その翻訳精度からユーザーが増えているAI翻訳の「DeepL」。
撮影:小林優多郎
ドイツのAI翻訳サービスDeepLのヤロスワフ・クテロフスキー(Jaroslaw Kutylowski)CEOが来日し、プレス向けに事業戦略を語るラウンドテーブルを開いた。
イベント開催は5月12日のこと。実はその前日に、クテロフスキー氏は東京の自民党本部などにも訪れていた。
プレス陣に語ったのは、現在のAIについての問題点、そして7月に設立する日本法人の状況、日本向けの事業戦略、さらにChatGPTの影響など多岐にわたる。
DeepLの経営トップが見る翻訳AIとビジネスの現状をレポートする。
AIの危険性など議論「タイミングとしては適切」
DeepLのヤロスワフ・クテロフスキーCEO。
撮影:中山智
「(2017年の創業以来)初めてAIをグローバルスケールで活用する企業となっている」
説明会のなかで、クテロフスキー氏は、現在では500人以上の従業員、有料版の登録者50万人以上、登録法人数は2万社以上にまで成長していると、説明した。
DeepLというと、翻訳サービスのイメージが強いが、文法や句読点の間違いを修正したり、文脈から表現の候補を提案し文章作成を支援する「DeepL Write」も2023年1月からリリースしている。
現在は英語(イギリス・アメリカ)とドイツ語のみだが、手作業による編集をなくし、生産性を向上させられるサービスとなっている。
クテロフスキー氏はAIを上手く機能させるためには「たくさんのデータが必要で、それを使ってモデルを学習させる。このプロセスが大変重要」と説明。
実際DeepLのクローラーはインターネット上のペタバイト(1TBの1024倍)級のデータを収集している。
データ作成時にペタバイトクラスのデータをスクレイピング(収集)。
撮影:中山智
AIを使ったサービスというと、昨今はこのスクレイピングしているデータの扱いについて議論がなされている。
クテロフスキー氏は「顧客のテキストはそういったAIの学習には使わないということを徹底している」と話しており、翻訳されたあとはDeepLのインフラからは完全削除しているとしている。
欧州基準のデータプライバシーポリシーで厳しく運用している。
撮影:中山智
また生成AIが注目を集めているが、そこで提示される不適切な表現も問題視されている。
AIが有能になればなるほど、そのリスクは高まるとクテロフスキー氏は指摘。
「AIがきちんと我々のサポートになっている。間違ったことではなくて、我々の支援になっているということをきちんと判断していく必要が求められていく」と話している。
クテロフスキー氏はAIの品質の測定が難しいと語る。
撮影:中山智
クテロフスキー氏は、前日の自民党での意見交換会にも参加し、議員に対し「DeepLはヨーロッパの会社として、現地での厳しい規制にも慣れている」と説明したという。
AIの危険性などをピックアップして議論することについて「私自身もAIリサーチャーとして、タイミングとしては適切だと思う」と述べている。
DeepL第2位の市場・日本でオフィス開設
今回、DeepLが日本でラウンドテーブルを開いた背景には、「日本は弊社にとって世界でも第2位の市場」(クテロフスキー氏)であることから、DeepLが日本市場を重要視しているためだ。
現状では日本に15名ほどの社員がおり、すべてリモートワークで業務をしている。7月1日より、日本法人をたちあげ、東京にオフィスを開設する。
具体的な人数や職種の言及はなかったが、日本での社員数も増やす予定だ。
7月に日本支社を開設し、本格的に日本での活動をスタートさせる。
撮影:中山智
クテロフスキー氏はオフィス開設決定の意図を以下のように話している。
「オフィスを構えて我々の社員が適切な場所で一同に会し、アイデアを交換し合い、お客様と会えるような場所を作るということを重要視した。
日本の社員が増えることで、よりお客様と結びつきが強くなる。そしてフィードバックをよりよく集められる。
それは製品とアウトプットの品質の向上につなげられると思っている」(クテロフスキー氏)
AI企業であっても、現地社員やオフィスの重要性はやはり高いというのは興味深い。
ただし、データセンターに関しては、現状ヨーロッパにおいて、日本に設置する計画はないとのこと。
一方で、日本とヨーロッパとの接続スピードを改善するため、専用線を設けることは検討しており、「より速いサービスが日本で提供できるように考えている」と話す。
ChatGPTなど登場でも「あまり変化はない」
昨今、ChatGPTなどの登場により、翻訳であれば、ほかのサービスでも(チャットと併用できる分)安いという状況になっている。
これについてクテロフスキー氏はDeepLのビジネス戦略には大きな影響はない旨を説明した。
「より安価なほかの選択肢は、もう5年前から存在している。大手のテック企業からもあるし、またほかの小さな企業からも出ている。そのため競争といった状況ではあまり変化はないと捉えている。
DeepLは無料サービスを提供しており、多くの個人のお客様には十分魅力的で、これがベースとなってDeepLを使っていただくきっかけになり得ると考えている」(クテロフスキー氏)