深海で撮影されたシュモクザメ。エラがほとんど開いておらず、息を止めていることが分かる。
Alec B.M. Moore and Andrew R. Gates (2015). Deep-water observation of scalloped hammerhead Sphyrna lewini in the western Indian Ocean off Tanzania. Marine Biodiversity Records, 8, e91
- シュモクザメは、極寒の海域には少ない獲物を捕らえるために、凍えるほどの深海に潜ることができる。
- しかし、変温動物であるシュモクザメが、どのようにして冷たい海を生き抜いているのかについては長い間、謎に包まれていた。
- 新たな研究によると、このサメは潜水中に呼吸を止め、冷水を取り込まないことで体温を維持しているという。
シュモクザメ(ハンマーヘッドシャーク)は氷のように冷たい深海に潜っても生き延びることができる。その仕組みが研究で明らかになった。
2023年5月11日付でScienceに掲載された査読付き論文によると、アカシュモクザメは獲物を狩るために水深760メートル以上の深海に潜っていても体温を維持できるという。
このシュモクザメはエラを閉じて冷水が体内に入らないようにすることで体温を保つという、これまでにない生存戦略をとっていると、この研究を行った科学者らは考えている。
つまり、サメは狩りをする約17分もの間、呼吸を止めていることになる。
冷水を遮断する
このシュモクザメのエラは開いている。
Cory Fults
サメは変温(外温)動物で、体温をコントロールする手段が体内にない。
冷えすぎると代謝や脳、視覚、筋肉の働きが鈍くなるため、適温の水中で泳げるかどうかはサメの生死を左右する。泳げなくなったサメは息ができなくなるのだ。
そのため、なぜシュモクザメが水温摂氏4.4度ほどまで下がる凍てつくような水中に潜ることができるのか、長年の謎になっていた。
1時間弱の潜水中に「シュモクザメは20度以上の水温変化を体験している」と論文の筆頭著者で、ハワイ大学のサメ生理学・行動学者であるマーク・ロイヤー(Mark Royer)はInsiderに語っている。
ロイヤーらは、シュモクザメがどのように生き延びているのかを明らかにするために、成体のシュモクザメに、水深、周囲の水温、活動量、体の向きなどを記録するトラッカーを埋め込んだ。
その結果、シュモクザメは潜水する間はほぼずっと体温を維持しており、体温が下がるのは水面に近づいたときだけであることが分かった。
ロイヤーは、シュモクザメが呼吸を止めているとしか考えられないという。
シュモクザメは呼吸を止めることで体温を保つ
シュモクザメ。
Cory Fults
サメは体温調節ができないため、エラから冷水が入ってくるとすぐに体が冷えてしまう。
「水中でエラ呼吸をする動物にとって、エラは頭に括りつけられた巨大なラジエーターのようなものだ」とロイヤーは言う。
そのため極寒の海で体温を保つには、エラをしっかり閉じておかなくてはならない。
研究データからは、シュモクザメがほぼ垂直に下降する前にエラを閉じていることが読み取れる。再びエラを開くのは、息継ぎのために水面に向かってゆっくりと泳ぎ始める水深約300メートル辺りだ。
「その時間は平均で17分続く」とロイヤーは言う。
この考え方は、以前の研究で得られた映像でも裏付けられている。下の映像は、タンザニア沖でシュモクザメが深海を泳いでいるところを捉えたものだ。サメのエラはほとんど見えず、エラが閉じていることが分かる。
ロイヤーによると「これは、冷たい深海に潜るために息を止めるという行動を初めて捉えた映像」だという。
その戦略は進化的に優位だが、落とし穴も
網にかかったシュモクザメ。
Mark Conlin/VW PICS/UIG via Getty Image
この戦略は危険なようにも思えるが、これによってシュモクザメは進化上著しい優位性を獲得した可能性が高いとロイヤーは考えている。
「温暖な沿岸の浅い海域に生息する他のサメ類と競争するだけでなく、深海にまで進出することで、浅瀬でも深海でも好きなときに狩りができるようになったのだろう」
シュモクザメは深海のアスリートとして、一晩に何度も潜水するように進化してきたとロイヤーは付け加えた。しかし、これには落とし穴もある。
「もちろんこれ(進化)には回復期間が必要という代償がある。(潜水後は)45分から50分間ほど海面付近を泳いでいる。一息ついているようなものだ」
そのためか、水面近くの釣り糸や網に引っかかったときに、これらのサメは死んでしまう可能性が高い。その時点で、罠から逃れようとするいかなる努力も致命的になる可能性があるという。
また、気候変動による海洋の酸素濃度の変化も、サメに大きな影響を与えるだろう。
「例えば、熱帯太平洋の東部では、年を追うごとに海中の酸素濃度が低下するデッドゾーンが広がっている」とロイヤーは説明する。
「このような海域でシュモクザメが狩りをする場合、息継ぎのために浮上してエラを開くポイントが、海面に向かってどんどん高くなると、潜水からの回復がかなり難しくなるだろう」
ロイヤーはさらに研究を進め、シュモクザメが呼吸をせずに激しい運動に耐えることができる仕組みについて調査していくという。
例えば、深海に潜るクジラのように、筋肉に酸素を蓄えて血中の酸素不足を補っているのかもしれない。あるいは、酸素不足によるダメージから体を守る酵素を強化することで、無酸素運動を長時間行うのに適した代謝を実現しているのかもしれないと、ロイヤーは考えている。