ChatGPTの次の基盤モデルを日本が担うには何が必要か。可能性と課題を考える

Laboro.AI_2-3

まるで人と話しているかのようなやりとりを実現し、社会現象を巻き起こしているChatGPT。その他にもさまざまな生成系AIが登場するなど、昨今のAI開発は新たなステージに入った感がある。いったい、AIはこれから先、どこまで進化し続けるのだろうか。

そうしたAI進化の次の鍵を握ると見られているのが「センシング・計測」の技術だ。なぜセンシングが重要なポイントになるのか。AI開発のネクストステージで日本は世界とどう戦っていくべきなのか。

「すべての産業の新たな姿をつくる」をミッションに掲げ、オーダーメイドでカスタムAIを開発するLaboro.AI CEOの椎橋徹夫氏と、AIにおけるセンシング・計測の権威として知られる大阪大学 産業科学研究所 教授の鷲尾隆氏が語り合った。

ChatGPTはまだAIの第1層に到達した段階

椎橋徹夫氏

椎橋徹夫(しいはし・てつお)氏/株式会社Laboro.AI 代表取締役CEO。米国州立テキサス大学 理学部 物理学/数学二重専攻卒業。2008年、ボストンコンサルティンググループに入社。東京オフィス、ワシントンDCオフィスにてデジタル・アナリティクス領域を専門に国内外の多数のプロジェクトに携わる。2014年、東京大学 工学系研究科 松尾豊研究室にて産学連携の取組み・データサイエンス領域の教育・企業連携の仕組みづくりに従事。同時に東大発AIスタートアップの創業に参画。2016年、株式会社Laboro.AIを創業。代表取締役CEOに就任。

椎橋:2022年末からChatGPTが一気にブレイクし、もはや社会現象と呼べるまでになりました。AIの進化の可能性と産業分野でのインパクトについて語る際にも、やはりChatGPTをはじめとする生成系AIの話は避けて通れないと思います。

ChatGPTは本当にすごいイノベーションですし、決して一過性のブームではなく、社会におけるAI技術の立ち位置を前進させたと思っています。その上であえて言わせていただくと、ChatGPTを含む現在のAIが“知能の本質的な機能をソフトウェアで実装しようとするプロダクト”だとしたとき、実はAIにおける3つの機能層のうち、まだ1つ目の機能にしか到達していないと考えています。

提供:Laboro.AI

3つの機能層とは、まず第1の機能が「認識と生成」、第2の機能が「予測シミュレーション」、そして第3の機能がそのシミュレーションをもとにした「最適化プランニング」です。ChatGPTは質問するといかにも試行錯誤して考え抜いたような回答を返してくれるので、一見するとシミュレーションや最適化をしているように思えるかもしれませんが、実際のところは人がどこかで言語に落とし込んだ情報をもとに、与えられた文章を認識した上で、次に出現する確率が最も高い単語を連続的に出力する結果として文章を生成し、質問文に対して返しているに留まっています。つまり、ChatGPT自体がシミュレーションや最適化といった“思考”をしているわけではなく、認識したものに対する“反射”のようなものだと考えると分かりやすいでしょう。

ChatGPTを含む現代の多くのAIは、まだ第1の機能に留まっているというのが私の考えです。逆にいえば、あと2回は進化の可能性を秘めていると言えるのではないかとも思うのです。

鷲尾隆氏

鷲尾隆(わしお・たかし)氏/株式会社Laboro.AI 技術顧問。大阪大学 産業科学研究所知能システム科学研究部門 教授 兼 産業技術総合研究所人工知能研究センター NEC-産総研人工知能連携研究室 室長。1983年東北大学工学部原子核工学科卒業。1988年同大学院原子核工学専攻博士課程修了。工学博士。1988年マサチューセッツ工科大学(MIT)原子炉研究所 客員研究員、1990年株式会社三菱総合研究所 研究員を経て、1996年より大阪大学 産業科学研究所 助教授、2006年同教授に就任し、2016年より産業技術総合研究所 人工知能研究センター NEC-産総研連携研究室 室長 兼任、現在に至る。2022年5月より株式会社Laboro.AI技術顧問に就任。

鷲尾:まさにおっしゃるとおりだと思います。その上であえて一つ付け加えるとすると、私は第3機能の最適化の先に第4の進化があると考えています。それが「創造的探索」です。すなわち、人が用意した基準に沿った回答を返すことを超えて、価値基準や評価尺度そのものの提案をAIが行うようになるのではということです。そしてAIの提案を今度は人間が評価する。そうやって人間とAIがインタラクティブにコミュニケーションを取るようになり、人間が心地よいと思う価値基準をAIが学習してさらに精度の高い提案を行うようになる未来を描いています。

これまでのAIはどちらかと言えば認識や分類が主軸で進歩してきたわけですが、ここ数年の生成系AIのアプローチの伸びを考えると、シミュレーションや最適化、そして創造的探索まで本当に到達するんじゃないかと思えますね。

「AIの次の進化」の鍵を握るのは?

椎橋:そうした道筋が見えてきた点でも生成系AIの意義は大きいですね。一方でChatGPTを含めたAIがさらに進化するためには、もう一つ大きな革新が必要だと思います。それは物理空間との接続です。というのも現在のChatGPTはあくまでも自然言語処理技術であり、大量の言語情報を記号的に扱っているに過ぎません。ChatGPTの中に現実の物理空間の情報は一切なく、事前に与えられた言語情報に閉じた処理を行っているのです。これでは当然ながら現実の物理空間に関する「予測シミュレーション」はできません。

AIがよりビジネスシーンで価値を生み出すためには、物理空間の情報と接続する必要があるわけです。つまり、センシングによって収集されるデータが鍵になります。この点について、機械学習におけるセンシングや計測の権威である鷲尾先生のご意見をぜひお聞きしたいです。

鷲尾:椎橋さんがおっしゃるように、センシングや計測は物理空間と情報空間をつなぐインターフェースです。これまでのAIが画期的といわれていた理由は、人間にとってよく分からなかった「暗黙知」の領域をコンピュータで扱えるようにしたことで、その点が産業社会に大きなインパクトを与えてきました。さらにセンシングで取得したデータをもとに創造的探索を行えるようになると、そうした暗黙知でも形式知でもない新たな「未知」の領域にまで踏み込める可能性があります。

また、センシングのデータはそのような未知への創造的探索に活用されるだけではありません。センシングデータをもとにAIが創造的探索で出したアイデアを人間が検証する際にも必要になるはずです。つまりセンシングデータはAIの入り口だけでなく、出口でも重要になるのです。

椎橋:センシングデータを学習したAIによって、これまで人が発見できなかった未知のやり方やパターンを扱えるようになるというのは非常に面白い話です。

センシングはリアルな場で真価を発揮します。特に製造業はセンシングデータを活用するポテンシャルを多く秘めています。日本の製造業は産業領域として今もなお世界の最先端を走っていて、その現場には匠の技や熟練のノウハウが言語化されずに眠ったまま蓄積されています。こうした暗黙知をセンシングし、データ化し、さらにシミュレーションすることを通して、例えば、従来以上に最適な生産計画をAIに生成させたり、人では発見できないような機械制御のパターンを発見させるなど、未知の制御則を発見する「センシングデータ版 生成AI」を生み出せる可能性は非常に高いと思います。

しかしながら現実に目を向けると、ビジネスや産業におけるAI活用はまだ「業務を代替して効率化する」といった用途に留まっているように感じます。そういったAI活用も短期的には大事ですが、中長期的に考えると省力化ではなく新たな知を発見したり新たな価値を見出したりする、未知の探索にAIを使うべきだと思います。

日本が世界に追い付き追い越す可能性はある

鷲尾:未知の探索に向けたAI活用が進んでいないという課題は日本だけのものではなく、世界でもまだ手が付けられていない領域だと思います。ただ、海外ではそういった論文が出始めており、研究者レベルではこれから議論が進んでいくでしょう。

椎橋:AI開発に関して日本はよく周回遅れだと言われますが、海外のAI開発も限られた機能から抜けきれていないという点では日本と変わらないわけですね。そう考えると日本がAI分野で世界に追い付き追い越す可能性も出てくる気もします。

ただ、OpenAIのようなAI活用を革新するようなモデルを開発する企業が日本から生まれていない。こうした状況を踏まえた上で、日本が今後AI分野で世界をリードするためには何が必要だと思われますか。

鷲尾:まず、日本からOpenAIが生まれないのは研究開発に対する投資と開発を担う人材が足りていないからですよね。今多くの日本企業が生成AIに投資しようとしていますが、各社が目指しているのはあくまでも「ChatGPTをいかにうまく活用するか」なんです。ChatGPTの上にいろいろな処理を施したり、一部を転移させて特定のサービスの精度を上げたり、新しいタスクを行えるようにしたり、そういったビジネス活用は生まれつつあるのですが、大規模言語モデルをゼロから作ろうと考えている会社は大企業であってもまだ少ないのが実情です。

椎橋:日本の企業が率先して行っているのは“加工貿易”みたいなものなんですよね。提供された技術をうまく組み合わせて価値を出そうとしているわけで、ファウンデーションモデル(大規模なデータで学習し、下流の幅広いタスクに適応させることができるモデル)をつくろうという感覚は他国に比べて少ないのかもしれません。

日本がAI開発で世界に追い付くために狙うのは次の“機能”でのファウンデーションモデルです。AIが今後「予測シミュレーション」、「最適化プランニング」と進化していくことを考えると、その進化の過程のどこかで絶対にファウンデーションモデルを狙いに行けるチャンスがやってくるはずです。そこで日本の重要な武器になるのが、やはり鍵を握るセンシングや計測の技術です。

先ほど述べた通り、日本の製造業には、センシングデータを活用するポテンシャルを秘めており、センシングデータ版のファウンデーションモデルを狙えるだけのデータが蓄積されているはずです。

鷲尾:たしかに製造業はセンシングによる可能性を感じます。ただ、課題もあります。ファウンデーションモデルをつくるほどの膨大なデータを収集するためには、業界全体の連携が欠かせません。ところが日本企業はそうした情報を出したがらないのです。それ以前に、同じ会社の中でもサイロ化してしまっているケースもあります。例えば研究開発部門と製造現場をいかにつなぐのか、あるいはマーケティングと製造現場をいかにつなぐのか。どこの企業も苦労されています。

椎橋:たしかに、ものづくりの最先端を走っている企業ほど情報の機密性が高く、重要な情報は他社とは共有しないケースが通常です。この課題を解決できるとしたら、そのポイントは中立的なスタンスにあるアカデミアの存在ではないでしょうか。

鷲尾:そうですね。世の中の流れとして、ある程度の情報は開示していこうという流れになっています。ファウンデーションモデルをつくれるような時代にするために、これをアカデミアも含め加速する必要があると思います。

目指すは企業同士の新しい協業の形

椎橋:アカデミアがハブとなって国内の製造業間でのデータ連携が促進されていく、そういった流れがうまく進めば、私は日本のAI開発は世界をリードできるポテンシャルを秘めていると考えています。日本の製造業には世界でもトップクラスの「未知」のノウハウが蓄積されていますし、さらにアカデミアに鷲尾先生のようなセンシング・計測のスペシャリストがいる。優秀な産業と優秀な研究者が集まっている状況は非常に希望が持てるものではないかと思います。

鷲尾:私もポテンシャルは大いに持っていると思っています。ただ、今までの製造業のあり方ではやはり、そのポテンシャルを生かすのは難しいとも思います。再度強調しますが優秀なAI人材が圧倒的に足りていない。この状況では、かつての大企業のように技術者をぜんぶ自社に抱え込んでやっていくのは難しいでしょう。かといってITベンダーに丸投げしてもうまくいきません。ITベンダーとも協業しながら、全員が当事者意識をしっかり持って参加できるような関係性が必要だと思います。

椎橋:おっしゃるとおりです。いくつものハードルがありますが、そのハードルを超えることができれば日本がファウンデーションモデルで世界をリードすることも夢ではありません。Laboro.AIは製造業との協業では一日の長があり、それを活かしてAIの進化に貢献するためにこれからも全力を尽くしていくつもりです。


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