撮影:千倉志野
Twitterで「三木アリッサ」と検索してほしい。するとまず目に飛び込んでくるのがビーム光線を出しているアイコンだろう。
だが、そのアイコンの強烈なインパクトに怯んではいけない。実際の三木アリッサ(31)のバイタリティにはそれ以上に圧倒されるし、何より人生は波瀾万丈そのものなのだから。
三木を一躍有名にしたのは、アメリカで発売したMISAKY.TOKYO(ミサキトウキョウ、以下MISAKY)という、砂糖と寒天を材料とする琥珀糖(こはくとう)という和菓子だった。
だがそれは一般的な和菓子のイメージとはかなり違う。深いグリーンの箱にオレンジのリボンというラグジュアリーブランドを思わせるようなボックス。琥珀糖自体はアクセサリーを思わせるような鮮やかな色。味も日本で食べるものよりフルーツのフレーバーが際立っている。
米市場に受け入れられた鮮やかな色
深いグリーンのボックスに入ったMISAKY .TOKYO。緑とオレンジのコントラストは歌舞伎をイメージしたという。
撮影:千倉志野
日本の伝統や技術を世界に、と決めてスーツケース2つと貯めた200万円を持って、単身アメリカに渡ったのは2019年。和菓子作りの修行を積んだわけでもなく、YouTubeを見ながら1人で試行錯誤を重ねた。
ほどなく2億人近いフォロワーを持つセレブのキム・カーダシアンから自身のキャンペーンにMISAKYを使いたいとオファーされ、続いて全米から30社しか選ばれないアカデミー賞やエミー賞の前夜祭で販売される製品にも選ばれた。
世界の社会課題を研究する経済シンクタンクであり、「アメリカのダボス会議」とも呼ばれるミルケン・インスティテュートにU40の日本人女性として唯一採択され、TikTokのフォロワー数はすでに100万人……と書くと、三木は創業から数年間で順風満帆にアメリカン・ドリームを体現しているかのように思える。
だが、細い幸運の糸を手繰り寄せられたのは、三木が積み上げてきたマーケターとしての直感と戦略、さらに、なんのツテもない相手に対しても飛び込んでいく勇気と情熱があったからだ。その全てを動員したからこそ、「運」を引き寄せたことも取材をすると分かる。
ヴィーガン、グルテンフリー志向という米市場のトレンドを読み切っただけでない。日本の伝統的な和菓子の世界からは「あんなものは和菓子ではない」と酷評されながらも、日本の和菓子のままでは米市場では限界があると感じ、色や形にも徹底してこだわった結果が、MISAKYだった。
400年培われた日本の海藻技術を世界に
撮影:千倉志野
三木の会社は今、MISAKYに続き、海藻加工技術を駆使した商品で再び米市場に打って出ようとしている。
「うちは和菓子の会社だと思われていますが、実は海藻加工のテクノロジーの会社なんです。MISAKYの開発の中で培われた加工の技術を、次はドリンクの形で発売します」
新商品は海藻由来のドリンク「OoMee(ウーミー)」。商品名には、サステナブルな地球環境に配慮したという意味で「海」と、環境や健康に配慮した商品を日常的に手にする自分自身に「Oo, Mee(私、最高!)」と誇りを持ってほしいという思いを込めた。
海藻由来ドリンクのOoMee。ブルーベリー&エルダーフラワーなど、日本ではあまり見かけないテイスト。
撮影:千倉志野
食物繊維を豊富に含んだ寒天を原材料としているので腸内環境にもいい。2023年3月には全米最大の食品展示会ナチュラルプロダクトエキスポに出品、NEXTYアワードの次世代プラント部門のファイナリストにも選ばれた。
海藻由来と聞くと、いわゆるゼリー状の飲み物を想像するが、粘着性はなくサラサラしていて飲みやすい。
アメリカでは健康志向や環境への意識の高まりによってヴィーガン、グルテンフリー、プレバイオティクス(腸内環境改善)のマーケットが急速に拡大している。特にプレバイオティクス市場は2028年には10兆円規模になるとも言われているが、アメリカにはこれまで海藻から作ったドリンクはなかった。三木はそこに注目した。
「健康食品としての海藻食品の潜在力だけでなく、400年も前から培われてきた日本の海藻加工技術の素晴らしさも世界には発信できていない。海藻の加工技術では、日本が世界一なんです。
さらに海藻由来の食品は地球環境にもいい。海藻は成長する段階で二酸化炭素を吸収することが分かっているので、収穫するとそれだけ成長し二酸化炭素を吸収するんです」
三木の会社は今後ドリンクだけでなく、海藻の加工技術や海藻パウダーを他社に提供する事業も展開する予定だ。MISAKYやOoMeeで企業ブランドや認知度を高める一方で、B2B事業でさらに海藻の可能性を広げようとしている。食品だけでなく、例えば医療用カプセルやプラスチックに代わるパッケージの材料にもなると考えているのだ。
「結果的に売り上げが安定するだけでなく、アメリカの食品市場の他にも複数の大きな市場で挑戦できる。日本人起業家としては、かなり珍しい挑戦をしていると思っています」
保守的な食品業界の厳しい現実
アメリカの食品業界で生き残ることは並大抵のことではない(写真はイメージです)。
gettyimages/Hispanolistic
渡米した頃目指していた「日本の伝統を世界に」という目標は今も持ち続けているものの、当初はMISAKYを成功させたら、その延長でラグジュアリーな世界観を体現する食器などライフスタイル商品を、と考えていた。
「最初は日本の伝統文化でルイ・ヴィトングループのようなラグジュアリーブランドをつくることを目指していました。でも、アメリカで挑戦を続けているうちに、1つのブランドで成功するということがどれだけ難しいか分かったんです」
誰にでも開かれ挑戦できる国だと思われているアメリカでも、特に食品業界は保守的だった。業界を支配しているのは白人が中心のファミリービジネスだと思い知った。
「一つのブランドを立ち上げるだけでも1ミリオン(ドル、約1億4000万円)ぐらいかかると言われているんですが、食品業界で投資が集まりやすいのは白人の会社。
それは食品スタートアップの世界でも同様で、成功している経営者の子どもたちが創業する会社に投資が集まるのです。移民でマイノリティとして戦うのはとても厳しい。
でもテクノロジー企業であれば移民でも成功できる可能性はあるし、もっと多様性が尊重されると思ったんです」
三木がフードテック企業へと舵を切ったのは、自由で平等に見えるアメリカの「見えない壁」に何度も跳ね返されてきたからこその現実的な選択でもあるのだろう。食品業界ならではの保守的な商慣習に加えて、製造業独特の難しさもある。
現場を持つことで生じる設備投資の重さ、雇用の責任。流通や卸売、小売との関係構築に、在庫というリスクも抱える。食品業界での起業はIT分野とはまた違う、「現場」を抱えるがゆえの苦労がある。
2019年1月の「BEYOND MILLENNIALS」授賞式に参加する三木(写真中央)。
撮影:今村拓馬
三木はBusiness Insider Japan(以下BIJ)が開催してきたミレニアル世代でゲームチェンジャーとなるキーパーソンを選ぶ「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ)」の初回の受賞者の1人だ。当時の紹介文にはこうある。
「ライフイズテック株式会社グローバル事業部/イスラエル女子部代表
日本を元気にすべく『外貨獲得』『温かい社会作り』を実験中。本業のライフイズテックで米国法人立ち上げに従事。イスラエル女子部では高出生率、高女性参画を誇るイスラエルの“家庭も、仕事も、両取り”術を提唱し、2018年発足から1000人に伝授した」
当時の受賞理由は「イスラエル女子部」の活動だった。この活動に入るころまで三木は自分を肯定できず、うつ状態に苦しんでいた。アメリカで生まれた帰国子女として、日本の小中高ではいじめに遭い、不登校の期間も長かった。今の三木からはとても想像できないだろう。
このBIJのアワードの授賞式が開かれたのは2019年1月。授賞式で、「私、起業のためにアメリカに行くんです」とすでに話していた。
次回以降はたった1人でアパートのキッチンから生まれた三木の起業ストーリーと、自分の居場所を探し続けた時代からの覚醒を描いていく。
(敬称略、明日に続く)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、4月よりBusiness Insider Japanの統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーター、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』『いいね!ボタンを押す前に』(共著)。
衣装協力:Desigual、ABISTE