デジタル、コンサル、研究開発。3つの「新たな外貨流出元」を軽視すると日本の未来を見誤る

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5月の東京株式市場、日経平均株価は、円安による輸出関連銘柄好調の影響もあって、3万円の大台を超えそうな勢いだが、直近の国際収支統計を見る限り、日本経済は多様な懸念材料を抱えている。

REUTERS/Issei Kato

2月10日付のBusiness Insider Japan寄稿で筆者は、日本の国際収支において「新たな赤字項目」が目立ち始めていることを指摘した。

財務省が最近発表した2022年度(2022年4月〜2023年3月)の収支状況は、2022年通年の数字と傾向に大きな変化はなく、資源高と円安を背景に経常黒字が前年度比で半減して9兆2256億円。貿易・サービス収支の23兆3367億円という赤字を、第一次所得収支の巨額黒字、35兆5591億円で埋め合わせた。

18兆602億円の巨額貿易赤字が全体感を規定するものの、サービス収支の赤字も5兆2765億円と無視できない規模感に膨れ上がっている。

このサービス収支の赤字幅拡大について考察する際は、パンデミックとそれに伴う日本の鎖国的な貿易措置による旅行収支の黒字幅縮小が注目されがちだが、実はサービス収支の全体感を規定する内訳としては、旅行収支よりその他サービス収支のほうがはるかに影響力が大きい。

そして、その他サービス収支の実態を読み解くキーワードは、デジタル、コンサルティング、研究開発だということをあらためて指摘しておきたい。

先述の5兆円を超えるサービス収支赤字の内訳は、旅行収支が1兆4303億円の黒字、輸送収支が9271億円の赤字、その他サービス収支は5兆7797億円の赤字となっている。

サービス収支の帰趨(きすう)はもはやその他サービス収支次第と言っていいだろう。

旅行収支は最も大きな黒字を稼いでいた2019年度で2兆4571億円。その他サービス収支はその倍の赤字幅を出していることになる。計算上、これから旅行収支黒字が往時の勢いを取り戻しても、その他サービス収支に足を取られて、サービス収支全体を押し上げる結果にはならない。

10年前の2012年度と直近の2022年度の数字を比較すると、旅行収支が1兆69億円の赤字から1兆4303億円の黒字に転換する一方で、その他サービス収支の赤字は1兆9026億円から5兆7797億円へと3倍弱に膨らんでいる【図表1】。

図表1

【図表1】サービス収支の変遷。左から、2012年度、21年度、22年度。12年度に比べて最近の「その他サービス」の赤字幅(山吹色)が際立つ。

出所:Macrobond資料より筆者作成

2022年度の経常収支黒字はピーク(2017年度)の22兆3995億円から9兆2256億円へと半分以下まで減り、その落ち込みにサービス収支が5兆円を超える赤字で寄与し、それをやはり5兆円超のその他サービス収支の赤字で説明できるという、この状況はどうしても看過しがたい。

新たな外貨の流出

その他サービス収支の赤字拡大要因が多岐にわたることは、過去の寄稿でも何度か取り上げた。日本経済新聞(2月9日付)などが多少センセーショナルな用語で報道してにわかに注目されるようになった、いわゆる「デジタル赤字」の影響は確かに大きい。

前節で述べたように、2012年度から2022年度の間にその他サービス収支赤字はおよそ3.9兆円拡大し、そのうち通信・コンピューター・情報サービスの赤字は約1.4兆円(2892億円から1兆6610億円へ)と4割弱を占めた【図表2】。

図表2

【図表2】その他サービス収支の変遷。左から、2012年度、2021年度、2022年度。内訳項目については本文参照。

出所:Macrobond資料より筆者作成

専門・経営コンサルティングサービスは、2012年度からの統計が存在しないので、入手可能なデータのうち最も古い2014年度と比較すると、赤字が約1.4兆円(4585億円から1兆8477億円)拡大している。

この専門・経営コンサルティングサービスにはインターネット広告関連の支払いが含まれ、なるほど「デジタル赤字」的な性格を帯びているとも言えなくはないが、そのようなラベル付けをすると、大事な事実を見落としてしまう可能性がある。

大事な事実とは、外資系コンサルティング企業への視点だ。

近年、日本で事業を拡大する外資系コンサルティング企業は、日本で売り上げを記録した場合、その一定割合を本国への上納金として送金している。その流出が専門・経営コンサルティングサービスの赤字幅拡大に相当寄与していると推測される。

もちろん、外資系コンサルティング企業の上納金にもデジタル関連の売り上げが含まれるとは思うが、その割合を特定するのは公表統計からでは難しい。

その他サービス収支の内訳に話を戻すと、研究開発サービスも2012年度から2022年度の間に赤字が約1.2兆円(5395億円から1兆7671億円へ)拡大している。

日本おける民間(企業)部門の研究者数は全く伸びておらず、これが諸外国に比べると異様な状態であることは、すでに文部科学省の報告書などでも指摘されている【図表3】。

図表3

【図表3】主要国の企業(民間)部門における研究者数の推移。2000年1月を100とした場合の比較。

出所:文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2022」より筆者作成

研究者が手薄になってR&D(研究・開発)拠点としての脆弱性が増す中で、研究開発サービスの代金受け取りより支払いが増えるのは必然の流れ。

製造業における生産拠点の海外移転が進んでからも、「ものづくりは海外、頭脳労働は国内」という暗黙の了解は生きていたように思われるが、統計を見る限り、頭脳労働の流出も始まっているのが実情のようだ。

黒字稼ぐ「知的財産権等使用料」も危うい

なお、その他サービス収支の内訳の中で唯一黒字を稼ぐ知的財産権等使用料も、今後は楽観できない。

知的財産権等使用料は、特許権などの産業財産権等使用料と、音楽や映像の使用権などを含む著作権等使用料から構成される。

下の【図表4】を見ると分かるように、日本の知的財産権等使用料は、産業財産権等使用料で黒字を稼ぎながら、それを著作権等使用料で吐き出す構図であり、しかも近年は後者の赤字額が膨らんでいる。

図表4

【図表4】知的財産権等使用料とその内訳。著作権等使用料(灰)と産業財産権等使用料(橙)。右端の赤枠部分に見られるように、著作権等使用料の赤字がここ数年、徐々に膨らんでいる。

出所:日本銀行資料より筆者作成

前者の産業財産権等使用料とは、日本企業が海外子会社等から受け取るロイヤリティであり、親子間取引の結果だ。言うまでもなく日本企業の海外生産移管の結果であり、アジアや北米からの受け取りが多い。

一方、後者の著作権等使用料は、ソフトウェアや音楽、映像、学術を複製して頒布するための使用許諾料とされ、海外企業が運営する音楽や動画配信サービスを利用した際の支払いはここに計上される。

この項目が近年増加傾向にあることは、アップルミュージック(Apple Music)やショッピファイ(Spotify)、ネットフリックス(Netflix)といった身近なサービスの名前を思い浮かべるだけで、容易に想像がつく。

著作権等使用料の増加が続けば、知的財産権等使用料の黒字をさらに浸食していくことになるだろう。

ここまで見てきたように、デジタル関連分野やコンサルティング分野、研究開発分野のような、これまで注目されていなかった項目から外貨が流出する構造が日本では根づき始めている。

円相場の現状や今後を議論する際にも、こうした構造変化も踏まえる必要があるというのが筆者の基本的立場だ。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

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