Business Insider Japanのインタビューに応じる谷郷氏。世界と戦うためにはどうすべきか。谷郷氏が考えるのは「ホロライブプロダクション」というIPを通じて、日本のクリエイターやコンテンツプロバイダーが結集することだ。
撮影:伊藤圭
国内最大規模のVTuber事務所「ホロライブプロダクション」を運営し、3月に東証マザーズに上場したカバー株式会社(以下、カバー)。上場後初の通期決算は、売上高が204億5100万円(前年同期比+49.7%)、営業利益34億1700万円(同+84.2%)、経常利益33億8500万円(同+82.6%)、純利益25億800万円(同+101.6%)と大幅な成長を遂げた。
コロナ禍での「おうち時間」を背景に、VTuberの認知度は向上した。ホロライブプロダクションは英語圏など海外でもファンを集め、YouTubeで累計7500万人以上のチャンネル登録者を獲得。業界最大手の企業の一つとして躍進した。
上場を果たしたカバーを率いる谷郷元昭社長は、「世界」でのビジネスを見据える。企業ミッション「つくろう。世界が愛するカルチャーを。」にもうかがえるように、谷郷氏は目下の成長には安住していない。むしろ、「インターネット×二次元エンタメの領域で、日本は世界で存在感を出せていない」と危機感を募らせている。
世界と戦うためにはどうすべきか。谷郷氏が考えるのは、「ホロライブプロダクション」というIPを通じて、日本のクリエイターやコンテンツプロバイダーが結集することだ。「突破口は、私たちが開きます」と語る谷郷氏に、カバーの世界戦略と目指す未来を聞いた。
【*前編はこちら】
オンラインとオフライン、異なる価値を「使い分け」
3月に開催された「hololive 4th fes. Our Bright Parade Day1」より。
(C) 2016 COVER Corp.
──VTuber業界が急成長した時期、世界はコロナ禍の只中にありました。今ではオンラインでエンタメを楽しむことは日常の一部になったと感じます。一方で先日、WHOは新型コロナの「緊急事態宣言」の終了を発表しましたが、今後オンラインの価値はどうなっていくと思いますか。
オンラインとオフライン、“それぞれの良さ”がより意識されるようになると思います。
3月には「hololive SUPER EXPO 2023」と同時に、音楽ライブ「hololive 4th fes. Our Bright Parade」を開催しましたが、お客さんの声出しが解禁されました。
もちろん、現地ではコール&レスポンスが復活し、ファンとタレントさんが一体となったステージの空気を味わえます。
一方で、ライブの様子は全てオンラインで中継され、ライブ自体の価値はもちろん、オンラインの体験価値も高まりました。
「hololive 4th fes. Our Bright Parade hololive stage DAY1」(会場の様子・本編は52:50頃〜)
hololive ホロライブ - VTuber Group /YouTube
──コロナ禍が終息に近づくにつれて、ファンの間でも時間や体験の「使い分け」が進みそうですね。
コロナ禍ではリモートワークが拡大し、自宅などで働く方の中にはVTuberの配信をBGM代わりにしていた方もいました。ただ、最近では会社に出社する方の比率が戻ってきましたね。
通勤・通学などの移動時間であればショート動画は視聴しやすいですよね。一方、数十分の動画や(1時間程度の)一般的な配信のアーカイブ動画であれば、限られた時間でどれを見るか取捨選択が進むかもしれません。
ホロライブの海外戦略「日本で実現したことを海外でも」
英語圏向けの「ホロライブEnglish」は7月、米・ロサンゼルスの「YouTube Theater」で単独イベントを開催する。
(C) 2016 COVER Corp.
──海外戦略について。今夏にはロサンゼルスで「ホロライブEN」の単独イベントも計画されています。
コロナ禍では「海外事業がやりにくかった」という状態でした。そもそも日本と海外の往来が困難な状況でしたから。
私たちは、タレントさんたちがLive2Dで配信するだけではなく、3Dモデルを活用した形で色々な配信ができることがホロライブプロダクションの良さだと考えています。
ただ、コロナ禍では私たちの良さをフル活用できませんでした。つまり、海外で日本と同じようなライブやイベントを実施することが難しかった。今後は日本で実現していることを海外でも実現していきたいですね。
3Dモデルに力を入れるカバーは、今年5月に新スタジオの設立を発表。約1年半を費やし、総工費27億円を投じたという。全体面積はテニスコート約10面超。最新鋭のモーションキャプチャー設備に加え、レコーディング設備もある。
(C) 2016 COVER Corp.
──ライブやイベント、そしてグッズを通じて、海外でも身近にホロライブプロダクションに触れられる環境づくりが鍵になりそうですね。
2022年はホロライブプロダクションとして海外で21のアニメ系イベントに出ることができました。
日頃からアニメに接していたり、YouTubeを通じてホロライブプロダクションを知ったファンの方との交流を勧めたりすることができました。ただ、そういった方たちにも十分にグッズなどをリーチできていない状態です。
プロモーションやタイアップなどを通じて、日本ではようやくホロライブプロダクションが日常的に触れられるものになってきました。
海外ではまだまだプレゼンスがない状態だと思っているので、この点はしっかりやっていきたいと考えています。
ホロライブのタレントたちと過ごす「あたらしい日常」をテーマにしたホロライブプロダクションのブランディング広告(2023年3月)
撮影:吉川慧
──最終的には国内外を問わず、“日常”にVTuber文化が根付き、ホロライブプロダクションとの接点が増えていくことを目指している。
ゆくゆくは国内外でVTuberという文化を一般化させていきたいと思います。ただ、海外は生活習慣を一つ考えてみても、日本と異なる点がありますよね。
例えば、移動手段。日本では電車や鉄道など、公共の交通機関で移動する人が多い。駅や電車などに広告を出せば、多くの方の目に留まり、知ってもらうきっかけになる可能性があります。一方、海外では移動手段のメインが自動車だったりします。
国や地域の成り立ちを考えると、みんながみんな同じものを面白いと感じるわけではないですし、受け入れてくれるとも限らないわけです。
──確かに。日本でのノウハウがそのまま通用するとは限らない。
日本ではアニメやゲームのファンの方たちが、VTuberの存在を認識してくれました。その上で、音楽など他のメディアを通じ、ようやく一般層に浸透していくフェーズに移ってきました。
一方で、海外ではまだそういうフェーズに至っておらず、そもそもアニメやゲームのファンの方たちに対しても広く認知されているわけではありません。でも、伸びしろがあることも確かです。
まずは、自社のファンにグッズやライブをはじめ供給不足となっているコンテンツをしっかり届けていきたい。
あるいは日本と同じように、新たなファンを獲得するような意味合いもあるようなタイアップのようなことも実施していきたいですね。
5年後、ホロライブプロダクションはどうなっている?
谷郷氏は「クリエティブの才能がある人にとって、VTuberという表現手段が選択肢として、より大きくなっていく」と展望を語る。
撮影:伊藤圭
──ホロライブプロダクションは2022年に5周年を迎え、今年6年目になります。今後5年や10年のスパンで、ホロライブプロダクション、ひいては業界はどうなっていくと思いますか。
いま、ホロライブプロダクションといえばVTuber事務所の一つという印象だと思いますが、5年後にはさまざまなメディアにコンテンツを展開するIPという印象に変わっている……というのが私の想定です。
クリエティブの才能がある人にとって、VTuberという表現手段が選択肢として、より大きくなっていくことでしょう。
ひいてはVTuberという手段が一般化し、多彩な才能を開花させていける……。私たちは、そんな世界を目指しています。
──ホロライブプロダクションではオーディションで新たな才能の発掘を進めていますね。
大切にしているのは、「あなたは、何がやりたいですか」ということですね。何を目指しているのか、それが大事。なので、「誰か」になってもらう必要はありません。
現在所属しているタレントさんと違う価値を提供できた方がいいわけですし、「こういう人が欲しい」ということは別にありません。
2021年11月にデビューしたユニット「秘密結社holoX」(ホロライブ6期生)。
(C) 2016 COVER Corp.
──タレントさんのデビュー方法も試行錯誤を続けています。最近では「秘密結社holoX」が統一の世界観を持ってデビューしました。
私たちとしては、自分たちがしっかりとサポートできるレベル感でタレントさんにデビューしてもらおうという方針です。
事業の継続性という意味では、タレントさんのメンタリティーを守ることも非常に重要です。ここは他社さんとも協力できるところは協力していこうというスタンスです。業界としても、どうすれば健全にできるか考えていければと思います。
「突破口は、私たちが開く」カバーは、世界で勝負する。
谷郷氏は「メタバース領域も含めてバーチャルなエンターテインメントに関しては日本からしっかり存在感を示せるようにしていきたい」と、将来を語る。
撮影:伊藤圭
──VTuber業界は、日本発として世界中が愛するカルチャーになれる可能性を感じさせます。谷郷さんは、どんな未来をつくりたいと考えていますか。
日本は、ゲームやアニメといった二次元エンタメの領域で「強い」と言われていますし、僕自身もそう思っています。ただ、あくまで「強い」のは、任天堂さんをはじめ強力なIPやプラットフォームを持つ一部の企業さんに限られています。
「インターネット×二次元エンターテインメント」の領域では、韓国や中国の会社に先行されているという認識です。日本はグローバルで存在感を出せていない。そこに大きな危機感を感じています。
私たちはコンテンツ企業というより、インターネットとコンテンツ、エンタメを掛け合わせた事業をやっている会社であると自覚しています。
日本の二次元エンタメを、インターネットというツールでエンパワーメントしていくこと。それによって「世界が愛するカルチャー」を生み出し、ひいては日本のエンタメ業界の一助になりたい。
この先、日本から「プラットフォーマーになろう」という会社が出てこないとコンテンツプロバイダーも含めて幸せになれません。カバーとしては、タレントの皆さんと日本のクリエイターさんやコンテンツプロバイダーさんたちと一緒に協力しながら、世界に打って出たいと思います。
──カバーは企業のミッションとしても「つくろう。世界が愛するカルチャーを。」を掲げています。
このままだと日本が終わってしまう、そんな危機感をずっと抱いています。人口がこれから目減りしていく中、国内だけでビジネスを成長させることは難しい。そうなると、世界を舞台にビジネスをやっていかなければなりません。
例えば、「インターネット×マンガ」の領域は「ウェブトゥーン」として成長しています。この分野は韓国企業が強いですが、日本では集英社さんが手掛ける『少年ジャンプ+』だったり、よりスマホネイティブなウェブトゥーンがグローバルに伸びています。
でも、「インターネット×二次元エンタメ」の領域では、まだまだグローバルに挑戦できている会社さんは少ないという印象です。
世界には『原神』を生んだ企業のmiHoYoさんのように、オープンワールドのゲームのようなものを開発し、力強く伸びている会社があります。
──日本がどんな新領域を切り拓けるのかという課題意識の中、VTuberは久々に日本から世界に挑めるテーマになった。
これを基軸に、メタバース領域も含めてバーチャルなエンターテインメントに関しては日本からしっかり存在感を示せるようにしていきたいですよね。
もちろん自社だけではなくて、色々な会社さんと協力しながら、そういったことを実現していければと思っています。
突破口は、私たちが開きますから。
(*前編はこちら)