ピチャイCEOを含む上級副社長級の幹部が勢ぞろいし、記者からのAIに関する質問に答えた。
撮影:西田宗千佳
「我々は生成系(ジェネレーティブ)AIで、新しい時代に入る」
5月10日に米・マウンテンビューで開催されたグーグルの開発者向け年次イベント「Google I/O 2023」で、Sundar Pichai(スンダー・ピチャイ)CEOはそう宣言した。
その翌日、同社はピチャイCEOを含む同社トップエクゼクティブがそろって会見を開き、AIに関する戦略について、記者の質問に答えた。その様子を詳報する。
グーグルはAIにどう立ち向かおうとしているのか、その全貌が見えてきた。5つの観点からその考え方を分析してみよう。
1. AIは全世界を巻き込む。1社ではカバーできない
取材陣の質問に答えるグーグルおよびその親会社のAlphebetのスンダー・ピチャイCEO。
撮影:西田宗千佳
大規模なAIの開発にはコストがかかる。生成AIの開発と学習に関しては、OpenAIやグーグルなどが先行しており、そのことが新しい独占を生むのではないか、との指摘もある。
その点について、ピチャイCEOは次のような見解を示す。
「そもそも、1社ですべてを賄うことが可能と、私は考えていない。それが正しいことだとも思わない。
AIは人類に深く影響を与える技術であり、多くのステークホルダーを巻き込む必要がある」(ピチャイCEO)
また、グーグルの技術・社会担当上級副社長であるJames Manyika(ジェームス・マニカ)氏は、次のように補足する。
「AIに関するエコシステムには私たちも含まれているが、同時に多くのスタートアップも含まれている。どの企業も1社ですべてを担当できない。
結果としてAIは、あらゆる分野、あらゆる活動の根底になるだろう。それが非常にエキサイティングな点だ」(マニカ氏)
2. 勝負は序盤。スタートは信頼性重視で
グーグルは同社のAI技術がすでに幅広く使われており、生成系AIだけで語られる状況をよく思っていないようだ。
撮影:西田宗千佳
ネット検索への生成AIの導入については、マイクロソフトが「Bing Chat」で先行した。グーグルはBard(バード)を提供することでようやく追いつき始めたところだ。
なぜグーグルはマイクロソフトやOpenAIの先行を許したのか?
この点について、ピチャイCEOはそもそも「遅れている」という見方自体を否定した。
「グーグルはユーザーの課題を解決するため、AIを長く開発してきた。この破壊的な技術をさまざまな場所で利用している。
多くの基礎的な技術を構築し、AIを前進させる一翼を担ってきた。(他社が)最初の1カ月の成果だけで未来を決定づけた、という考え方もありますが、私はそのような考え方に同意しない。
私たちはAIネイティブの企業として活動しており、最新のテクノロジーを使ってAIをより良いものにするために、会社中のすべてのチームが深く考えている最中だ」(ピチャイCEO)
グーグルが生成系AIの導入に時間をかけた理由については「ウェブ検索から生まれる広告のエコシステムを崩しかねないので躊躇したからだ」という指摘もある。
ただ、ピチャイCEOはその見方を否定する。
「過去にも我々の検索サービスは幾多の転換点があった。スマートフォンが現れた時も『ネット検索は減る』と言われたが、そうではなかった。
重要なのはユーザーが何をしようとしているのかを理解し、それに合わせて適切なものを提供すること。今回も同じだ。
情報の質において最高レベルを目指し、正確さを追求している。そして、新しい技術がユーザー経験を向上させることがわかっている場合にのみ導入する。
(生成系AIによる検索を)『Labs(実験的機能)』としての提供にとどめている理由は、何百万人もの人に公開する前に、正確な検索ができる技術になっているかを確認するためだ。
人々は、重要な判断が必要な瞬間に検索を使っている。だから、間違ったことをしてはいけない」(ピチャイCEO)
3. AIには規制も必要。透明性・信頼性には社会全体であたるべき
グーグルはAI技術について「ルールの必要性がある」と認める。
撮影:西田宗千佳
AIについては、考え方は国によって異なるものの、各国で規制議論が進んでいる。その中では、アメリカとEUの主導権争いや、拡大する米中摩擦などの影響もある。
グーグルも、AIの運用について「ルールの必要性がある」と認める。
「AIを使って得られる利益は非常に大きいが、安全性も重要。規制も適切に行わなければならない。そこで、地政学的な理由で安全性や責任を放棄しないよう注意したい。
バランスが大切だ。重要な技術を扱う以上、国家安全保障上の問題についても考慮される必要がある」(ピチャイCEO)
同様に、AIの意図しない挙動・解答についての責任論もある。なぜそうした答えを出したのかを考える上での「透明性」「説明可能性」について、グーグル側も重要性を認識している。
ただし、その責任を負うのはグーグルだけではない。
「(透明性や説明可能性については)エコシステム全体に関わってくる。AIの開発者、AIの利用者、そして規制当局がすべての問題を考慮しなければならない。AIのアルゴリズムを見ても、なぜAIがそう決定したのかはわからない。我々も研究課題として取り組んでいる最中だ。
重要なのは、システムをどのようにしてより『ブラックボックス的でない』ものにするかだ。そのためには多くの作業が必要になる。
評価、実際に導入した安全対策は、政府を含め、私たち全員が共同で責任を持つべき仕事だ」(マニカ氏)
4. Bardはなぜ「日本語と韓国語が優先」だったのか
Google I/Oに合わせ、同社はチャット型のAIサービスである「Bard」(バード)を、日本語と韓国語に対応させた。
別記事でも解説したように、これは、Bardを実現しているコア技術の「PaLM 2」が多言語対応を進めたからでもある。
なぜ日本語と韓国語が優先だったのだろうか?
「さまざまな要因から判断した。理由の1つは、それらが英語とは大きく異なった言語である、ということだ。
これらの言語に取り組むことで、私たちが(言語について)考えなければならない、幅広い領域を知ることができ、他の言語への対応が容易になる。
また、日本や韓国は歴史的に見ても、モバイルに関し最先端の地域。最先端を行く市場に飛び込むことには大きな価値がある」(ピチャイCEO)
ただ、Bardが利用可能になる国の中に、EU圏は含まれていない。EU圏から来た記者からは、その点について質問が及んだ。
個人データ保護の扱いを定めた「GDPR(EU一般データ保護規則)が理由か?」との問いに、ピチャイCEOは「複数の要因があり、規制もその1つ」と説明した。
「我々はもちろん、(Bardのサービスを)提供していない地域にも広げたい、と考えている。ただ、さまざまな要因が重なっている。それぞれの言語のローカライズには、通常よりも多くの作業が必要だ。
例えば、人間のフィードバックによる強化学習を行い、現地の規範や感情を正しく理解する必要がある。そしてもちろん、規制は世界各地で異なる。地域によっては、規制対応についても、もっとやるべきことがある」(ピチャイCEO)
5. AIは変化を促すが「新しい機会」も生み出す
グーグルはさまざまな形でAIが人をサポートするようになり、社会がポジティブに変わると考えている。
撮影:西田宗千佳
AIの進歩は仕事の構造を大きく変える。結果として「AIが人々の仕事を奪うのでは」という見方も広がっている。
だが、ピチャイCEOはその見方には同意していない。
「この20年間を振り返ってみると、テクノロジーはある種の自動化を促してきたと言える。結果として常に『仕事が奪われるのでは』という疑問を抱いてきた。
しかし、我々の社会はこのような変化の多くを乗り越えてきた。同時に、AIがより多くの経済的機会をもたらす可能性を過小評価してはいけない。インターネットが社会にもたらしたものと同じだ。混乱が生じる分野もあるかもしれないが、だからこそ、政府の役割というのは、とても重要になってくる。
私たちがすべての答えを持っているわけではないが、私は、多くのポジティブな使用例やポジティブな機会が現れると思っている」(ピチャイCEO)