リンクトインは中国で展開している求人プラットフォームを8月に停止すると発表した。
Reuters
マイクロソフト傘下でビジネス向けSNSを運営する米リンクトイン(LinkedIn)は5月9日、中国で展開している求人検索プラットフォーム「領英職場(InCareer)」を8月9日に閉鎖すると発表した。
リンクトインは2014年に中国に進出し、外資系を中心とした高度人材の人気を集めたが、人材紹介業界の競争激化と規制強化を背景に2021年にSNS機能を停止し、以後独自性を打ち出せずにいた。中国では米テック企業のサービス停止が相次いでおり、リンクトインもリストラに着手する中で、中国市場に見切りをつけざるを得なかったようだ。
「既に死に体」驚き少なく
リンクトインはグローバルで716人の削減を表明しており、中国ではエンジニア、マーケティングなど全部門を大幅に縮小する。
「領英職場」閉鎖については、「競争激化とマクロ環境がもたらす課題に直面した結果」と説明した。ただ、中国市場からの完全撤退は否定しており、今後は法人向けビジネスにリソースを集中し、中国企業の海外展開における人材採用やスキルアップ、ブランド構築の支援などに力を入れていく。
求人プラットフォームの撤退を巡り、中国では「おおむね想定内」「既に死に体だった」との声が多い。リンクトインは2021年12月に、それまで運営していたビジネス特化型SNS「リンクトイン中国」を閉鎖し、「領英職場」として再始動したが、そこから死へのカウントダウンが始まっていたと受け止められている。
2011年、リンクトインのジェフ・ワイナーCEO(当時)と対談するオバマ元大統領。
Reuters
2002年に米国でにサービスを始めたリンクトインは、ユーザーが実名や職歴を登録し、相互フォローしたり投稿や記事を共有したりすることで、キャリアに必要なネットワークを築けるビジネス特化型SNSだ。2016年にマイクロソフトに買収され、現在は200カ国超で、9億人近いユーザーを擁する。
中国に進出したのは2014年。当時は中国のIT企業が急成長を遂げ、外資の中国進出や中国人材の海外留学・就職も非常に活発だった。海外のビジネス・キャリア情報を入手でき、スカウトの機会も広がるリンクトインはグローバル志向の中国人ビジネスパーソンに支持され、広がっていった。
日系IT企業の中国法人で人事を務める男性は、「日本語が必要ないポジションはリンクトインで探すのが最も効率がよかった。英語のできるエンジニアやマーケターには特に浸透していた」と話す。
データ安全法と個人情報保護法の圧力
ところがリンクトインは2021年3月、「プラットフォームが提供するすべての内容とサービスが現地のルールに合致することを確保するため」中国国内の新規ユーザー登録を1カ月間停止。10月にはリンクトイン中国を閉鎖し、新サイトに移行すると発表した。
同社はその理由に、競争激化と規制への対応を挙げた。
2010年代後半に入ると、リンクトイン中国をベンチマークにするビジネス特化型SNSが次々に現れた。その代表格が脉脉(maimai)だ。実名が基本のリンクトインに対し、匿名で口コミを投稿できるコミュニティを用意し、ビジネスパーソンの人気を集めた。リンクトイン中国の2020年時点のユーザー数が5000万人前後だったのに対し、脉脉は1億人を超えた。
2010年代後半に入ると、BOSS直聘などオンライン人材企業が台頭し、リンクトインとの差を広げ始めた。
Reuter
ただ、リンクトイン中国閉鎖の直接的な理由は、規制強化だろう。リンクトインは2014年に中国進出する時点で、既にグローバルプラットフォームで400万人の中国ユーザーを抱えていたが、中国当局が欧米のSNSを警戒していることを踏まえ、セコイアの中国部門であるセコイア・キャピタル・チャイナ、中国寬帯産業基金(CBC)のVC2社と合弁企業を立ち上げ、中国にサーバーを置く「リンクトイン中国」を別途開設した。
ビジネス特化と現地化によって規制の問題をクリアし、フェイスブック、ツイッターなどが中国からアクセスできない中で、唯一運営を許された米系主要SNSになったわけだが、2021年に中国でデータの統制を強化するデータ安全法や個人情報保護法が施行されたことで、規制の影響の不確実性が増した。
特にユーザー情報の国外持ち出しへの監視が厳しくなり、同年7月には米国で上場した配車サービスのDiDi(滴滴出行)、トラック配車アプリ満幇(manbang)集団(フル・トラック・アライアンス)、人材マッチングアプリの「BOSS直聘」の3社が「国家安全法」および「サイバーセキュリティ法」違反の疑いで審査を受けた。
BOSS直聘は300万社近い有料会員を抱える人材マッチングアプリで、リンクトインの競合に当たる。リンクトインは2021年春から夏にかけて、ハッカーによってユーザー情報がダークウェブに流出したこともあり、中国当局の規制強化の姿勢を受け、リンクトイン中国の停止を決断したと見られている。
同年12月、リンクトインはユーザーが職務経歴書を公開し、企業が求人情報を投稿する求人プラットフォーム「領英職場」を新たに立ち上げたが、既存ユーザーの多くは、興味のある業界や企業のビジネスパーソンとネットワークを築き、転職やキャリアアップのための情報を得られるSNSに魅力を感じてリンクトイン中国を利用していただけに、心臓部とも言えるSNS機能が失われた後は、企業の人事担当者や経営者と直接マッチングできる「BOSS直聘」などローカルの同業にユーザー数で差をつけられていった。
ヤフー、アマゾン、エアビーも撤退
リンクトインは中国からの完全撤退は否定するものの、個人向けサービスの停止は、2021年から続く米系IT企業の中国撤退の流れの延長上にある。
ヤフーは2022年2月28日、中国本土から完全に撤退し、どのサービスにもアクセスできなくなった。2010年代に入って中国での事業を段階的に縮小していたが、個人情報保護法の施行を機に、中国市場を見限った。
アマゾンは同年6月末で、電子書籍を販売する中国のKindleストアの運営を停止し、民泊仲介大手のエアビーアンドビー(Airbnb)は2022年7月に、中国の民泊施設の仲介業務を停止した。
いずれの企業も現地企業との競争で苦戦し、コロナ禍や規制強化を機に撤退を決断している。米IT産業は業績の急激な悪化でリストラに追われており、中国市場の不確実性に対応する余裕もないのだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。