家電メーカーであるバルミューダは、12日に携帯電話事業の終了を宣言した。
撮影:小林優多郎
2021年11月にスマートフォン市場に参入したバルミューダ(BALMUDA)が携帯端末事業の撤退を発表した。
発表当時から共に大きな話題となった「BALMUDA Phone」の後継機開発を中止した形だ。BALMUDA Phoneは、なぜ日本の消費者に受け入れられなかったのだろうか?実機を購入したユーザーの一人として、その理由を考察してみたい。
1. マイナスからのスタートとなったBALMUDA Phone
BALMUDA Phoneを「消費者のもう1つの選択肢」として発表した寺尾社長(2021年11月撮影)。
撮影:小林優多郎
バルミューダは2021年5月にスマートフォンの製品化を予告し、8月にはIT製品などを扱う「BALMUDA Technologies」ブランドを発表した。
2万7000円を超える高級トースターなど、家電業界で特徴的なデザインと性能で差別化する製品を次々と投入してきたバルミューダがどんなスマートフォンを市場に投入するのか。多くの関心を集めた。
そして2021年11月16日に寺尾玄社長は「エレガントでコンパクト」な製品としてBALMUDA Phoneを発表した。
BALMUDA Phoneを片手に持つバルミューダ創業者の寺尾玄社長(2022年3月撮影)。
撮影:小林優多郎
だが、メディア関係者(とりわけIT関係)が下したBALMUDA Phoneへの評価はネガティブなものが多かった。
まず、本体性能に対して10万4800円という価格が高すぎると感じられていた(当時最新の「iPhone 13(128GB)」が直販価格9万8800円)。
また、カメラの性能も低かった。特に発売時のカメラのチューニングは食事を撮影してもおいしそうには写らず、トースターや電子レンジなどキッチン家電を販売しているメーカーの製品としては大きな欠点に見えた。
発売当初、カメラの品質はあまりよくなかった。
撮影:小林優多郎
寺尾社長は「スマートフォンに支配されている時間を取り戻す」「手になじむ自然をイメージしたデザイン」など、BALMUDA Phoneが他のスマートフォンとは異なる存在であることをアピールした。
しかし、その思いが伝わる以前に、BALMUDA Phoneは「IT製品」として低い評価を受けたのだ。
バルミューダという高いブランド力を持ちながらも、BALMUDA Phoneはマイナスイメージからの出発となってしまった。
2. ソフトは秀逸だが「乗り換え喚起」には力及ばず
BALMUDA Phoneは独自のアプリの魅力もあった。
撮影:小林優多郎
筆者はBALMUDA Phoneの発売日に、青山にあるバルミューダの旗艦店でSIMフリーモデル(メーカー版)を購入した。
端末はクレジットカードの分割払いにして、実は今でも支払いを続けている。もちろん、サブのスマートフォンとして現役で使い続けている。
BALMUDA Phoneの使い勝手は悪いものではなく、コンパクトなボディーはモバイルペイメントの際にポケットから取り出しやすい。
動画を見るときは画面が小さいものの、混雑している電車の中であればむしろ場所を取らないため使いやすい。
内蔵の時計アプリなどもデザイン・UIが良く、ミュージシャンであった寺尾社長が手がけたというオリジナルサウンドは美しく心地よい。電卓アプリは通貨換算にも対応している。
小さい画面でも年間から1日まで自在に表示できるカレンダーアプリ。
撮影:山根康宏
さらに、年間表示から1日表示までを指先操作で自在に拡大縮小できるカレンダーアプリのデキは秀逸だ。BALMUDA Phoneの小さい画面でもスケジュールの確認が容易にできるのは気に入っている点の1つだ。その後、Androidアプリとして一般公開され、筆者は大画面スマホ「Galaxy Z Fold4」でも使っている。
他にも待ち受け画面のカスタマイズ性など、BALMUDA Phoneはソフトウェアに特徴のある製品でもあるのだ。
だが今や誰もがスマートフォンを所有している。
初めてBALMUDA Phoneを触った人ならそのソフトの良さに感銘を受けるかもしれないが、すでに他のスマホ、特にiPhoneを使っているユーザーに対し、買い替えさせるほどの力はなかったのではないだろうか。
3. 消費者不在で設定された「14万円超」のキャリア版
BALMUDA Phoneは、キャリア向けにはソフトバンクの独占販売となった。
撮影:小林優多郎
特に価格に関しては、筆者は苦言を述べたい。
メーカー版に対して、ソフトバンク版の価格は14万3280円と約1.5倍。ただし「新トクするサポート」を利用すると、購入後25カ月目に端末を返却すると、実質7万1640円に割引となる。
「(通信キャリア実施の)割引価格を安く見せるため、キャリア販売価格をメーカー価格より高くする」という、日本の悪しき慣例に従ったこの売り方は、BALMUDA Phoneの開発にソフトバンクが関わっていたとはいえ、消費者不在の価格設定としか思えない。
バルミューダのトースターは価格が高くともおいしいパンが焼けるという高い満足度を与えてくれる。
しかし、メーカー直販とキャリア販売価格に大きな乖離がある理由を、今の消費者はすぐに見抜くだろう。
本来10万円台のBALMUDA Phoneが「14万円もするのに性能が低いスマホ」と、さらに低い評価を受けることになってしまったのではないだろうか。
4. エコシステム不在、ユーザー体験を高められなかった
曲線を多用したデザインがBALMUDA Phoneの特徴のひとつ。
撮影:小林優多郎
BALMUDA Phoneは外観の仕上げにも特徴があり、背面は使い続けていくうちに味の出る「エージング効果が得られる」(当時の説明員)と言われた。
とはいえ、本体を落とせば画面が割れたりカメラが故障する恐れもある。そのためBALMUDA Phoneは発売と同時に樹脂製のケースが別売されたが、そのケースをつけると背面の独特の仕上げが隠れてしまう。せっかくのデザインが見えなくなってしまうのだ。
2022年2月にはチェスターフィールドソファから着想を得たというデザインの「チェスターフィールド」ケースを発売。
肌触りも良く外観もかわいらしくも見えるこのケースを購入したBALMUDA Phoneユーザーも多かっただろう。
しかし、なぜこのケースをBALMUDA Phone発売と同時に発表しなかったのだろうか。
そもそも10万円もするスマートフォンを買うユーザーに対し「どこにでもある」ようなケースしか選べないのであれば、製品に対する興味も薄れてしまう。
BALMUDA Phoneのイメージを変えてくれる「チェスターフィールド」ケース。
出典:バルミューダ
2022年6月にはBALMUDA Phoneの本体形状に合わせた「バルミューダ ワイヤレス充電器」も発表された。
こちらもバルミューダの製品らしく優れたデザインの製品だ。しかし製品の発売からすでに半年以上が過ぎたこの時期、興味を持ったのは既存のユーザーくらいだっただろう。
1度購入すればそれで完結する家電と異なり、スマートフォンは後からOSやソフトウェアのアップデートが可能であり、またケースなどアクセサリーを使ってカスタマイズもできる。
バルミューダはBALMUDA Phoneユーザー向けに1年を通してアップデートやアクセサリーを提供し、ユーザーに常に高い満足度を提供しようとした。
しかし、「全く新しいスマホ」を提供するというのであれば「季節の移り変わりを感じさせるケースを春に」「スタイリッシュな充電台もいずれ投入」など、BALMUDA Phoneを持つことにより得られる「新しい体験」を製品発表の時点で見せるべきだった。
バルミューダとの家電連携は行ってほしかった。
撮影:山根康宏
さらに、スマホは「BALMUDA Technologies」という家電とは別ブランドで展開されているとは言え、バルミューダの家電との連携は一切なかった。
同ブランドの将来のIT製品の展望もわからず、BALMUDA Phone、BALMUDA Technologiesが展開するだろうエコシステムが一切見えてこなかった。
スマートフォンを単体で使う、という考えはもはや過去のものだ。
「BALMUDA Phoneを中心とした新しい日常生活」のイメージを提案できなかったのが、同製品が市場で受け入れられなかった最大の敗因ではないだろうか。
5. 独自ハードウェアを作る難しさ
ゼロからハードウェアを開発したバルミューダの努力は忘れてはならない。
撮影:山根康宏
バルミューダは「枯れた技術」である家電製品に付加価値を加えることで成功を収めてきた。
しかし、スマートフォンはまだまだ日進月歩で進化が進む製品だ。さらに発売後もソフトウェアアップデートなど引き続き開発やサポートを続けていく必要がある。
独自設計の製品で参入したバルミューダの努力は大いに評価したいが、スマートフォン事業の継続には長期的なビジョンが必要だ。
後継モデルの開発を断念したということは、その見通しが甘かったということなのだろう。
寺尾社長の掲げた「これまでにはないスマートフォンを作る」という信念には共感できるだけに、今回の事業撤退を残念に思うと同時に、独自のハードウェアを作る難しさを改めて感じさせられた。