天モバイル、新たなローミング協定の締結について」というプレスリリースは携帯通信業界を大きく驚かせた。
一言で言えば、6月からKDDI(au)のローミングエリアを「東京23区や名古屋市、大阪市などの一部繁華街」に広げるというものだ。
5月10日公開された楽天モバイルのプレスリリース。
出典:楽天モバイル
楽天モバイルは都市部以外や一部の地下鉄やトンネル、屋内施設などでauのローミング回線を活用していたが、既定路線では「KDDIへの依存度を下げ、自社エリアを広げることによって収益性を改善していく」という方針だった。2022年10月末時点で、4Gの人口カバー率は98%に達している。
なぜ、このタイミングで競合への資金流出となるローミングを拡大するのか。リリースと同じ10日に、ローミング提供側であるKDDIが開いた決算会見での髙橋誠社長の発言から推察していく。
4Gより5Gの注力するため、KDDIと新契約か
KDDIは2023年3月期決算会見を5月11日に開催した。
撮影:小林優多郎
KDDIと楽天の新しいローミング契約の締結は、楽天のプレスリリースによると2023年4月。KDDIが5月10日に開いた2023年3月期決算(2022年4月〜2023年3月末)の質疑応答の時間では、前述の楽天モバイルのリリースに関する話題に質問が集中した。
KDDIの髙橋誠社長が挙げた楽天側の思惑は「5Gへの投資」だった。
髙橋氏は楽天の会社としての競争力等について「みなさんがご判断を」としたが、「設備投資の面ではご苦労されていると見ている」「足元の競争環境の中で、(楽天モバイルの)加入者が(大幅に)増えているということはない」とコメント。
楽天モバイルが競合の目から見ても、依然として厳しい戦いを強いられていることを示唆した。
楽天モバイルの決算公告。
「インターネット版官報 令和5年5月10日(号外 第98号)」より引用。
5月10日付けの官報に掲載された決算広告によると、楽天モバイルの第5期(2022年1月1日〜12月31日)の売上高は2001億9400万円。一方、純損失は4265億9100万円にも登っている。
楽天のプレスリリースにも、「ローミングを活用することにより、財務負担を限定しつつ、迅速かつ効率的に接続性の更なる向上を図り」と記載しており、エリア化が難しく、かつユーザー数の多い繁華街エリアをKDDIに頼ることで、足元の出費を抑える狙いがあると考えられる。
楽天の真の思惑は楽天側のアクションを待つ必要があるが、髙橋氏は「5Gに傾注したい。それは楽天も同じ思い」とし、5Gのエリア化(2022年末時点での基地局数は7058カ所)へ投資を集中させることが楽天モバイルので狙いであると見る。
楽天からの「600億円の収入」を残したいKDDIの思惑
楽天へのローミング提供は「Win-Winの関係」と説明する髙橋社長。
撮影:小林優多郎
髙橋氏は今回の楽天との新しい契約を「Win-Winの関係」と表現したが、これは楽天側にかなり配慮したコメントという印象を受ける。ローミングエリアの拡大は、KDDIにとって、メリットしかない話だからだ。
KDDIも4G/5Gの設備投資には中期で総額500億円規模を想定しており、5Gの基地局に関しては2023年3月期末時点で約5.2万局、2024年3月期末には9万局を目標としている。
KDDIは5Gエリアの拡大を続けていく方針。
撮影:小林優多郎
そんな中で「設備投資の効率を上げたい」というのは当然の話であり、比較的古い4Gネットワークの一部を楽天に貸して収入を増やし、「トラフィックが4Gに比べて2.5倍増える」5Gネットワークに資金を集中させる構えだ(いずれも髙橋氏のコメントによる)。
また、物価高や燃料費の高騰、そして官製値下げの余波で値上げをするのも難しい中、少しでも収入は確保しておきたいという切実な事情もあるようだ。
KDDIは今回の新ローミング契約を勘定に入れない状態では、約600億円の営業利益減を予想している。
撮影:小林優多郎
というのも、2024年3月期の業績予想の中で、楽天へのローミング収入を含む「グループMVNO収入+ローミング収入」の項目は、約600億円の減少を見込んでいる。
髙橋氏によるとこの予想に、今回発表された新たなローミング計画は含まれていないとのことだが、「(楽天側に)もう少し緩やかに(ローミングの利用料を)減らせたら」と話していたと言う。
KDDIの2024年3月期の連結業績予想。
撮影:小林優多郎
なお、600億円からどれぐらい改善できるかは「追い追い発表する」としたが、「(2024年3月期で)3桁億はいくと思う」(髙橋氏)とした。
KDDIは2024年3月上期中に、マルチブランド通信ARPU(au、UQ mobile、povoを対象とした1契約あたりの月間収入)のマイナス成長を反転させ、注力領域の強化、特に対法人の非通信事業であるビジネスセグメントに注力していく方針だ。