海外エリートにとって移民は当たり前。日本“以外”で働く選択肢はありますか?

リスボンの写真

2023年3月に訪れたポルトガルの首都リスボン。イスラエル人の友人と再会し、「人生のプランB」について尋ねられた。

撮影:雨宮百子

「あなたの人生の『プランB』について聞かせて」

2023年3月、ポルトガルの街・リスボンで、私はイスラエル人の友人からそう問いかけられた。

「プランA」の人生が予想していた人生だとしたら、「プランB」はこれまでの計画がうまく行かなかったときの次善の策を意味する。しかし「プランBのキャリア」を考えている日本人は、一体どれだけいるだろうか?

彼女の質問に対して私はこう答えた。

「私にとってのプランBは、留学中の今かな。日本以外でも食べていける力を鍛えるために、国外で学びなおすことにした」

彼女はうなずいて、こう返した。

「そうだよね。だってこれだけ世界の情勢が不安定なうえ、特に日本はロシアや中国といった大国に挟まれて、地政学リスクも高いもの」

不確実性の高い、いわゆるVUCA(※)の時代は「プランB」くらい考えていて当然だろう、というのが彼女の思想だった。

彼女に問い返すと、プランCあたりまでスラスラと答えてくれた。

※VUCA……Volatility(変動性)Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)の略語

イスラエルで出産。その後「政治危機」に

友人との記念撮影

ポルトガルで再会したイスラエル人の友人との記念撮影。右は筆者。

撮影:雨宮百子

日本語を含めて約6か国語を話す彼女とは、2018年に初めて日本で出会った。

私は当時、日本で書籍の編集者をしており、イスラエル軍のエリート組織についての書籍をつくるために取材をしていた。

先が見えない世界で、どうやって未来を生きるか──。その答えを探すなかでのことだった。

コロナ禍でも数カ月に1度はオンラインで会話をしていたが、今回彼女がポルトガルにくるということで、予定を合わせて会うことにした。

しかし、彼女にとっては単なる旅行ではなかった。彼女には重要な任務があったのだ。それは、ポルトガルの市民権を取得することだ。

彼女が住むイスラエルはイノベーション大国だ。かつては砂丘だった場所に、今では世界で最も裕福なハイテク企業を擁する高層ビルが建っている。特に近年はイノベーションの芽を探して日本からの投資も増えていた。

そんな同国だが、ベンヤミン・ネタニヤフ首相による司法改革の賛成派と反対派で、前例のない分裂が起きている。

CNNが4月に公開した記事によると、数カ月前から何十万人ものイスラエル人が毎週街頭に出て、同国史上最大かつ最長の抗議運動が行われていた。イスラエルのほぼすべての分野が政治危機に巻き込まれており、イスラエル国外に住む投資家は、混乱をリスクと見なして投資を控えるなど影響が及んでいる。

彼女は、昨年出産したばかりだった。このままの状況が続くのであれば、子どもの将来も考え、国外に移住することを考えたのだという。

昼食を一緒に食べながら祖国の現状について涙をながして語る彼女を見て、恐ろしいスピードで世界は動いていることを感じた。

プランBで得た「EU市民」への入り口

写真はイメージです。

2019年に撮影したイスラエルの都市テルアビブの街の様子。

撮影:雨宮百子

そんな彼女にとって、ポルトガル国籍の取得は「重要なプランB」だった。

数年前、ポルトガル政府は500年以上前にポルトガルから追放されたポルトガル系ユダヤ人の子孫が国籍を保持できるようにする新しい法律を可決した。

背景には、過去の過ちを正すという意味と、少子化によって減少する労働力を補いたいという戦略があったようだ。

イスラエルも、ポルトガルも、二重国籍を認めているので、彼女は両方の国籍を維持することができる。ポルトガルの市民権を持つということは、EU市民への入り口のパスポートにもなる。移動の自由や教育の機会が大きく広がることになるのだ。

イスラエル人のコミュニティは非常に狭い。彼女はこの話を聞いた直後、祖先を調べたようだ。その結果、自分が該当者にあたることが分かり、弁護士を通じて市民権の申請を進めていた。

ただ申請してから取得には約2年もかかったという。そして、ついに「パスポートや必要書類が準備できた」との知らせがきて、ポルトガルに取りに来ることになったのだ。

あまりに多くの人がこの制度に殺到したため、現在ではこの措置は変更されてしまったという。まさに、早く情報を仕入れ、すぐに動いたかどうかがEU市民権への道を分けたと言えるだろう。

彼女とポルトガルで再開した数日後、私のほうが先に帰国する予定だったので、ポルトガル滞在の最終日に彼女に連絡をすると、彼女はすでに飛行機の中だった。

抗議活動でテルアビブの空港が閉鎖されそうなため、滞在を短縮し、フライトを変更したそうだ。相変わらず、彼女の行動は速かった。彼女のような人が、不確実性の高い社会で生き残れるのだろうと痛感した。

「リスクヘッジ」は日常茶飯事

ベルギーの大学院の写真

筆者が通っているベルギーの大学院。さまざまな国籍の学生が通っている。

撮影:雨宮百子

世の中や社会に変化がなければ、なんとなく「プランA」の人生を生きることができるかもしれない。しかし、人生は想定外の連続だ。変化が訪れたときに、プランAに固執するのではなく、プランBを柔軟に考える姿勢がVUCAの時代に最も必要とされることなのかもしれない。

そういう意味では、自国ではなく他国に移り住んだ移民もまた「プランB」と言えるだろう。

私が留学しているベルギーはたくさんの移民であふれている。私が通う大学院の同級生のバングラデシュ人の女性は、バングラデシュの大学院を卒業したあとベルギーにやってきた。現在は働きながら三つ目の大学院に通っている。「バングラデシュには帰らない」そうだ。

実はEUでは、EU法によって「EU諸国で5年間途切れることなく合法的に生活している人は、長期滞在者の地位を得ることができる」と定めている。

安定した定期的な収入源、健康保険に加入している、などいくつかの条件はあるが、これによって欧州での安定的な滞在資格(永住用滞在許可証)を持つことができるのだ。彼女は、これを狙っている。

「安定した安全な在留資格を持ち、労働、教育、社会保障への完全なアクセスを認めることは、非EU国籍者が居住する社会に統合するために重要である」というEU法の考えが基になっており、多くの留学生がこれを視野に入れている。

パキスタンからきた別の友人は、フランスの大学院を修了後、ベルギーで働き始めた。

彼もこの制度のことは当然知っており、「あと1年」と息巻いていたが、先日雇用先の不手際により、滞在許可証の期限が切れてしまい、急遽パキスタンに帰国しなくてはいけなくなってしまった。再びベルギーには戻ってくるようだが、「1年目」からになってしまう可能性もあるようで心配していた。

移民を多く受け入れているベルギーであっても、制度を熟知していない限り、ビザは死活問題となる。他の国籍を持つ学生や労働者にとっては、なにか一つでも不都合が生じた時でも、他の可能性を残しておく「リスクヘッジ」は日常的に重要になってくる。

国外に出ていく「日本人女性」

ポルトガルのリスボンで撮影。

撮影:雨宮百子

「正直、日本と海外のイイトコドリをしたい」

「国籍や教育のことも考えて、子どもは海外で生みたいし、育てたい。そのために今から夫婦で戦略を練っている」……。

留学を含め、海外で生活する日本人と話すときに聞く本音だ。

世界では、よりよい教育や環境を求めて人は移民となってきた。日本ではイメージしにくいかもしれないが、実は日本からの移民も増えている。

外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2022年10月の時点で、海外の永住者は過去最高の約55万7034人になった。

永住者は20年連続で増加しており、地域別でみると「北米」が最も多く27万3774人、「西欧」が9万195人、「大洋州(オセアニア)」が7万6107人と続いた。男女比でみると女性がの方が多く約62%だった。

イスラエルの友人は、彼女自身ががそうであったように息子にも「どこでも生きていける力」を授けたいと感じているという。言語は武器になる。彼女は英語で、パートナーはヘブライ語で、祖母はロシア語で、と各国の言葉ですでに語りかけて教育している。

経済だけではなく、精神的にも「より豊かに生活できる明日」を求めて、世界の同世代はしたたかに動いている。そして、そのための努力を惜しまない。

少子高齢化など、数字で見える日本の未来と課題が現実としてあるなかで、私たちはどう動くべきか。考える時がきているような気がしている。


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