撮影:千倉志野
三木アリッサ(31)がロサンゼルスで起業した会社、Cashi Cake Inc.の第1号社員は現地在住の日本人の女性だ。
2020年2月から始まったコロナ禍は三木の会社にも大きな影響を与えた。ロックダウンによって、数々のパーティーがキャンセルされたことで、MISAKY.TOKYO(ミサキトウキョウ、以下MISAKY)の納品先が消えた。あるレセプションが急に中止になった時は、200個のMISAKYの行き場所がなくなった。
そこで急遽オンラインで販売することにした。コロナ禍を見越してオンライン販売用の箱など少しずつ体制を整えていたことが功を奏した。Twitterで購入を呼びかけたら100万人が見てくれた。
アジア系女性を積極採用
1号社員となった「メグ」はLAで現地採用した。
提供:Cashi Cake Inc.
その時購入してくれた1人が1号社員となったメグだ。メグが万華鏡フィルターを使って撮影し、InstagramにアップされたMISAKYは、太陽光に反射し、本物の宝石のようにキラキラしていた。
「なにこの子、めっちゃセンスいいと思って。プロフィール見たら、LAに住んでて。すぐに『お茶しませんか?』って連絡しました。ちょうど大学を卒業したばかりだったので、すぐにうちでインターンしませんか?って誘ったんです」(三木)
メグは独学でマーケティングやデザインなども勉強して、今や三木の右腕としてブランドマネジャーを務めている。
アメリカで生まれ、流暢に英語を話せても、アジア系、女性というだけで受ける差別もある。だから三木は、自社では極力マイノリティの女性を雇うことを意識してきた。2023年5月現在ではパートタイムも含めて約50人が働いているが、女性比率は92%で、非白人などのマイノリティ比率は86%だ。
「半年で離職する人も珍しくないアメリカで、半数が1年以上働いてくれているのも珍しいんじゃないかと思ってます」
今後、主力商品となる海藻ドリンクOoMeeの商品開発を中心で担ったのは、キッチンスタッフのフィリピン人のユニスだ。海藻が本来持っているビタミンを壊さずに加工する方法は、彼女が何度も試作を繰り返して開発した。
MISAKYも引き続き進化をしている。アメリカでの人気が定着した今でも、毎月新しいフレーバーの新商品を2、3ずつ投入。投資家からは、すでに今あるものを定番として売っていけばいいのでは、と言われるが、三木は新商品を開発し続けているから、メンバーたちに商品開発の地力がついたと信じている。
「先日はメンバーの1人が3Dを活用して薔薇の形の琥珀糖(こはくとう)を作ってくれたんです。彼女は元ネイリスト。競合はこんな商品作ってるよ、もっとこんなデザインが可愛いんじゃないと何十ものアイデアを考えてくれたんです」
2回目で紹介した伊那食品工業が海外に進出する際のパートナーに三木の会社を選んだのは、三木自身が楽しそうに働いていることが決め手になったと話してくれた。伊那食品も社員の幸せを第一に考える会社として知られるが、三木も、自身だけでなく社員一人ひとりが楽しく、そして能力を発揮しやすい環境を作ることを意識している。
失礼な態度には泣き寝入りしない
この「ミライノツクリテ」という連載では、これまで何人かの女性起業家や投資家を取材してきた。誰もが女性というだけでVCなど投資家から差別をされたり、家庭との両立に葛藤したりしていた。一体いつになったら、こうした偏見や差別から解放されるのだろう。
女性というだけで理不尽な目に遭ってきたのは、三木も同様だ。アメリカで和菓子で起業するというアイデアを話していた当初、多くの男性投資家や起業家の反応は、「お手並み拝見」とばかりに冷ややかだったという。
ある時には投資の相談に行ったら、面会場所としてホテルを指定され、話が終わった途端「続きは部屋で」とルームキーを渡されたこともある。でも、そこで泣き寝入りはしなかった。
撮影:千倉志野
「あの時はちゃんとブチ切れました。その時以外にも私が男だったら絶対にされないんだろうなという態度を取られたこともあります。
その都度私は、『それは失礼ではないですか』と言うようにしてます。ケンカしていいことはないけれど、私がアメリカに来て学んだことは『正しく主張することは大事だ』ということです」
Twitterを見ていても、絡んでくる人たちに怯まず正面から反論している。それでもある時、noteにこんな心情を吐露したこともある。
「どうか私を叩かないでください。どうか私のエネルギーを奪わないでください。世界のCASHIとして、日本のお菓子に新しい光を当てていけるよう頑張って参ります。
SUSHI、HASHI、CASHIとして日本のお菓子が共通言語として浸透されるほど頑張って参ります。引き続き叱咤1割、激励9割でいただけたら嬉しいです」
「日本のために」と思ってやってきたのに、なぜここまで言われなくてはならないんだろう……と思い悩むこともあった。誹謗中傷には時間も心も消耗する。
「応援や支援をしてくれる人はいるけど、その何十倍もの誹謗中傷を受けてきたので、味方なんて誰もいないんじゃないか、とまで思い詰めたこともあります。
なぜあの文章を書いたのかというと、あなたの無責任な一言で、起業家のエネルギーがすり減っているといことは知ってほしいと思って……」
日本の伝統業界から異端児として批判されても、「日本の伝統や技術を世界に」という使命感で自身を奮い立たせてきた。オンライン上で誹謗中傷されても、アメリカで「正しく主張する」ことを学んだから、日本のジェンダー不平等な状況に耐え切れず意見も言ってきた。
「トラディショナルな人からすると、私は得体が知れないだけでなく、うざいと思います。特に男性からは『もっとこうしろ』『こうするべきだ』と直接言われることもありました。
日本の伝統にはものすごく敬意を払っているけど、でも私は自分の手でアメリカで挑戦してきた。その上で経営方針とかブランド戦略とか判断しているんです」
MISAKYは、まるでラグジュアリーブランドのようなボックスに入って届く。
撮影:千倉志野
結婚していた時、元夫の友人たちが「大変な嫁さんもらったな」と話している声も聞いた。起業家の中からも「あいつには近づくな」という声も聞こえてきた。でもそんな人たちは、三木がBusiness Insider JapanやForbes Japanの賞などを受賞すると手のひらを返したように近寄ってきた。
「それが逆に吹っ切れるきっかけにもなりました。人間ってこんなものだと。今、自分のことをすごく不遇だと感じている人も希望を持ってほしい。人生はたった一つのきっかけや出会いで変わるのだから」
自身を肯定できず、精神的に追い詰められ、そのことで能力を発揮できなかった期間が長い三木は、傷ついている人に敏感だ。誰でも求められる場所さえあれば、前向きになれることを誰よりも知っているから、困っている人を見たら放っておけない。ロサンゼルスで日本人の若い女性たちが悩んでいれば、自宅に呼んでご飯を作り、相談にも乗る。
「そういう人たちに対しては、いい人でありたいという気持ちが強いんです」
この夏、海藻テックカンパニーの顔となるドリンクOoMeeがいよいよアメリカで発売となる。
最近、会社のPRマネージャーから、もうパブリックパーソンになったのだから、そろそろTwitterの目からビームが出ているアイコン写真を変えたらどうかと言われた。
「だけど、あのぐらいが私らしいと思って。当分はあのままでいこうかなと思ってます」
(敬称略、完)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。週刊朝日編集部などを経て、1999年からAERA編集部。副編集長などを経て2014年から編集長に就任。2017年3月末で朝日新聞社を退社し、4月よりBusiness Insider Japanの統括編集長に。2020年12月末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーター、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』『男性中心企業の終焉』『いいね!ボタンを押す前に』(共著)。
衣装協力:Desigual、ABISTE